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根性に頼らず「良い習慣」を身につける方法(篠田真貴子)

「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第7回
Atomic Habits” by James Clear 2018年10月出版
ジェームズ・クリアー式 複利で伸びる1つの習慣
著: ジェームズ・クリアー 訳:牛原 眞弓
パンローリング 2019年10月12日発売

Atomic は「原子の」、またそれが転じて「ごく小さな」といった意味の単語です。本書タイトルのAtomic Habitsは「ごくごく小さな習慣」という意味になりますね。良い習慣を身につけ、好ましくない習慣を断ち切るためのアプローチを解説した本で、この半年ほどアメリカのベストセラー上位にランクインし続けています。

習慣に関する本、たくさんありますよね。私は毎日決まったことを行うこと、新たな習慣を身につけることにかなり苦手意識がありまして、こういう本は避けてきました。気まぐれにちょっと読んでみてもストイックすぎる感じがして、途中でやめてしまうことが多かったです。

そんな私でも、この本は最後まで楽しく読めました。それは、本書が単なるハウツーではなく、「新たな習慣を身につける」という切り口を通して、人間理解を深めるような内容だったからだと思います。

冒頭、著者のジェームス・クリアさんの自己紹介が印象的でした。クリアさんは高校時代、プロを目指すほど野球に打ち込んでいたのですが、練習中に事故に遭い、生死をさまようほどの大怪我をしてしまいました。後遺症が生涯残るリスクもありましたが、リハビリに丁寧に取り組み身体機能を取り戻して、再びバッターボックスに立ったのです。これが、若きクリアさんにとって、日々の小さな習慣の積み重ねが自分の可能性を花開かせる原体験となりました。
その後もクリアさんは、少しずつ良い生活習慣を身につけていき、習慣に関する自身の実践や経験を少しずつメソッド化し、科学的な裏付けも学んで、本書にまとめたのです。著者本人の「生き方」を表した本でもあるところが、本書の魅力です。

なりたい姿をイメージして「自分に合った習慣」を身につけよう

さて、何か良い習慣を身につけようとするとき、私たちはまず最初に「何を習慣にしたいか(あるいはどの習慣をやめたいか)」を決めますよね。「毎日読書をしよう」「タバコをやめよう」といった具合に。
ところが著者は、その前に「その習慣が身につく(あるいはやめる)ことでどういう人になりたいか」をしっかりイメージするのが大事だと言っています。「読書をしよう」よりも「学び続ける自分であろう」、「ジムに通う」よりも「身体を使うことを楽しむ人になろう」といった具合ですね。
その理由をクリアさんは次のように述べています。

個人であれ、チームや社会であれ、変化を阻む最大の要因は自己認識とのずれだ。良い習慣だと頭では分かっていても、自己認識とずれていたら、行動に結びつかない。

つまり、身につけたい習慣を決めるその前に、「なぜ」それを習慣にしたいと思ったのかをしっかりと見つめて「私はそういう人になるんだ」という自己認識を持ちましょう、ということです。

「なぜ」習慣化したいのかをおさえたら、次は「何を」習慣にするかを決めていきます。ここで大切なのは、自分の性質に合った習慣を選ぶことだ、とクリアさんは言います。自分の性質を変えよう、まったく違う自分になろうと思わないほうが懸命だ、と。

例えば、人あたりが良く優しい性格の人は、「オキシトシン」が多い傾向にあります。オキシトシンは周りを信頼し関係を作っていくうえで大切な役割を果たすホルモンです。オキシトシン量が多い体質の人は、そうでない人よりも「お礼状をまめに書く」とか「仲間の集まりを企画する」といった習慣を身につけやすいかもしれない、とクリアさんは述べています。

つまり、自分の性質に合った習慣作りをしたほうがいい、ということだ。一般的に良いとされる習慣ではなく、自分に最も合う習慣を選ぼう。あなたの性格やスキルに沿った習慣を選べば、長期にわたって気持ちが満たされるだろう。あなたにとって簡単なことを一生懸命にやろう。

意志に頼らず、ほんの小さな行動からはじめてみる

「なぜ」「何を」を整理したところで、やっと習慣化の「How」、すなわち方法論に入ります。

方法論はCue(きっかけ)、 Craving(欲求)、 Response(反応)、 Result(結果) の4ステップに分けて解説されていますが、このステップそのものよりも、クリアさんがとにかく「意志や根性に頼ってはダメ」という信念を持っているところが特徴的です。習慣は意志の力とは関係なく仕組みの問題だ、楽をしよう、絶不調の日でも続けられるような仕組みを目指そう、と繰り返し説いています。

