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成果を出すチームに共通する組織文化とは?(篠田真貴子)

「篠田真貴子が選ぶすごい洋書!」第5回
The Culture Code” by Daniel Coyle 2018年1月出版
THE CULTURE CODE 最強チームをつくる方法
著:ダニエル・コイル 訳:楠木 建 (監訳), 桜田直美 (訳)
かんき出版、2018年12月5日

今回は「The Culture Code」を取り上げます。本書は、「メンバーの力量の総和より低い成果しか出ないチームがある一方で、メンバーの力量の総和の何倍もの高い成果を出すチームがあるのはなぜか」という問いに挑んだビジネス書です。

本書の英題は、直訳すると「組織文化の原則」くらいの意味でしょうか。元の英語のCode を「原則」としましたが、事例、ルール、マニュアルといったものよりは抽象度が高く、理念やコンセプトよりは具体的、そして原理ほど普遍性はない、といったあたりの意味です。私はまず、組織文化を扱うのに Code という抽象度の頃合いが新鮮だなあと思って、本書を読んでみました。

(※私は本書の英語版しか読んでいません。本書の内容を日本語で引用している部分は私の抄訳であり、日本語版とは必ずしも一致しませんので、ご了承ください。)

群れを成す人間の本能に基づいた「3つの原則」

本書の主張は、一見シンプルです。メンバーの力の総和より大きな成果を出し続ける組織の成功の秘訣は、リーダーが優れていたとかメンバーの相性がたまたま良かったというような、偶発的で個人の固定的な資質に依存した話ではない。成功の秘訣は、
①安全性を確保する (Build Safety)
②弱みを共有する (Share Vulnerability)
③目的を確立する (Establish Purpose)
といった、再現性がありトレーニング可能な「3つのスキル」だというのです。

字面だけ見ると当たり前のように感じられますが、その内容を深掘りすると、意外な側面が明らかになってきます。

まず「安全性を確保する」ための鍵は、ヒエラルキーが少ないとか上司が穏やかだといった要素ではなく、物理的距離だ、という研究成果(Allen Curve) が紹介されています。
席が6メートル以内の人同士はやりとりが飛躍的に増える一方で、「フロアが違うと、心理的距離感は外国にいるのと変わらないくらい」だと。チームメンバー同士の物理的距離が近いことに加え、互いによく目を見る、短いやりとりが頻繁にある、互いにたくさん質問しあう、あいさつなどちょっとした気遣いがあるといった行動が、安全性のシグナルとなっているのだそうです。
人間の脳は「ここにいて安全なのか」を常に探っていて、こうした「ここにいていいんだよ」というシグナルに無意識のうちに反応するのです。

次に「弱みを共有する」について、私たちは、「信頼関係があるから弱みを見せられる」と思いがちだが、実はそれは違う、と著者は言います。まずは何より先に、弱みを見せてしまう。しかも、偉い人から率先して。すると、相手は弱みを見せた人に対して信頼感が高まるのです。「弱みを共有されるから、信頼関係が生まれる」というわけです。

3つめの「目的を確立する」のも、単発のプロジェクトで立派なビジョンを打ち出すようなことではありません。何か新しいことを試し、失敗し、ふり返り、学ぶ、というチームの永続的な営みを通して、目的を精緻化し続けるものだというのが、著者の考えです。
目的を組織に浸透させる方法も、研修や人事評価基準の工夫などではありません。「失敗は防げないが、課題を優雅に解決することならできる」など、組織目的に合致するような、シンプルな行動原則に鍵があります。メンバーは行動を通して「私たちが働く理由」「私たちが目指すもの」を、日々感じ取っていくのです。

ここまで簡単に述べた3つのスキルは、どれも著者の取材や観察と、脳科学や心理学の知見に基づいており、「群れをなす動物」である人間の本能に根ざしています。ですので、本文中で著者はこの3つを「スキル」と表現しているものの、私は原題に使われた 「Code (原則)」のほうがしっくりくるように思いました。

物理的距離の近さで生まれた“奇妙な”心理的安全性

本書では、3つの原則は豊富な事例によって生き生きと描写されています。私はその中でも、第一次世界大戦の最前線でおきた「クリスマス休戦」のエピソードに最も感動しました。
1914年冬、イギリス軍とドイツ軍が直接対峙する最前線。両軍は、塹壕に入って互いの姿は見えないものの、互いの声が聞こえ食事の匂いが漂ってくるほどの近さで向かい合っていました。
クリスマス・イブ、イギリス軍のある軍曹は「ドイツ軍の兵士が塹壕から出てきて『撃つな。クリスマスだ。そっちも出てこい』と言った。おとり作戦かもしれないと考えた」と記しています。別の隊では、ドイツ軍がイギリス民謡を歌い、イギリス軍が同じようにドイツ民謡を歌って互いに喝采した、との記録があるそうです。他にも戦没者の合同葬儀を行った、一緒にサッカーをした、といった記録があります。公式な休戦宣言は全く出てないにも関わらず、こうした事象がイギリス前線のおよそ3分の2に渡って見られたそうです。
クリスマス休戦は、なぜ起きたのでしょうか。音や匂いを通じて互いの存在を感じ、同じ緊張感と寒さに耐えていることを通じて、共感が少しずつ醸成されていった、という専門家の説明を著者は紹介しています。心理的安全性が確保されたわけですね。

本書では、大きな成果を出し続ける組織の例として、国際窃盗団 Pink Panthers や即興劇の劇団、貧困地域にある学校など、他ではあまり見たことのない事例が取り上げられています。これらの事例の魅力は、珍しさだけではありません。紹介されるエピソードは、どれも素晴らしいヒューマンドラマの趣があるのです。
本書は「良い組織文化」がテーマであり、主張の柱である3つの原則は人間の本能に根ざしたものですから、結果的にそうなるのでしょうね。

高い成果と「弱みを見せること」を両立させるには?

