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いい上司になるために必要な「究極の」フレームワーク(関美和)


「翻訳者 関美和のおすすめ本!」第1回
Radical Candor: Be a Kick-Ass Boss Without Losing Your Humanity(究極のホンネ)” by Kim Scott
2017年3月出版
※日本語版刊行になりました!『GREAT BOSS(グレートボス): シリコンバレー式ずけずけ言う力

大学の教員をはじめて4年目になる。わたしは学生を「指導する」ことができない。英語以外でわたしが手本を示せるものは何もないからだ。「レポートを期限までに提出してください」と学生に言いながら、わたし自身が原稿の締め切りに遅れたりしている。しかも大幅に。心の中で「お前が言うな」と声がする。

思えば、会社員時代もそうだった。チームのリーダーになり、支店長になってもまだ部下の指導をことごとく避けていた。誰にでもいい顔をしたかったのだ。そのせいで、大失敗したことも一度や二度ではない。

Radical Candor(究極のホンネ)』を書いたキム・スコットも、仕事のできない部下にそのことをはっきりと指摘できず、やっと解雇したときにはすでに遅く、チームのモラルは下がり、会社そのものを潰してしまった。

そんな苦い経験から、キムはいい上司、いい指導者、いいボスになるためのフレームワークを編み出した。それが、『Radical Candor』である。

このフレームワークには、ふたつの軸がある。ひとつは「部下のことを自分ごととして気にかけること」。もうひとつは、「遠慮せずに直言すること」だ。どちらが弱くても、『究極のホンネ』は実現できない。部下を心から気にかけていても、問題をはっきりと指摘できなければ、それは「残酷な情け」に過ぎない。そんな上司のもとで働く部下は間違いを自覚できず、それを正す機会も与えられない。問題をズバリと指摘できても、部下を人として気にかけていない上司は、「鼻持ちならないほど攻撃的」に映る。最悪なのは、間違いを指摘もせず、部下を人として気にかけることもない上司だ。スコットはこのタイプの行動を、「下心からのごまかし」と呼んでいる。いずれの上司も部下の成長を疎外し、チームのモラルを下げる。

面白いことに、アメリカでも多くの管理職が「残酷な情け」から失敗すると言う。つまり、「気遣い」はできても、「はっきり批判」できない上司が多いのだ。著者のスコットは、グーグルでアドセンスの営業チームを率い、アップルで管理職研修を担当し、シリコンバレーで何度も起業してきた。そんな世界一厳しい競争にさられている場所で、大きなチームを引っ張って成果をあげてきた強いボスの著者でさえ、「残酷な情け」に囚われて、部下を批判できないと聞いて意外だった。そんな説教嫌いの上司のために、この本は上手に部下に問題を指摘するコツを教えてくれる。

事実を淡々とそのまま伝えること。「ズボンのチャックが開いてますよ」と教えてあげるようなつもりで、その場で直接本人に言うこと。失敗の原因をその人の性格や人間性のせいにしないこと。そして、具体的な助けの手を差しのべること。そんな『Radical Candor』のお手本として、シェリル・サンドバーグが著者にズバリ与えた指摘の例が描かれている。

グーグル時代に経営陣へのプレゼンに大成功した直後、スコットはその会議に参加していたサンドバーグから、「一緒にオフィスに戻ろう」と声をかけられる。サンドバーグはまず、プレゼンの良かった点を具体的に細かく褒めてくれた。それからこう切り出した。
「何度も『えーっと』、って言ってたことに、自分で気がついていた?」スコットは、なんだそんなことかと一蹴する。「あぁ、ただの口癖ですから」と。すると、サンドバーグはもう一度押し返した。「もっとはっきり言わないとわかってもらえないようね。あなたはわたしの知り合いの中でも最高に賢い人間のひとりなのに、『えーっと』って言ってると、バカっぽく見える」。そのうえで、「話し方のコーチを紹介する。グーグルが料金を支払う」と、ソリューションを提案してくれた。

まず、サンドバーグは細かく誠実に良かった点を褒めた(この本では、「究極のホンネ」による褒め方のコツも紹介している)。それから、相手が深刻さを理解するまで、はっきりと問題を指摘した。問題を性格のせいにしなかった(彼女がバカなのではなく、その行動が「バカっぽく見える」と言った)。そして具体的な解決策を提示した。

はじめからここまでできるボスはいない。だが、いいボスであることもまた、生まれながらの性格ではなく、訓練によるものだと、この本は教えてくれる。さしずめ「いいボス養成のための筋トレ本」といったところだろうか。

ちなみに本書によると、人事評価は歯根治療と並んで、アメリカ人の「イヤなことランキングNo.1」らしい。ただし、毎日歯磨きをするように、上手にその場で問題を指摘していれば、歯根治療は避けられる。本書で紹介されたテクニックは職場のみならず、家庭でも(特にお母さん方!)子育てや「夫育て」に使えそうだ。

執筆者プロフィール:
関 美和 Seki Miwa
翻訳家。杏林大学准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。翻訳書にリー・ギャラガー『Airbnb Story』(日経BP社)、『お父さんが教える13歳からの金融入門』(日本経済新聞出版社)、ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)ほか多数。

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