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本質を見極める「センスメイキング」の力(竹村詠美)

教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 第4回
"Sensemaking: The Power of the Humanities in the Age of the Algorithm"
by Christian Madsbjerg 2017年3月出版
センスメイキング』著:クリスチャン・マスビアウ  訳:斎藤栄一郎
プレジデント社、2018年11月14日発売 

日本語でセンスというと、「センスが良い」といったファッションや審美眼的な視点で捉えられがちだが、ラテン語sentire(感じる)が語源となる”Sense”は、英語では、「良い判断をすること (例:coming to senses)」、「理解すること (sense of humour)」といった意味でも使われている。

クリスチャン・マスビアウ氏著の『センスメイキング』はまさに、これからの荒波の時代に「良い判断」をするために、どのように本質を見極める力を養うのかについて、五つの原則を提案している。五つの原則とは、以下のようなものだ。
1.「個人」ではなく「文化」を
2. 単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を
3.「動物園」ではなく「サバンナ」を
4.「生産」ではなく「創造性」を
5.「GPS」ではなく「北極星」を

マスビアウ氏の人間科学や哲学、政治学といったバックグラウンドと、クライアントの悩みを論理だけではなく、文化人類学などのリベラルアーツを駆使することにより、表層的な大量のデータだけでは見抜けなかった本質をどのように見抜いているのか、五つの原則に沿って様々な事例が紹介されている。

本書曰く、センスメイキングはアルゴリズム志向に対する「人文科学を駆使した知の技法」である。それは特に、異文化を理解するときに力を発揮するそうだ。

他の文化について何か意味のある事を語る場合、自身の文化の土台となっている先入観や前提をほんの少し捨て去る必要がある。自分自身の一部を本気で捨てれば、その分、全くもって新しい何かが取り込まれる。洞察力も得られる。このような洞察力を育む行為を筆者は「センスメイキング」と呼んでいる。

データだけでは読み解けない「文脈や歴史」

現在、世界中の政府や産業界は、「第4次産業革命」や「Society 5.0」といったキーワードの元、IoTなどインターネットを介して大量に集められたリアルタイムデータや顧客データベースなど様々な場所に存在するデータを統合し、人工知能(AI)の機械学習技術によって、そのデータを新たな戦略や戦術につなげていき、あらゆる定型的な作業を自動化、機械インテリジェンス化しようと試みている。

実際に、私の前職のAmazonなどGAFA (Google, Apple, Facebook, Amazon)といった企業は、大量のリアルタイムデータ解析を活用することで巨大な企業価値を生み出している。筆者も2000年前半の Amazon Japan黎明期にデータ解析を主体としたプロダクトや顧客マーケティングに携わり、データを元に様々な意思決定を行っていた。
当時はビッグデータというコンセプトが広まる前だったということもあり、いかに、良質な統合データのリアルタイム解析ができることが競争優位力になるのかを肌で感じた一方、「データだけで判断がつかないことには挑戦できない企業文化」に閉塞感を覚えたこともある。

データの世界に馴染みのない人にとっては、本書はある意味時代のアンチテーゼではないかとも取られるかもしれないが、Amazon Japanで仮説の立て方や、データの定義や収集方法、分析方法など、様々な要素の設定次第で洞察が大きく変わることを何度も経験してきた私には、「こういう本を待っていました!」と感じる一冊である。

何故そのように感じたのか? Amazon Japanを退職して12年目になるが、その間に私自身も、「すべてはデータで証明できるはずだ」という論理的思考から、「データで見えないものを感じ取り、試してみる事で、より早く、顧客に合ったサービス提案ができる」という「論理+感性」のハイブリッド型思考に進化した。

例えば2013年に共同創業した会社、Peatixの東南アジア進出でシンガポールに移住した時、シンガポールのイベント市場は、大きなコンサートやコンベンションが中心で、Peatixがフォーカスする中小規模の「インディイベント市場」はビジネスになりづらく、商業志向の強いシンガポールではほぼ皆無のように見えた。それが、センスメイキングの五原則にもあるが、「個人ではなく文化」にフォーカスし、今シンガポールの若者達がどのような価値観を持ち、どのような希望を持って生き方を志向しているのかと、文化レベルで理解することで、日本とは違うやり方で「インディイベント市場」を探し当てることに成功した。

