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「いい教育」を見つけるための手引書(竹村詠美)

教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 第2回
“You, Your Child, and School: Navigate Your Way to the Best Education”
(あなた、あなたのお子さんと学校)
by Sir Ken Robinson PhD, Lou Aronica
2018年3月出版
"教育の目的とは、生徒が自分の周りの世界を理解して、自らの才能を伸ばすことで、幸せな人間となり、アクティブで思いやりのある市民になることです。ケン・ロビンソン卿” (p100)

「五体満足」の言葉にある通り、赤ちゃんが生まれる時には、多くの親の期待というのは「元気で産まれてほしい。健康に育ってほしい」といったもので、「医学部に入って大学病院に就職してほしい」「国立大学に行って公務員になってほしい」とはあまり考えないものです。

けれども、子どもが大きくなるにつれて、家庭によって時期の違いこそあれ、「東大をめざして、偏差値XX以上の学校に入ってほしい。そのためには小学校3年生から△△△塾にいれなきゃ」「のびのび育って欲しいから、小学校から一貫の私学に入れようかな」「英語が話せるようになる学校に行ってほしい」……と、さまざまな考えが頭をよぎり、「学校選び」について悩んでいる保護者も多いと思います。かく言う私も、子どもたちの幼稚園、小学校、中学について悩み、失敗もしながら、その時々の状況でベストだと考える判断をしてきました。

今回は、そんな保護者の悩みに包括的に応えてくれる1冊「You, Your Child, and School (あなた、あなたのお子さんと学校)」をご紹介します。社会の変革の流れを捉えつつ、「子ども一人ひとりにあった『学びの環境』をどのように考えればいいのか」「学校をどう評価し、いかに付き合っていくべきか」「学校が合わない場合は、どのような選択肢があるのか」といった問いに、多くのリサーチの結果や事例を踏まえて解説がされています。
日本で出版されている教育書は、「XX歳までに△△を育てたい」「天才(すなわち受験に強い)を育てる◯◯」といった、作者の経験に基づいた内容であることが多いですが、本書は作者の経験則ではないところが、洋書ならではの魅力といえるかもしれません。
作者のケン・ロビンソン卿は教育改革の世界的なリーダーで、彼がTEDカンファレンスで話したスピーチは、述べ6800万回以上再生されています。数多くの著作の中で、日本では今まで『才能を磨く〜自分の素質の活かし方、殺し方』を含む2冊が翻訳されています。また、私が日本でアンバサダーとして上映会活動を行っている「Most Likely to Succeed」でロビンソン卿は、「教育はガーデニングに似ている。土壌が豊かであれば植物は自然に育つように、環境が整えば、子供は自ら育つのです」とメッセージを寄せています。

「学校選び」のために知っておくべきことを論理的に提示

本書は、「学校選択」という大きな判断をするために、保護者が知っておくべきことを、分野別に研究データも交えながら、分かりやすく解説しています。また、我々が日ごろ、無意識に使っている言葉についてもていねいに解説し、思考の整理を手伝ってくれます。

たとえば、

・「学び(Learning)」とは、新たなスキルや理解を得ること
・「教育(Education)」とは、学びを組織的に学びの活動が行われるプログラム。フォーマルなものからインフォーマルなものまで、自律学習から教えが中心のものまでさまざま。場所は学校とは限らない
・「学校(School)」とは、学ぶ人たちのコミュニティ。参加者の学び合いにより学び(Learning)を促進する

こうして改めて説明されると、「そうだよね」と当たり前のように感じますが、「教育(Education)」と「学び(Learning)」は明快に異なるものなのだと再認識できます。

上記を踏まえた上で、「良い教育とはどういうことなのか、良い教育を子どもに与えるために親は何ができるのか」という問いに、ロビンソン卿は下記のような選択例を示しています。

・近くの公立の学校に入れて、学校任せにする
・先生との関係構築や、家での関わりを通じて、子どもの教育にアクティブに関与する
・学校の運営により積極的に関わる
・教育委員会などを通じて、学校の取り決めに影響力を与える
・他の保護者たちと協力し、学校や教育委員会に変革を求める
・他の学校を探す
・ホームスクーリングやアンスクーリングを行う
・オンラインでの学習機会を活用する

これらの例だけでもわかるように、教育に関しての決断というのは幅広くあります。本書では、順序立てて考えることで、親がより子ども一人ひとりの特性や家庭環境に合わせた意思決定ができるようにナビゲートしてくれます。

