「なぜならば」がわかるのは、なぜなのか(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第3回
"The Book of Why: The New Science of Cause and Effect"
(「なぜ」の本:原因と結果の新しい科学)
by Judea Pearl, Dana Mackenzie
(ジュディア・パール&ダナ・マッケンジー)
2018年5月出版

人は理由を欲しがる。電車や飛行機が遅れたら原因を知りたくなるし、仕事で失敗をすれば上司や顧客から理由の説明を求められる。

では、ある要素Xが、起こった結果Yの原因だと言えるのは、そもそもどんな状態にあるときなのだろう。

ジュディア・パールは、チューリング賞の受賞経験もあるコンピューター科学者だ。科学ライターのダナ・マッケンジーとの共著である本書は、彼が20年以上研究してきた「因果推論」を初めて一般書としてまとめた本だ。

なぜならなんて云えないよ

直感や常識といった便利な機能を備えている人間にとって、ものごとの因果関係や理由を考えるのは難しくないと思う。傘が売れたのは「雨が降ったから」と考えるし、恋人や配偶者を好きな理由を言うのも簡単だ(簡単ですよね?)

でも、コンピューターに因果関係を理解させるのは実は難しい。X=Yという数式を、Y=Xとしても計算上何も変わりはない。XとYのどちらが原因で結果か、これだけでは決定できない。

統計学は因果関係の問題を長らく放置してきたとパールは振り返る。だから統計学の最初のクラスでは「相関関係と因果関係は違う」と唱える。

けれど、因果関係が分からないと、ビジネスや生活で直面する質問に答えられない。歯磨き粉の値段を倍にするとフロスの売上は変わるか。ある商品の売上が伸びたのは新税制のおかげか、それとも広告の効果か。こうした質問には、因果関係を明らかにしないと答えられない。

本書は因果関係に至るまでの階段を3段に分けて上っていく。

因果関係の3段階 - 観察、介入、想像

最初の段階は「観察」することだ。データを集めて、相関を見る。たとえば何かの症状は、特定の病気によくある症状に該当するか。パールの見解では、現時点のAIやビッグデータ分析の多くもこのレベルに止まっている。

次の段階では「介入」を行う。行動をして、結果にどう影響するかをテストする。もしアスピリンを飲んだら、頭痛は治るか。因果推論の「ゴールド・スタンダード」とパールが呼ぶランダム化比較試験(RCT)では、たとえばある薬を投与したグループと投与しなかったグループとで効果の違いを見る。多くのウェブ企業などが実施しているA/Bテストもその仲間だ。

でも、まだ十分ではない。頭痛はなくなったけれど、その原因はアスピリンだったのか。それとも昨日の食事のおかげなのか。こうした問いに答えるには、因果の最後の階段である「想像」の世界に足を踏み入れなければならない。

ここまで上ってようやく、因果関係があるとはどういう状態なのか定義できる。自らを「コンピューター科学者でパートタイムの哲学者」と呼ぶパールは、18世紀の哲学者デイヴィッド・ヒュームが残した定義を引用する。

それは「ある事象が起こらなかったならば、次の事象も起こらなかった」と言えるときに、二つの事象には因果関係があるという定義だ。

これを証明するには、ある事象が起こっていない世界を「想像」しなければならない。因果推論ではこの世界を「反事実」(counterfactual)と呼ぶ。

人間がものごとの因果関係を推論できるのは、起こってもいない「反事実」を想像する力があるからだ。パールは、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を引き合いに出しながらそう説明する(ハラリの同書は、虚構を信じられる「認知革命」が人間と他の動物を分けたと主張している)。

そして、パールをはじめとするコンピューター科学者や統計学者らが取り組んでいるのは、実世界で得られたデータから、この「反事実」の世界を数学的にどう作り上げるか、なのである。

ビッグデータ時代には因果推論の技術なしでは「ヤバい」

さて、最後に本書がなぜ重要であるかの文脈を考えてみよう。簡単に言うと、大量のデータを取れる時代になるほど、データを分析する因果推論の技術がないとヤバいからである。

データはスタートであってゴールではないとパールは言う。データは、ある薬を摂取した人間がそうでない人に比べて回復が早かった、と教えてくれる。でも、その薬を摂取できるだけの経済的余裕のある人間が早く回復しただけなのかもしれない。

つまり、どんなに「ビッグ」なデータがあっても、因果推論の技術がないと、見せかけの相関にだまされてしまう。

本書のメッセージをひと言でいうなら「あなたはデータよりも賢い」("you are smarter than your data")だとパールは語る。データは原因と結果を理解しない。理解するのは人である。

ジュディア・パール著"The Book of Why"は2018年5月に発売された一冊。なお、数式や矢印の因果ダイアグラムもけっこう登場するので、決してやさしい本ではないと思う。中室牧子・津川友介『原因と結果の経済学』や、伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』などの本を読んでからだときっと入りやすい。「なぜならば」筆者がそうしたからだ。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
Instagram: http://www.instagram.com/litbookreview/


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植田かもめの「いま世界にいる本たち」

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