Googleの「OKR」はなぜ成果を生むのか(土方奈美)

翻訳者自らが語る! おすすめ翻訳書の魅力 第5回
"Measure What Matters " by John Doerr 2018年4月出版
Measure What Matters 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR (メジャー・ホワット・マターズ)
著:ジョン・ドーア 訳:土方奈美
日本経済新聞出版社、2018年10月16日発売

Googleの数ある伝説のなかでも、創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが会社設立からわずか半年後、どうやって売り上げを稼ぐかアイデアもないのに、シリコンバレー有数のベンチャー・キャピタルに出資を求めたときの話は有名だ。
「将来の企業規模はどれくらいになると思う?」という質問へのペイジの答えは「100億ドル」。「時価総額の話だよね?」と確認されると、「違う、売上高だ」と平然と言い切った。創業者二人の過剰なまでの自信と野心家ぶりを象徴するエピソードだが、この冗談のようなやりとりの結果Googleへの投資を決め、自ら取締役を買って出たのがジョン・ドーアだと知っている人は少ないかもしれない。
GoogleのみならずAmazonにもいち早く投資し、取締役として経営に参画したほか、Twitter、Slack、Uber、古くはAOLやネットスケープなど、やがて一世を風靡することになる企業を発掘してきた。「投資の神様」と言えばウォーレン・バフェットだが、冠言葉を「ベンチャー投資の」に変えると、間違いなくジョン・ドーアだろう。現在はシリコンバレーを代表するベンチャー・キャピタル、クライナー・パーキンス・コフィールド&バイヤーズ(KPCB)の会長を務める。

それでもドーアの名があまり知られていないのは、ベンチャー・キャピタリストは創業者を陰で支える黒子だからだ。ただドラマ『家政婦は見た!』もそうだが、インサイダーとなったアウトサイダーの話が実は一番おもしろかったりする。あまたのシリコンバレー・ベンチャーの盛衰を間近で見てきたドーアの著書『Measure What Matters 伝説のベンチャー投資家がGoogleに教えた成功手法 OKR (メジャー・ホワット・マターズ)』も、まさにそんなケースだ。

Googleも採用する「OKR」の伝道者

本書のテーマは「OKR(Objectives & Key Results、目標と主要な結果)」。組織がやるべきことにフォーカス(集中)し、一丸となって壮大な目標の実現に一歩ずつ近づいていくための経営管理手法である。原型を作ったのはインテルの名経営者アンディ・グローブで、OKRはインテルがマイクロプロセッサ市場の覇者となり、その地位を維持する原動力となった。

ドーアはベンチャー・キャピタリストに転身する前、インテルに勤務しており、グローブから直接薫陶を受けた。自分にも他人にもとことん厳しいことで知られたグローブが、退職の意志を伝えたドーアを「ベンチャー・キャピタルなんてのは、本物の仕事じゃない。不動産屋と変わらないぞ」と言って慰留したというエピソードからも、ドーアの優秀さがうかがえる。

KPCBに入社したドーアは、インテルで学んだOKRを投資先のベンチャーに熱心に広めてきた。いわく「アイデアを思いつくのは簡単。実行がすべてだ」。あまりに多くのベンチャー企業がやるべきことを実行できずに失敗していく姿を見てきた末にたどりついた、ドーアの信念である。

OKRとは「やるべきこと」と「やるべきではないこと」を選別し、やるべきこと(目標)の進捗を数値管理できるような指標(主要な結果)に落とし込み、追跡する仕組みだ。いわば夢やアイデアや可能性を、実行に移すための手段である。「僕は序文というものはあまり書かないが、それでも本書に書いたのは、あのときジョンがGoogleにすばらしい贈り物を与えてくれたからだ」というラリー・ペイジの言葉からも、OKRの威力がうかがえる。

「20%ルール」はOKRと両軸でこそ機能する

OKRの詳しい内容は本書でお読みいただくとして、ここでは訳していて印象に残ったことをいくつかご紹介したい。

ひとつは、優秀な人材をいくら集めても、それだけでは成功はおぼつかないということだ。進むべき方向を示し、達成困難なストレッチ目標を与えてこそ、彼らの能力は最大限発揮される。それを四半期ごと、また年度ごとに体系的に行う手段がOKRなのだ。

