朝日新聞出版_森さん

イノベーションのヒントを歴史で学ぶ「新・人類進化史」シリーズ

担当編集者が語る!注目翻訳書 第23回
世界が動いた決断の物語【新・人類進化史】
著:スティーブン・ジョンソン 訳:大田直子
朝日新聞出版  2019年3月出版

もしもあの時、〇〇が××していなかったら――。

歴史上の“if”を妄想するのは、歴史ファンにとってはこのうえない楽しみである。しかし、歴史ファンでなくても、”if”を想像する興奮を抑えられなくなるのが、この「新・人類進化史」シリーズ(これは翻訳時にタイトルに加えたもの)だ。米国のノンフィクションライター、スティーブン・ジョンソンが著した、これらの世界史の物語は、その“if”を考えることを積極的に勧めているかのように感じられる。

シリーズ第1弾・第2弾では、私たちの社会や暮らしのなかにあるさまざまな「あたりまえ」が、まったくあたりまえではないことに今さらのごとく気づかされる。そして第3弾では、世界情勢から個人の人生までを大きく変える非常に重要な”決断”には、英断であれ判断ミスであれ、熟考と綿密なプロセスとが内包されていることを知らされる。

本シリーズを読むことで、頭の中が“もしも”で溢れそうになることを、カバーまわりでしつこいほどに伝えた。実際に読者からは、「目からウロコが落ちた」「歴史のおもしろさとはこういうことだと知った」といった感想を多くいただき、特にビジネスパーソンからは、「発想のヒントになる」「イノベーションとは何かを再考させられた」などと好評をいただいている。

読者の感想にも挙げられているように、第1弾・第2弾でカギとなるのはイノベーションの連鎖だ。それを象徴する言葉が、著者が「ハチドリ効果」と呼ぶものである。ハチドリ効果とはつまり、「ある分野のイノベーション、またはイノベーション群が、最終的に、まるでちがうように思われる領域に変化を引き起こす」こととしている。

人々の営みが作り出した「今」という世界

シリーズ1冊目の『世界をつくった6つの革命の物語』は、フランス革命やロシア革命の話ではない。日常生活の革命の物語である。「ガラス」「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」という6つの切り口で、古代から現代までを通観する。ガリレオ・ガリレイやトーマス・エジソンなど、誰もが知っているような著名な人物も登場するが、名もなき市井の人々が日常生活上の喫緊の課題を解決するため、ときには命を守るために必死に知恵を絞り、並々ならぬ努力をしてきた姿が描かれている。
今では無くてはならないガラスは、リビア砂漠の気候変動による偶然の産物で、これを約1万年前に偶然、旅人が発見したところからはじまった。そして、宗教書を写本する修道士らが拡大鏡に用いたり、顕微鏡の発明につながって医学の発展に寄与したり……。その時代ごとのニーズに応じて新しいアイデアが生み出されて、現在、あたりまえに存在するインターネットをつなぐ通信ケーブルもガラスの糸で編まれている。

2冊目は『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』。娯楽・遊びの類はつい軽んじられがちであるが、人々が「驚きを探す本能」に突き動かされ追求してきた「ふまじめ」な「気晴らし」へのまじめな貪欲さが、遊びの範疇を超えて新しいアイデアを産み、技術を発展させてきたことを教えられる。たとえば、人々がファッションやショッピングを楽しむようになったのは産業革命の帰結だと考えられがちだが、実は産業革命を引き起こすきっかけの一つとなった可能性が高いというのが著者の論だ。
また、同時に、奴隷制や植民地化といった「気晴らし」の追求が生み出した負の変化についても丁寧に言及している。

そして、最新刊である3冊目が『世界が動いた「決断」の物語』だ。最初に登場するのは、「進化論」で有名なダーウィンの決断について。それも、結婚をするか・しないかを決めるプロセスを、ダーウィンが「どっちの選択が、どんなふうに得なのか・損なのか」と苦悩する姿とともに紹介し、分析している。このような個人的なエピソードが出てくるかと思えば、ビン・ラディンの掃討作戦についての決断の物語も登場する。本書でも読者の心を強く動かすのは、英断にも大失態にも、最後の一つを、少なくともその瞬間に後悔なく選択するために人々が自らの心を削りながら歩んでいく過程があることだ。

世界を変えるのは、強い想いと行動

本シリーズの魅力は、世界史の本として「知る」ことや教養を深めるという目的を超越しているところにある。そのタイトルどおり「物語」としての重厚な読みごたえがあり、さらに、人生や社会に変化を起こす原動力となる発想や視点の転換、考えるプロセスなどを経験できるのだ。

世界を変えるきっかけや潜在力を持っているのは、決して歴史の教科書に出てくるような著名な人物に限らない。自分が深く関心や興味を持っていること、気になって仕方ないこと、どうにかしなければならない喫緊の問題、誰かに何かをしてあげたいという強い想い。それらに対して、真剣に向き合い没頭する、泥くさい人々の取り組みが、長い年月をかけて次々と思いがけない連鎖反応を起こし、世界を変えていく。
本シリーズに登場する人物は、誰もが、「欲」に素直で、自分のやりたいこととやるべきことにまっすぐだ。そして、懸命に考え、行動する。その姿に、職業も年齢も関係なく、多くの読者が魅了され、感動し、ときに背中を押してもらえるからこそ、今でも読者を増やし続けているのだと感じる。

執筆者:森 鈴香(朝日新聞出版 書籍編集部)


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