偉大で有名な人物の深層を理解できる、「無名時代」の著作 (吉沢康弘)

吉沢康弘の「ビジネスの深層がわかる洋書」 第1回
The Diversity Myth : Multiculturalism and Political Intolerance on Campus” by David O. Sacks & Peter A. Thiel
(デイビッド・O・サックス & ピーター・A・ティール )
1998年出版

シリコンバレーで指折りの有名な人物といえば、電気自動車のテスラや民間ロケットビジネスのスペースXなどを手がけているイーロン・マスク。そして、そのイーロン・マスクとともにペイパル社を創業し、フェイスブックを始めとした革新的なベンチャー企業を支える投資家、ピーター・ティールだろう。

ピーター・ティールといえば、彼のスタンフォード大学での講義をまとめた『ゼロ・トゥ・ワン』が、日本でもビジネス書として、多くの新しい事業を考える人に愛読されている。この本によれば、彼の考え方の核心は「決して他の人と同じようなところで競争などしない。逆張りこそが重要である」という点だ。

しかし、個人的にピーター・ティールのもっとも興味惹かれる側面は、別にある。なぜ彼が、そのような考え方に至ったかの経緯という点と、彼が自分自身の内面から外を見た時に、一体どんなふうに世界を捉えているかという点だ。

前者に対する答えは、彼の大学時代の専攻にヒントがあった。

彼は大学時代に、哲学科を専攻しており、そこで、著名な哲学者である、ルネ・ジラール氏に師事し、ジラール氏の理論の中核である「模倣理論と競争」を学んだ。これこそが、ピーターのビジネス上のスタンスである「逆張り」につながっていると言われる。

人は、お互いに他の人を模倣することからは、本能的に逃れることができない。だから、人は互いに似たようなことをお互いに行うことになり、そこには競争が発生し、同じ努力をしても、消耗し合うことになってしまう。

そんな人間の性(さが)を意識し、少しでもその影響から逃れようとする姿勢が、「逆張り」につながったというわけだ。

以上は、邦訳されている書籍『ピーター・ティール』(飛鳥新社)で解説をされている。けれども、うーん……何かちょっと釈然としない。

本人の脳内では、本当はどんなふうに日々を捉え、どんな固執やこだわりがあることで、ペイパル、フェイスブックといった「究極の逆張り」とも言える事業を次々と仕掛けられるのか。まったく腑に落ちないのである。

いったい、ピーター・ティールという人物は、実のところ世の中をどのような角度から日々捉えているのか。なんとかそれを解明してみたいという欲求に駆られた。

そこで出会ったのが、彼が1995年に共著で出版した書籍“The Diversity Myth”(未邦訳)だ。

この本で扱われているテーマは、1980年代後半に、スタンフォード大学を覆った「多文化主義(multiculturalism)」への強烈な批判と、多文化主義が引き起こした事象を基に、個人がそうした「集団的な思い込み」に束縛されず、自由に考えることこそが人間の素晴らしさそのものであるという主張だ。

「多文化主義」とは、白人だけでなく、黒人、褐色のアジア人といった、さまざまなカテゴリーの人たちがいる中でマイノリティとなっている人たちを無視せず、互いの文化の存在を讃えようというものだ。

この考え方の持つ問題点を、ピーターたちは著書の中で、以下のように批判する。

「(多文化主義を取る当時のスタンフォード大学の例になぞらえると)肌の色で人を白人、黒人、アジア人……というふうに分けて、例えば4つのタイプに分割するということが、よくある。
ところが、同じ白人であっても、アイルランド出身もいれば、ユダヤ人もいて、いろんな人が多様に存在するのに、“白人といえばイギリス出身者”、“黒人ならばアフリカ圏の出身者”というように、その中にある個別の要素を無視して、勝手に決めることになる」

「最初は多文化主義に対して、自由で開放的で、のびのびと生きられると期待していた、当時のスタンフォード大学の学生たち。彼らは次第に、ロシア語の講義はロシア人の教員が受け持ち、フェミニズムに関しては女性の教員が講義を受け持つなどといった状況に対し、非常に窮屈に感じるようになった。