魅力的なエピソードの数々に導かれ、「この事例の主人公のようなことはできないけれど、自分だったらどうするだろう」などと自分に引き寄せて考えながら、読み進めていきました。しかし途中から、新たな疑問が徐々に頭をもたげてきました。

高い成果をメンバーに求めることと、安全性を確保し弱みを見せることを、これらの組織では、どうやって両立しているのでしょうか。

私の疑問の背景を、少し詳しく説明します。本書で取り上げられている事例は、窃盗団や劇団だけではありません。グーグルやピクサー、それに米海軍の特殊部隊ネイビーシールズなど、組織論のビジネス書では定番の事例も含まれています。いずれも高い成果を出し続けている組織です。メンバーに対する期待値は高いでしょう。力不足のメンバーや文化に合わないメンバーが放っておかれるはずはなく、指導が入る仕組みであろうことは、想像に難くありません。
成果基準に満たない状態が続けば、その人は辞めざるを得ないはず。そうなると、力不足だという評価を受けたメンバーは安全性を感じにくいのでははないでしょうか。仮に自分が平均やや下くらいの評価を受けていたら、ダメな人が指導され辞めていくのを見て「自分もあのようになるのかな」と一抹の不安を覚えるかもしれない。

それなのに、事例に取り上げられている組織では安全性を確保し、弱みを共有して信頼関係をつくり、仲間と共に失敗を振り返りながら目的を精緻化してるというのです。いったい、どうやって?

ちょうどその頃、本書を入手するきっかけになったブッククラブが、著者のダニエル・コイルさんのQ&Aライブ配信を行うことになりました。質問が事前募集され、私はこの疑問を投稿しました。

そうしたらなんと! 私の質問がライブ配信で最初に取り上げられたんです。きゃー、うれしーうれしー。

コイルさんは「難しい質問だけれど」と前置きして、次のように答えてくれました。

取材した組織のうち、プロバスケットボールのサンアントニオ・スパーズは、高い成果を上げつつ安全性を確保するのが特に上手だった。一般的な組織では、フィードバックは「この点が足りない、もっと良くしよう」の1点だけだが、スパーズでのフィードバックには「このチームでは高い水準を期待している」という厳しさと「あなたならできると信じている」という暖かさの2つのメッセージが必ず込められていた。

もう一つ、成果と安全性の両立がうまくいっていたのは、ニューヨークの Gramercy Tavern というレストランだ。初めてホールに立つ新人に、フロアマネージャーがこう言ったんだ。「今日、困って私を呼ぶことが10回以上なかったら、酷いことになるからね。」つまり、一人では対処できないことが10回以上起きるよ、という厳しさと、必ず助けるから呼びなさい、という暖かさを、同時に伝えたわけだ。

成果の追求と安全性の確保は、相反するし、緊張関係にある。振り返ると、グーグルもピクサーも海軍特殊部隊も、この緊張関係に常に苦労していた。さらに踏み込むなら、成果と安全性の緊張関係が見られる組織では、良い文化が醸成されていると言えると思う。

組織文化の源は、互いを気にかけること

本書は良い組織文化の特徴を、シンプルに3つの原則に整理してくれていますが、過剰な単純化はしていません。例えば、良い文化には相反するベクトルが共存している、といった非合理をちゃんと捉えています。もうひとつ、組織文化とは「絶え間ない営み」なんだということが様々な切り口で書かれています。

「絶え間ない営み」のイメージを別の言い方でお伝えすると、良い組織文化を実現することは、チームスポーツを身につけるのに似ていると思いました。①頭でっかちな理屈ではなく動物的な動きが重要で、②チームプレイのためには自然な直感に反する動きも求められ、③瞬間の行動の積み重ねが成果を左右する。だから、意図的な練習を日々繰り返し、できればコーチの指導も受けないと、真の意味では実践できないだろうな、というのが私の感想です。

実践は簡単ではないけれど、不可能ではない。生まれ持った能力だけに依存するものでは、決してない。著者はそう言いたくて、あえて「スキル」と表現したのかな、と想像しています。

本書の目次の後、本文が始まる直前のページに一言、こう書いてあります。

“CULTURE: from the Latin cultus, which means care.”
(CULTURE<文化>。ラテン語で「気にかける」を意味する cultus が語源)

本書を読み通してから、この言葉を改めて見て、深く納得しました。組織文化の源は、互いを気にかけることなのだな、と。

執筆者プロフィール:篠田真貴子  Makiko Shinoda
小学校、高校、大学院の計8年をアメリカで過ごす。主な洋書歴は、小学生時代の「大草原の小さな家」シリーズやJudy Blumeの作品、高校では「緋文字」から「怒りの葡萄」まで米文学を一通り。その後はジェフリー・アーチャーなどのミステリーを経て、現在はノンフィクションとビジネス書好き。


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