「文系軽視」ではイノベーションは生まれない(竹村詠美)

教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 第3回
The Fuzzy and the Techie: Why the Liberal Arts Will Rule the Digital World”(ファジーとテッキー:なぜリベラルアーツがデジタル世界を支配するのか?)
by Scott Hartley(スコット・ハートレー)2017年4月出版
*日本語版は2019年刊行予定 東洋館出版社

工業化社会は、高度な技能を持つ人材を育成するために、大学を中心として学業の専門分野化を進めた結果、気がつくと理系と文系という大きな壁を作ってしまいました。
昨今文理融合(文系と理系が融合した学部)や学際学部も増えていますが、まだまだその数は多くありません。

今回ご紹介する一冊は、これからの情報化社会においてイノベーションを起こしていくには、いかに Fuzzy (ファジー:人文科学や社会科学、自然科学といったリベラルアーツを幅広く学んだ人)とTechie (テッキー:工学、理学やコンピューターサイエンスなど、科学的な専門分野に特化した人)が協働することが大切で、お互いの強みを活かすことで初めて、人間にとって意味のある大きな進歩が遂げられるのか、様々な具体的な事例を含めて伝えています。

シリコンバレーの起業家にも意外と多い文系出身者

作者のハートレー氏はGoogle、Facebookといったネット業界のトップ企業や、ハーバード大学のバークマン・クラインセンターで働いたのち、現在はベンチャーキャピタリストとして活躍しており、まさにファジーとテッキーの両世界を見てきた人だと言えるでしょう。彼が本書を執筆するきっかけとなったのは、アメリカでいう理系=テッキーと、文系=ファジーという考えが広まる中で、イノベーションを牽引しているのがテッキーだというイメージが浸透していることに反証をしたいと思ったからだそう。実際セールスフォース・ドットコムの共同創設者のハリス氏や、YoutubeのCEOウォシッキー氏などシリコンバレーの著名な起業家やリーダーの多くも、社会科学、アート、文学、哲学などリベラルアーツ出身なのだといいます。

確かに私自身も経済学部出身で、縁ありインターネットのテクノロジーをフル活用したスタートアップの起業も経験していますが、「自分がエンジニアではない」ということを引け目に感じていました。
一方、お客さんがゼロの状態から100万単位のユーザーに支持されるようになる過程で、ユーザー思考、戦略的思考、創造力、コミュニケーション能力、異文化共感力など、文系ならではの力が結集したことで、継続して使ってもらえるサービスに成長できたことも、今となっては確信があります。
本書は私のような「文系出身だけど、テクノロジーをフル活用して社会を前進させたい」という人達に勇気を与える一冊です。

テクノロジーの民主化が、文系出身者によるサービス開発を後押ししている

「専門化が進んできた中、ファジーが活躍できる土壌が育まれているのは何故なのか?」という問いに、作者は、「テクノロジーの民主化がこの流れを可能にしている」と挙げています。要は、高度なテクノロジーを使いこなすハードルが劇的に下がっているのです。
今は中学生でも、GoogleのTensor Flow という人工知能(AI)プログラムに無料アクセスすることで、人工知能を活用したアプリが開発できるし、アマゾンのEchoの開発者環境に接続すれば、声を使ったアプリケーションの開発も可能です。

本書では、日本人のエンジニアが、キュウリ農家の家族のためにTensor Flow を使うことで、8割の確率で良いキュウリとそうでないキュウリを自動的に判別するプログラムを作った話が紹介されています。4000円くらいのRaspberry Piを買うだけで、誰かのために課題を解決しようと考えれば、このようなことも簡単に実現するという例を示しています。
プログラミングだけでなく、3Dプリンターやレーザーカッターといったモノづくりツールの使い方はどんどん簡単になってきています。このような時代では、仕組みから作れなくても、テクノロジーリテラシーがしっかりあれば、ファジーはテッキーと組んで、パワフルなインターネットを活用したサービスや商品を生み出せることが分かります。

実際、Uberのような世界中で使われているサービスも、数多くのサービスを組み合わせて動いています。声のコミュニケーションには、Twillio、メールを送る際には、Sendgrid といった具合です。
一方で Uber は、乗客と運転手にフォーカスし、彼らが使いたいと思うサービスを設計しています。その設計、デザインする力こそが、ファジーの分野を学ぶことで活かされてくるのです。

