エコノミスト誌ほかで絶賛! イギリスの女性ロボット工学者が著した『悪態の科学』

担当編集者が語る!注目翻訳書 第21回
悪態の科学:あなたはなぜ口にしてしまうのか
著:エマ・バーン 訳:黒木章人
原書房 2018年8月出版

人はなぜ、いけないとわかっていても悪態を口にしてしまうのか?

ちょうど去年の年明けのことです。
トランプ大統領の「Shithole」発言が話題を呼びました。
アメリカへの移民が多い国々を「Shithole(ケツの穴)みたいな国」と呼んだことで各方面から怒りの声を巻き起こしただけでなく、各国メディアがどのように「shithole」を訳したかが注目を集めたのです。発言内容はともかく、罵倒語の翻訳問題は、翻訳書編集者としては大いに興味をそそられました。
(ちなみにNHKは「不潔な国々」、英BBC放送の日本語版サイトは「肥だめ」、時事通信は「便所のような国」と表現したそうです。韓国メディアは「物乞いの巣窟」、台湾は「鳥が卵を産まない国」……)

罵倒問題は、日本だって例外じゃありません。協調する民族性から日本語には罵倒語が少ないと言われますが、キレる老人に満員電車の悪態サラリーマン、モラハラ夫、ネット上での罵倒……。罵倒や悪態をつく(つかれる)という行為はとても身近で、「アンガーマネジメント」というセルフヘルプが企業研修に盛りこまれるほど、近年、問題意識が高まっています。現代社会の問題のひとつと言ってもいでしょう。

そんな人間の困った行動、タブーな言葉の意義に、科学的な視点から迫ったのが本書です。「悪態×科学」という珍しい組み合わせでどんなことが明らかとなるのか。しかも、エコノミスト誌やたくさんの海外有名メディアのお墨付き。これは世のため人のため、絶対に出版しなければ、となったのでした。

チンパンジーも罵倒語を覚える

「汚い言葉を常日頃からよく使うようにしましょうなど、そんなことを言うつもりはまったくありません。この本の目的はただひとつ、人類史のなかで罵倒語などの汚い言葉がどのように変化してきたのかを確認することにあります」

著者のエマ・バーンは、こんな断りと壮大な前置きをしながら、神経科学、言語学、行動心理学など、さまざまな面白い研究実験やエピソードを用いて解説していきます。氷水に手を入れながら悪態をつくと、つかないときよりも1.5倍も長く耐えることができること。チンパンジーは人間の言葉を習得すると同時に罵倒語も身につけること。事故で左前頭葉を失った人は、人格が変わったかのように罵倒語をわめき続けること。失語症患者もまた、罵倒語だけは忘れない……などなど。悪態・罵倒語には鎮痛効果があり、それは精神的苦痛にも、社会的苦痛にも効果があるのだそうです。そして感情が凝縮された言葉だからこそ、人間同士のコミュケーションを可能にする社会的ツールとなりうるのです。

人工知能(AI)開発者から見た「人間の不可解な行為」

辞書にも載らない汚い言葉を真面目に研究している人がいるというのも驚きですが、著者のエマ・バーンはイギリスのロボット工学者。人工知能(AI)の開発に携わっています。女性科学者として、男性の多い職場で飛び交うコミュニケーションとしての罵倒語を身近に感じながら、神経科学への興味が高じて罵倒語の研究をはじめたそうです。しかし、万人に理解される研究とはいかず、とある新聞記者からは「もっと世のためになる研究をするつもりはないのか(たとえば癌とか)」となじられたこともあったとか。
はたして本当に悪態の研究は世のためにならないのでしょうか? そこはぜひ本書をお読みいただき、読者の皆さまにご判断いただきたいところです。著者は日本滞在経験もあり、五味太郎さんの絵本『みんなうんち』や、マンガ家・ろくでなし子さんの話なども登場しますよ。

まるで「世界の罵倒語の見本帳」!

本書をパラパラとページをめくっていただければおわかりいただけると思いますが、これだけ各国の罵倒語を日本語に翻訳した本がかつてあったでしょうか。罵倒語のレパートリーが少ないと言われる日本語を駆使して翻訳してくださった翻訳者・黒木さんのまさに苦労の結晶! 「世界の罵倒語の見本帳」としてもご活用いただけます(原語の発音もカタカナで付しています!)。
  
イライラしてつい悪態をついてしまうとき、言葉の汚い困った隣人を理解したいとき、ぜひ本書のことを思い出してみてください。

執筆者:相原結城(原書房 編集部)


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