盛川さんミステリー2

この道22年の翻訳書エージェントが選ぶ、この夏に読みたいSF・ミステリ決定版10選

翻訳書ときどき洋書「エージェントが語る!翻訳出版」第3回
担当:盛川水砂(フィクション営業部)

日頃、翻訳書のフィクション作品を手にとる機会がなかなかない人も多いだろう。だが、翻訳ものといっても難しく構えることはない。多くのひとが『ダ・ヴィンチ・コード』や『ハリー・ポッター』なら読んだことがあるのではないだろうか(『ダ・ヴィンチ・コード』は筆者が契約をまとめた思い出深い作品でもある)。
娯楽としての読書はとても個人的な体験であるし、読み手の感性によって受け取り方はさまざまだ。出版を検討してもらうため、編集者さんに海外作品をご紹介したとしても、その作品への評価はそれぞれの判断基準によって異なる。プロット、ミステリのトリック、人物造形、スピード感……小説を評価するポイントはさまざまで、どのポイントを重視するかは個人の好みだ。
よって、「ある1冊を読むべきだ」と断言するのは難しい。しかし、せっかくの機会なので、個人的な偏見ながらSF・ミステリを中心に、夏の読書におすすめの作品を紹介したい。

「このミス」など受賞作品なら面白いこと間違いなし!

トム・ロブ・スミス『チャイルド44 上・下巻』(2008年・新潮文庫)
社会主義のスターリン独裁政権下のソ連で、子供たちが次々に変死体で発見される。犯罪のない理想国家を建前とする社会主義下で殺人事件が起こるなどあってはならないーー事件は政府によって隠蔽される。主人公の国家保安庁の捜査官レオは事件解明に乗り出すが、国家からの妨害にあい、さらには妻に不当なスパイ容疑がかけられてしまう。自分が仕えてきた国から追い詰められていく主人公とその妻の迫真の逃走劇を軸に、夫婦の再生ドラマも描かれるスリラーだ。「このミステリーがすごい!」海外編の2009年版1位に選ばれている。

ピエール・ルメートル『その女アレックス』(2014年・文春文庫)
近年の翻訳ミステリー最大のヒット作。誘拐され木箱に閉じこまれた若い女アレックスと、その誘拐事件を追う警察。アレックスは殺される前に救出されるのか……? だが、ストーリーが進むにつれて、読者はこれが誘拐事件ではないことに徐々に気づかされていく。そしてラストにあっと驚く衝撃がーー。「このミステリーがすごい」海外編の2015年度版を始め、日本国内で史上初の4冠に輝いた他、イギリスの「英国推理作家協会 インターナショナル・ダガー賞」フランスの「リーヴル・ド・ポッシュ読書賞」も受賞している。

灼熱の夏にこそ読みたいサバイバル・ホラー

夏におすすめのサバイバル・ホラーなら、スコット・スミスの『ルインズ 廃墟の奥へ』(2008年・扶桑社)。観光で訪れたメキシコの奥地へ迷いこんだ若者たちが、現地人によって帰路を絶たれ、完全に実社会から遮断された土地で「人喰い植物」と対峙する……! B級ホラー感満載だが、この著者、映画化もされたデビュー作『シンプル・プラン』(94年・扶桑社)で、「このミステリーがすごい」海外編1995年度版の1位に選ばれている。

日本人はやっぱりロボット好き!? 人気の「ロボットもの」3作

ドラえもんやガンダムなどで育った日本人はロボット好きである、という説を実証しているのが、日本でヒット中のロボットもの3作品。

ダメダメ中年男が、時代遅れのポンコツロボット、タングと出会い、友情を育み、大人として成長していくデボラ・インストールの『ロボット・イン・ザ・ガーデン』(2016年・小学館文庫)は、人間とAIのふれあいを描くハートウォーミングな一冊。タングの可愛さにノックアウトされること必至だ。