AI時代に必要なのは「人間らしさ」

第2章の”Adding Human Factor to Big Data (ビッグデータに人間らしさを追加する)” では、機械的な処理だけに頼ると、Tesla が人身事故を起こしたように、人間であれば判断できるようなミスが起きうるだけでなく、人間がプロセスに加わることで、いかにサービスや商品力が上がるのかという事例が紹介されています。
データ分析プラットフォームサービスで、米国の情報機関や警察なども顧客にもつ Plantir の CEO サンカー 氏は、「どのように計算をするかが大切なのではなく、何を計算するのかが大切なんです。人間を全体のプロセスに組み込む事で、人の直感にスケール感を出していくことができるんです」と述べています。機械だけだと見逃してしまうようなところを人間が補って、相乗効果を出していこうじゃないか、ということです。テロ対策の事例では、特別部隊が見つけた紙に書かれた情報がデータに組み込まれることで、インサイトに繋がったという例が示されています。

また、いかに間違ったデータを処理しないように人間が目を光らせるかというのも大きな課題です。乳がん患者の分析の例では、患者番号が疾患との関連性の統計的優位性を示したケースが紹介されており、最初のデータのサンプル設計や取り組み方によってバイアスが出てしまうことも示しています。

さらにサービス向上という点でいえば、Sticth Fix という毎月スタイリストが選んだ洋服が届くサービスが、レコメンデーションエンジンとスタイリストのセンスを組み合わせることで、返品率の非常に低いサービスを実現している例も挙げられています。

AI の登場で人間の仕事が無くなるのではなく、AI と協働することで価値が増す知識や技能を磨くことが大切だということがよく理解できます。

文系と理系のハイブリッドが生む革新的なサービス

第5章の“Making Technology More Ethical(倫理感の高いテクノロジーを目指して)”では、北朝鮮の闇交易を防ぐためにマイクロ人工衛星がどのように活用できるか、スロットマシン並みの常習性を持つスマートフォンを手にした人間が、より良い生活を送るためには、どのようなデバイスデザインを考えるべきかなど、日常生活で当たり前に感じていることも、より人間中心主義で考えるとどのような進化が遂げられるのかと、想像が膨らみます。
確かに今、1日何十回もLINEやインスタグラム、Facebookなどをチェックして、デバイスに隷属しているようなライフスタイルが、その人のために良いのか、などとユーザー視点で考えると、スマホもまだまだ改善の余地がありそうですね。

事例として、ヘルスケアソリューションを開発しているOmada Healthという企業が紹介されています。Fitbitのようなヘルスケアソリューションを生み出すために、糖尿病患者の予備軍の人たちをインタビューし、テクノロジーだけでなく、コーチングやレッスンも踏まえたソリューションを開発することで、80%のユーザーが7%以上の体重減を実現し、Type II 糖尿病にかかるリスクを58%減少することを実現しているのだそうです。Omada Health の社長のダフィー氏は、Google の人事部(People Analytics)での経験を経たのちに、ハーバード大学で医学部とビジネススクールを卒業したという、テッキーとの距離が近いファジー出身の方ですが、デジタル治療という分野の開拓には、まさにファジーが持つ人間の心理へのインサイトと、テッキーが生む革新的なプロダクトの両方が欠かせないですね。

「ファジー」と「テッキー」は補完関係にある

ファジーとテッキーのコラボレーションは、子供達の学びにも良い結果をもたらしています。独自の学習プラットフォームを持つサミットパブリックスクールや、スガタ・ミトラ教授のクラウドを活用した自律型(Self-organized)の学びや、有名なパロアルト高校のエスター先生のデジタルジャーナリズムの授業など、どれも先生が従来型の指導から、テクノロジーを活用したコーチングスタイルに変化し、アクティブな学びを実現しているところが特徴的です。ノースカロライナ大学チャペルヒル校で、教授法のイノベーションのディレクターを務めるケリー・ホーガンによると、クラスでのアクティブラーニングによって、テストの結果は3%平均向上し、家族で初めて大学に進学した学生やアフリカ系アメリカ人の間ではその倍の結果がみられたそうです。

日本では今、プログラミング教育などSTEM(科学技術、エンジニアリング、数学)に注力傾向があり、大学でも人文学系の学部の学生受け入れ数が国立大学で減少しているといったニュースが散見されます。もちろん科学技術に高い専門性がある人材を育てることも大事ですが、STEMだけに注力するのではなく、心理学、哲学、考古学、経済学など、人間の行動や心理について深く考える経験を持つ「ファジー」と「テッキー」の力の補完関係が、これからの時代に必須であるということを様々な角度から伝えてくれる一冊です。


執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Mistletoe 株式会社フェロー
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、300万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。現在 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。

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