本書には、哲学者ハイデガーの以下の発言が掲載されている。

現実、すなわち意味があると認識できるすべてのものには文脈や歴史と切っても切れない。基本的にはこの文脈を超えて物事を考える事はできない。人間は、自ら身を置く社会によって定義される。

正に、この文脈や歴史を理解するには、本書が掲げる五つの原則を活用するのが有用なことを伝えている。

本質的な洞察に至るには、ネット検索や読書、既存のデータ解析だけでは難しい。異国で文化が違う場合は、思い込みがあったり、現地の当たり前が分かっていなかったりするので、尚更である。
現地の人と仲良くなり、心を通わせる交流をし、状況をありのままで受け止めることで初めて、得られる洞察なのである。
逆に、文脈を理解せずにデータ解析をストイックに行ったために、2012-13年に、「Googleインフルトレンド」が過剰なインフルエンザ予想を出し続けた事例なども挙げられている。文脈なきデータの相関関係のみで予測をすることの落とし穴である。

一方で、人間の意識と能力、スキルのつながりが機械的にロジカルでないことは、あるエピソードで表現されている。脳の損傷を受けたポランティエールという詩人は、どのようなリハビリを受けても詩を書くことができなかったのが、事故前の記憶を呼び戻す環境に出くわしたことで、突然詩が書けるようになったという。

すなわち、長年培われてきた対内外の様々な要因が兼ねそわった文脈が、個人個人に与える影響は計り知れないものがあり、それは単純なステップ論で説明できるものではないということである。逆に、論理的には説明がつかない人間の能力がまだまだありそうだということも窺える。

「五つの原則」に基づいて文脈や歴史の理解を

歴史や文脈を理解した上で、計算されたリスクを大きく取ることで大成功したのが、伝説的な投資家、ジョージ・ソロスである。五原則の2つ目、「単なる『薄いデータ』ではなく『厚いデータ』を」を取り上げる第四章には、彼が何故イングランド銀行を破綻させるまで追い込むことが出来たのか、4つの知識を元に紹介されている。
4つの知識とは、1、客観的知識、2、主観的知識、3、共有知識(測ることの出来ない、文化的で公共的な知識)、4、五感で得られる知識であり、ビッグデータなどでは、1が中心となるが、1から4を兼ね備えたソロスの下す判断は、数学のPhDで溢れた大手投資銀行を上回るものになったというエピソードが解説されている。

また、人間は文脈の中に生きているので、知らず知らずのうちに数多くの判断をしている。その判断を保留し、現象学として物を判断抜きで観察することで洞察を得ようというのが、3つ目の原則「『動物園』ではなく『サバンナ』を」である。
本章では、若い顧客を獲得することばかりに注力して、解約の増加の原因を突き止められなかった生命保険会社が、「老い」について社内外で理解を深めることで、営業戦略を大幅に変え成功を収めた例や、スーパーが、顧客の背景や行動心理を理解することで、スーパーマーケットを「顧客の舞台装置」と捉え直し、より提案型の店舗に変革した例などが取り上げられている。
このように他者の世界観や文化的視点を感情と知性の両面から理解することで共感が生まれ、新たな事業価値を創造するのである。

第6章の「『生産』ではなく『創造性』を」では、デザイン思考のような、「文脈を理解していなくても、多様な人が集まりプロセスを踏むことで、創造性が生まれる」といった手法に警鐘を鳴らしている。
創造的なプロセスは人によって異なっており、そのプロセスを経るためには深い知識や洞察といった経験が必要だという本書の考えと、デザイン思考は似て非なるものである。製品の改良といったテーマにはデザイン思考は有効だが、より複雑的に絡まった課題の解決を、本質的な理解に基づき、人文学の論理なども活用して取り組むことも、難解な問いに答えていくためには必要なプロセスなのだろう。

そして最後の第7章では、原理の5つ目「『GPS』ではなく『北極星』」において、「文脈を理解した上での北極星=関心」があることで、より深い洞察が得られるということが解説されている。

ここまで来てお分かりになられただろう? これからの時代は定型化される仕事の多くが、賢くなった人工知能に代替されるかもしれないという時代に入っていく。この不可逆な流れの中で、大人が洞察力を磨き、人工知能に“使われる”のではなく、“使う”ためには、歴史や文脈の理解に関心を持って取り組むことがより大切になっていくのだろう。

執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Mistletoe 株式会社フェロー
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、300万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。現在 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。

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