本年度の星雲賞(日本SF大会主催)に輝いたシルヴァン・ヌーヴェルの『巨神計画』(2017年・東京創元社)では、人類のものとは思えない素材でできた巨大なロボットの手と思しき一部分が発見され、やがて身体のほかのパーツが地球上のあちこちに埋められていることが判明。ーー果たして、宇宙人の仕業なのか? なんとわくわくする設定だろう。

ピーター・トライアスは2017年度の星雲賞受賞作家だ。彼の新作『メカ・サムライ・エンパイア』(2018年・早川書房)では、第二次世界大戦で勝利した日本とドイツが、アメリカを二分して支配している。西側を支配する大日本帝国(ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン)の巨大戦闘メカのパイロットになることを夢見る主人公マックが、士官学校の入学試験に失敗しながらも、仲間たちの友情に助けられ夢に向かって成長していく、SF版“愛と青春の旅立ち”系冒険ストーリー。友情とは、愛とは、個と体制とは?ドイツ軍のバイオメカとの激闘シーンも迫力満点だ。

スタイリッシュな会話劇で進行する大人のミステリ

オレン・スタインハウアーの『裏切りの晩餐』(2016年・岩波書店)は、昔の恋人同士が再会し、ディナーをともにするシーンがメインとなる。ふたりはCIAの同僚だったが、彼女のほうは現在は結婚してスパイ業から足を洗っている。テーブルを挟んだふたりの会話は、過去のテロ事件におよび、やがてその真相をめぐって互いたがいの腹の探り合いの心理戦へ……。果たして、裏切り者は男と女どちらなのか? スタイリッシュな大人のミステリーだ。会話劇として舞台化したらさぞ素敵だろうと思うが、すでにハリウッドで映画化権が押さえられている。

救いのないミステリ=「いやミス」にこそカルト的な面白さ

後味の悪い、救いのないミステリのことを“いやミス”と呼ぶが、グラント・ジャーキンスの『あの夏、エデン・ロードで』(2013年・新潮文庫)は、ノスタルジックな雰囲気をかもすタイトルに反して、まさに“いやミス”な1冊である。平和な夏の夕暮れ。いつもの小道で交通事故を目撃してしまった恐ろしさにその場を去り、そのことを周りの大人たちに隠してしまったがために、10歳の少年の平和な世界が崩壊していく。

刊行から20年、今なおカルト人気を誇るジャック・ケッチャムの『隣の家の少女』(1998年・ 扶桑社)もまた、“いやミス”な作品だ。10代の少年が目撃した、隣家の地下室で繰り広げられていた少女虐待。人間の邪悪さを描ききった救いのないホラー小説で、はっきり言って、あまりにえげつない本作を好きだと公言するのはかなり勇気ある行動だ。実は筆者も、本作をおすすめとして本稿に挙げることを躊躇したことは否めない。

緻密なプロットに惹きこまれる不朽の名作シリーズ

緻密な謎解きプロットの警察小説がお好きな人には、マイクル・コナリーによるLAの刑事ハリー・ボッシュ・シリーズ(講談社文庫)がおすすめだ。警察という組織との政治的軋轢と闘いながらも、事件の真相を追求するボッシュ刑事のシリーズは、権威あるアメリカのミステリの賞、エドガー賞新人賞を受賞した第1弾『ナイト・ホークス』(1993年・扶桑社)が1992年に刊行されて以来、20作(翻訳版は17作)が出版されている円熟味あふれる長寿シリーズだ。最新作は『燃える部屋』(2018年・講談社文庫)。初期の作品は絶版になってしまったが、近々電子書籍で復刊される予定だ。

以上、思いつくままに翻訳書フィクション作品を挙げてきたが、いかがだろうか? 少しでも関心をもっていただけただろうか。難しいことは抜きにして、読んで面白いと思えたのなら、それが”あなたの1冊”だ。本稿がそんな1冊に出会うきっかけになれば幸いだ。

タトル・モリエイジェンシー発!エージェントの視点で、翻訳出版についてご紹介します。1年目のフレッシュ新人から、20年以上のキャリアを持つトップエージェントまで。さまざまなバックグラウンドのメンバーが交代で執筆します。


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