Googleへの就職倍率はハーバード大学をはるかに超えると言われ、世界中から優秀な人材が集まってくる。また「20%ルール」という、技術者に就業時間の20%を業務と直接関係のない好きなプロジェクトに充てていいという仕組みがあり、そこからGmailをはじめとする世界を変えるプロダクトがいくつも生まれてきた。そういう部分だけを見ると、優秀な人材を集め、そのクリエイティビティを解き放てば、すばらしい製品やサービスが自然と生まれてくるのではないかと錯覚してしまう。

しかし本書を読むと、グーグルは20%ルールとOKRを車の両輪のように使い、自由と規律をバランスさせてきたことがよくわかる。たとえばChromeが後発であったにもかかわらず、いまやウェブブラウザで圧倒的にナンバーワンのシェアを確立しているのは、決して偶然ではない。OKRによって最終的な到達地点を明確にし、担当者に毎年おそろしく高い数値目標を与えてきたからだ。

初年度から「アクティブユーザー数2000万人」という数値目標に掲げ、それが未達に終わっても、めげずに2年目は5000万人に目標を引き上げる。それも未達に終わったが、3年目には1億人に引き上げた。そこにラリー・ペイジが「1億人でもインターネットユーザーの10%に過ぎないじゃないか」と突っ込みを入れ、目標を1億1100万人に上方修正させた。プレッシャーのなか、担当者は知恵を絞り、目標達成のためにあらゆる手を尽くす。こうしてChromeはサービス開始からわずか3年で、アクティブユーザー数が1億人を超えるという快挙を成し遂げた。

GoogleのOKR実践マニュアルも特別掲載

もうひとつ印象に残ったのは、経営トップの「ねちっこさ」の重要性だ。OKRも他の経営管理手法と同じで、形だけ取り入れても効果は期待できない。目標を設定し、その達成状況を評価するという作業は、まじめにやろうとするととても手間がかかる。放っておけば、やらずにすませようとする人、締切直前に数字だけ入力してお茶を濁す人などが続出する。易きに流れるのは人間の本能だ。トップが自らのOKRを設定して率先垂範するとともに、消極的な部下には執拗に取り組みを促していく必要がある。

Googleの創業初期には、ラリー・ペイジは四半期ごとに丸2日スケジュールを確保して、1人ひとりのソフトウエア技術者のOKRを自ら精査していた。プロダクト部門のリーダーとして長年、“OKRの番人”の役割を果たしたジョナサン・ローゼンバーグは、部門の全員がOKRを設定するようにあの手この手で促してきた。本書にはローゼンバーグがプロダクトチームに一斉送信したメールの文面も公開されている。件名は「これほどチャンスに恵まれた環境で、13人のPMがOKRを設定せず」。ユーモアにあふれた文面だが、期限までにOKRを設定しなかったプロダクトマネージャー13人の実名を挙げて反省を促すとともに、なぜOKRがそれほど重要かを改めて説いている。

本書にはこのほかにも、ロボットをフル活用した宅配ピザチェーンからゲイツ財団まで、ドーアがサポートしてきたさまざまな分野の企業や非営利組織がどのような場面でOKRを活用し、成果をあげたのかという興味深い事例が続々と登場する。また巻末資料の「GoogleのOKR実践マニュアル」は、ドーアがGoogleから特別に許可をもらって掲載した同社の社内マニュアルの抜粋だ。GoogleのOKRに対する基本的考え方を示したこの資料だけでも一読の価値がある。
個人として企業として、大きな目標を実現させたい方にはぜひ、お手にとっていただきたい。

執筆者プロフィール:土方奈美 Hijikata Nami
翻訳家。日本経済新聞、日経ビジネスなどの記者を経て独立。経済系のノンフィクションを中心に翻訳を手がける。訳書に『How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス) ―私たちの働き方とマネジメント』(日本経済新聞出版社)、『オリバー・ストーン・オン・プーチン』(文藝春秋)など。


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