例えば、目指す習慣を行動ステップに分解して、最初のステップだけやってみる。運動習慣を身につけたいとしたら、まず運動する服に着替える。運動しなくていいからとにかく着替えを習慣にしてみよう、と。そのうち「着替えたし、運動してみるか」という気持ちになったら次のステップへ進む、という具合です。

すでに習慣になっている行動のついでに新しい習慣を加えてみる、という方法も紹介されていました。まさにごく小さな(Atomic)行動でいいから、日々やってみましょう、というアプローチです。
また、習慣が続く人とそうでない人とを比較したところ、両者の意志の強さに差はなかったという調査結果が紹介されていました。では、どこで差がついたのでしょうか。習慣が続く人は、続けやすい環境をうまく選んでいたことが分かったそうです。これも楽に習慣化する方法のひとつですね。

良い習慣を身につけるハウツーだけならば、ビジネスメディアやブログ記事で多数紹介されています。本書では、「なぜ」「何を」習慣として身につけるかが大切という文脈が作られ、さらに方法論についてもCue(きっかけ)、Craving(欲求)、Response(反応)、Result(結果)のサイクルを踏まえているため、理解が断片的にならず、包括的なメソッドとして納得しやすく感じました。(納得することと実践できるようになることは、大違いですけど!)

成果をもたらすのは「目標」よりも「習慣」

著者のクリアさんは他にも、習慣を身につけることにまつわるテーマをいくつか論じています。興味深いものを2つご紹介しますね。

ひとつ目は、「習慣化すること」と「目標達成」の違いについて。「目標は方向性を定めるのに有効だが、成果をもたらすのは仕組みや習慣だ」というのがクリアさんの主張です。

例えば「部屋を片付ける」という目標を立てたとします。気合いを入れて一気に部屋を片付けたら、一時的にはきれいになるかもしれません。でも、物を出しっぱなしにする癖が変わらなければ、数日後には元のごちゃついた部屋に戻ってしまう。これが目標と習慣の違いです。

私たちは「なりたい姿」をそのまま目標として設定したくなりますが、実はあまり効果がありません。別の例を挙げれば、スポーツで金メダルを獲った選手を見て「優勝を目指して努力したから」メダルが獲れた、と私たちはつい考えてしまいます。でも、金メダルを逃した他の選手だって、同じように優勝を目指していたはずです。優勝という目標を立てても達成できるわけではない。成果をもたらすのは仕組みや習慣の積み重ねなのです。

この「目標より仕組みや習慣を重視する」アプローチは、もしかしたら事業運営に応用できるかもしれない、と私は感じています。
事業が目指すイメージをビジョンやミッションとして制定する組織が少なくありませんが、そのビジョンを受けて事業計画というゴールを設定するのが一般的です。もしここで、事業計画よりも、組織の習慣や仕組みづくりに力を注いだら、どうでしょう。思考実験だけだとしても、面白くありませんか。

ふたつ目は、「習慣化の限界」です。著者の言葉を引用しましょう。

多くの効果をもたらす習慣化だが、コストも伴う。望ましい行動を習得しスムーズで素早くできるようになると、習慣は無意識となり、フィードバックに対する感度が下がってしまう。成功を脅かすのは失敗ではなく、飽きだ。何かを習得するのに、習慣化は必要だが、それだけでは不十分だ。無意識に行動できるほど習慣となった行動に、意図を持った練習を組み合わせる必要がある。

誰もが関心を寄せる「習慣化」のメソッド

本書を読み終えて、改めて「習慣を身につける」テーマに関心が集まる背景を考えさせられました。
著者のクリアさんは、「習慣は少しでも人の本能に沿う形にしたほうが身につきやすい」とのスタンスが明確です。それだけに、習慣を身につける行為は“人の本能に逆らう”部分があることを強調されているように感じます。
誘惑に心奪われだらだらと過ごすことは、本能には忠実なのですが、あまり賞賛されません。なぜなら、ある程度社会が発達してから現代にいたるまで、私たちは「すぐに喜びを感じられない面倒な行動を習慣化しないと食いっぱぐれる」状況に身を置いているからなのでしょう。

もうひとつ、本書の内容から「根性論」がアメリカでも暗黙の前提になっていることが伺え、その点も興味深く感じました。
本書では、脳科学や心理学の知見を用いて、「意志の力に頼らず、楽に習慣を身につける」ことを提唱しています。最新の科学的知見をもって、やっと根性論に対抗できるようになったとも言えるわけですね。
宗教的な修行からスポーツまで、「意志で自分を律する人は立派だ」という価値観を、多くの人が長きにわたり、文化を超えて信奉してきました。この価値観が普遍性をもった背景を、脳科学や心理学だけでなく、歴史や社会の観点から分析した本があったら、読んでみたいと思いました。

執筆者プロフィール:篠田真貴子  Makiko Shinoda
小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Blumeの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。

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