こうした教員の決め方そのものが結局、人間は生まれた環境に左右されるし、それを満たしていない人は深くは理解できないという前提に立っている(ロシアに生まれたロシア人だからこそ、本当のロシア語が理解できる。女性の問題は、女性しか本当には理解できない、という決めつけ)。そうすると、結局人は、生まれなどに大きく左右され、自由に生きられないということに帰着してしまう。そのため、多文化主義が広がると窮屈に感じてしまう」

このように、本書はとかく「スタンフォードで導入された多文化主義」「スタンフォード大学で実際に起きたこと」「そこに対する上記のような仔細な分析」という基本構造で執筆されている。

そして、その詳細な説明の中で、ピーター・ティールらは、ただ無条件に多文化主義を否定しているのではなく、「こういうことが起きて、実際には生徒たちは、こんなふうに振る舞っていた。そして、内面ではこんなふうに捉えていた」というように、極めて丁寧な観察と、その観察を基にした仮説の構築を繰り返すことで、論理を展開していく。

そうだ、この「自分独自の観察」と「観察に基づいた仮説構築」、この2つこそが、ピーター・ティールが世の中を見据えている感覚そのものなんだ、ということに気づくと、読み進めながらも興奮が止まらなかった。

他の多くの学生が、「多文化主義」の進展と共に、表面上はそこにフィットし、楽しく、互いに「模倣」をすることで集団として行動していく様子をも、ピーターは客観視しており、ときにはゾッとするほど冷静にその状況を捉えている。

ピーター・ティールは、徹底的な観察を同世代の学生たちに適用しつつ、恩師のジラール氏が掲げていた「人間とは模倣を行う性質がある」という点に対して、その観察結果をベースに、自分自身を相対的な位置づけに捉えることで、決して「模倣のスパイラル」に巻き込まれない。

ひたすら、自分の観察を信じ、それに基づいて、自分の仮説を展開していく。

そして、一連の観察と多文化主義の持つ欠陥を全編に渡って検証した後、ピーターは、

「今の時代は、集団としてお互いが模倣しあって創り出す世界ではなく、数え切れない一人ひとりの個人が、自分独自の人生を紡いでいく冒険なのかもしれない」

と締めくくっている。

以上のようなことを踏まえていくと、ピーター・ティールが

「人が互いに模倣し合うことを横目に、そことは全く違う逆張り戦略を取る」

という話は、実は

「ピーターは『一人ひとりの人生』『人』というものを、限りなく個別の人生として細かく、そしてリスペクトして観察している。
だからこそ、それらを十把一絡げでまとめて捉えることなく、【模倣】に支配されて、他の人と同じ物事の捉え方に流されず、個別化された彩りのある世界観の中で、自分自身が自由にやるべきことを見極めることができている」

ということにつながっているのではないだろうか。

なんとまあ、ピーター・ティールという人物は、その業績面以上に、内面的に魅力的な人物なんだろう!

現在のピーター・ティールを描く書籍、メディアはいずれも、彼が成し遂げてきた数々の業績や、その周辺で関連して起きた出来事でデコレーションされた状態ばかり。

だが、本書“The Diversity Myth”のように、「ノイズ」がなかったタイミングで、のちに偉大となる人物の「素の考え方・捉え方」を読み解くことができるのは、洋書原著を読み進めることの醍醐味と言えるかもしれない。

ご興味ある方はぜひ、本書を手に取り、そのルーツにたどり着き「興奮するほどの発見」を味わっていただければ幸いである。


執筆者プロフィール:
吉沢 康弘 Yasuhiro Yoshizawa
東京大学工学系研究科機械工学修了。P&G、コンサルティング・ファームを経て、ライフネット生命(当時、ネットライフ企画)の立ち上げに参画し、主にマーケティング、主要株主との新規事業立ち上げに従事。同社上場後、インクルージョン・ジャパン株式会社を設立し、ベンチャー企業への立ち上げ段階からマーケティング・事業開発で支援することに従事。同時に、大企業へのベンチャー企業との協業をメインとしたコンサルティングを行っている。


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