最初から読まなくても、必要な章だけ読んで、気になったら他の章を読む、という使い方もできます。

我々親世代は、どうしても自分の受けてきた教育や成功と思われる経験則に判断を委ねがちです。「自分の行った学校が楽しかったから、子どもにも通わせたい」「XX大学は成功している人が多いから、我が子も行かせたい」といった思いが強く前面に出すぎると、「この子が本当に好きで夢中になっていることは何なのか?」「これからの時代の働き方はどうなっていくのだろう?」といったことをあまり考えなくなってしまいます。

「才能」とは「得意かどうか」だけでなく、心からそれを楽しんでいること

第2章の「親の役割」では、「子どもの才能」とは、得意ということだけではなく、その子が心底その活動を楽しんでいることだと作者は述べています(詳細は、『才能を磨く〜自分の素質の活かし方、殺し方』を参照ください)。
心理学者マズローの人間の欲求の階層の最上位階層である「自己実現」を達成するためには、子どもたちが自ら才能を見つけることが必要で、それを親は決められない。けれどもその発見のサポートは出来ると作者は我々に伝えてくれています。また、低位の欲求である生理的要求、安全の要求、社会的要求、そして承認の要求は、まさに家庭でのサポートが要となってくる部分です。

※マズローの要求の階層:より原始的な欲求が下層となっている(出典:Wikipedia)
自己実現の欲求 (Self-actualization)
承認(尊重)の欲求 (Esteem)
社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
安全の欲求 (Safety needs)
生理的欲求 (Physiological needs)

学校は何のためにあるのか?

それでは、子どもが自分の才能を発見できるのは、どのような環境なのでしょうか。第3章の「子どもをより理解する方法」では、遺伝と育ちの影響や、ハワード・ガードナー博士の「マルチプルインテリジェンス理論」などが紹介され、子どもが育つ環境と子ども自身を見つめ直すヒントが紹介されています。

子どもの個性や才能の見分け方について理解を深めたら、やっと学校について考える時間です。第5章の「学校は何のためにあるのか」では、学校の4つの目的や、目的を達成するために育まれるべき8つのコンピタンシー、学校で教育を受けた結果として、親なら誰もが願う子どもの幸せがどのような要素で構成されているのか。そして学校が「幸せな大人になるために必要なこと」を学べる環境になっているかを問いかけています。

学校は子どもが能動的に学び、幸せな大人に成長できることをサポートする場所だと考えたとき、皆さんのお子さんの学校は、そのような環境を提供できているでしょうか。
第6章の「学校の選び方」では、それを知るためには、1)カリキュラム、2)授業、3)評価方法、4)スケジュール、5)環境、そして6)学校の文化を見極めることが大切なのだそう。多くの日本の保護者が気にする「進学結果」は入っていないようです。
「どの要素も100%な学校」を見つけることは、なかなか難しいでしょうが、教育の大きな目標ーー「どのような大人になってほしいか」というイメージと照らし合わせ、お子さんの現在通われている学校を評価してみてはいかがでしょうか。何が不満や気がかりの元となっているか、見極めやすくなることでしょう。

第7章と第8章では、理想の学びの環境とのギャップを埋めるためにどのようなことが親としてできるのか、事例を交えて書かれています。「先生や学校と良好な関係を構築するには」「課題が解決しない場合、誰にどういった話をするかのステップ」をはじめ、子どものストレスやいじめなど、話し合いだけではなかなか解決しないトピックについても、アドバイスが掲載されています。

「学び」の環境は、子どもや先生だけにはとどまらない

「学び」は、子どもだけや先生だけで完結しません。子どもと親、先生やその他の大人、そして友達など、さまざまな人の関わりの中で蓄積されていきます。
本書では、体験、対話、練習、リフレクション、人間関係、挑戦、そしてインスピレーションーーそれらすべてが豊かな学びのためには必要で、先生は豊かな学びを実現する環境を準備し、子どもと関わり、エンパワーし、高い期待を伝えることが大切だと伝えています。学校で先生を選ぶことはなかなか出来ませんが、先生との関係構築の中で、本書のアドバイスを知っておけば、どうコミュケーションをとるべきかが、より明確になることでしょう。

アメリカの子どもは高校を卒業するまでの14年間に、2万2000時間を学校生活で費やしているそうですが、その膨大な時間の有益な過ごし方について、論理的に考える手助けとなる貴重な一冊です。

執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Mistletoe 株式会社フェロー
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、300万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。現在 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。

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