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自ら議論に参加しなければ、民主主義は実現しない(関美和)

翻訳者 関美和のおすすめ本! 第5回
"Talking to My Daughter About the Economy: A Brief History of Capitalism"
by Yanis Varoufakis 2017年10月出版
父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。
著:ヤニス・バルファキス 訳:関 美和
ダイヤモンド社 *2019年3月発売

2008年のリーマンショックに端を発した世界金融危機から10年余が経ちました。リーマンショック後に7000円近くまで落ち込んだ日経平均はこの10年で2万円を回復。6400ポイントまで落ちたダウ平均はこの間に25000ポイントを超えました。

政界のブルース・ウィリス

さて、100年に一度の危機と言われた2009年の金融危機はヨーロッパの政治地図を塗り替えることになりました。財政破綻に追い込まれたギリシャでは、反緊縮財政を旗印に掲げる急進左派連合スリザ党が2015年に政権を握ります。そこで財務大臣に任命されたのが、経済学者のヤニス・バルファキスでした。このバルファキス、スキンヘッドに革ジャン姿がトレードマークで移動はいつもオートバイ。ヘルメットを着けて颯爽とバイクを飛ばすバルファキスは、「世界一セクシーな財務大臣」として雑誌に取り上げられヨーロッパ中で注目されました。

バルファキスはギリシャに緊縮を求めるEU(特にドイツ)に対して毅然と「ノー」を主張し、大幅な債務帳消しを求めてEU諸国の反感を買ってしまいます。そしてわずか6カ月後、アレクシス・ツィプラスがEUの条件を受け入れてしまったことへの抗議から辞任してしまう、というなかなかに大胆な人物です。
大胆な発言と行動で注目されたバルファキスは、その後「民主的ヨーロッパ運動2025(DiEM25」を立ち上げ、ヨーロッパやアメリカで講演を行い、積極的に政治活動を行なっています。

誰もが経済を語れることが、真の民主主義の前提

前置きが長くなりましたが、このヤニス・バルファキスが10代半ばの娘に向けて書いたのが、今回紹介する「Talking to my daughter about the economy」(邦訳『元財務大臣の父から娘に贈る経済の考え方』)です。
本書は娘からの「なぜ格差が存在するのか」というという問いに父であるバルファキスが答えるかたちで進んでいきます。その過程で、経済がどのように生まれたかにさかのぼり、金融の役割や資本主義の歴史とその功罪について、小説やSF映画などの例を挙げながら、平易な言葉で経済を説いていきます。

バルファキスがこの本を娘に書いた理由は、「経済を他人まかせにせず、経済について自分なりの意見を言えるように」という想いからです。「誰もが経済についてしっかりと意見を言えることが真の民主主義の前提」であり、「専門家に経済を委ねることは、自分にとって大切な判断を全て他人にまかせてしまうこと」だとバルファキスは言います。大切な判断を他人まかせにしないためにしないためには、経済とは何か、資本主義がどのように生まれ、どんな歴史を経ていまの経済の枠組みが存在するようになったのかを、自分の頭で理解する必要があるのです。

民主主義指数で遅れを取る日本

さて、ここで日本の民主化指標に目を移してみましょう。
イギリスのシンクタンク「エコノミスト・インテリジェンス・ユニット」によると、日本の民主主義指数は先進国では下位の 22 位(2018年度)に留まっており、「欠陥のある民主主義」のカテゴリに入っています。また、労働者の自己決定権がどこまで保障されているかについて調査した経済民主主義指数においても、OECD加盟国 32 か国中 29 位(2017年度)と極めて低い位置にランクしています。日本はGDPに占める教育支出が小さく、就労しているひとり親家庭の貧困率は突出して高く、日本に住む子供の7人に1人は貧困と、先進国では最悪の水準にあります。
だからこそ、日本でも多くの人がもっと経済について自分の言葉で語れるようになることが必要だとわたしは思いますし、本書がそのきっかけになることを願っています。

経済を知り、戦略的に怒り続ける

バルファキスはTEDスピーチ『資本主義が民主主義を食い尽くす』で、経済の民主化こそが政治の民主化につながると説いています。つまり、一握りの専門家だけが経済について語り、政策を決定するのではなく、多くの人が議論と政策に参加できるようにならなければ、民主主義は実現しないと言うのです。
今、現状に怒りを抱えている日本の若い人たちに、バルファキスの言葉を贈りたいと思います。「君には、いまの怒りをそのまま持ち続けてほしい。でも賢く、戦略的に怒り続けてほしい。そして機が熟したらそのときに、必要な行動をしてほしい。この世界を公正で理にかなった、あるべき姿にするために」

執筆者プロフィール:関美和 Seki Miwa
翻訳家。杏林大学准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。翻訳書にリー・ギャラガー『Airbnb Story』(日経BP社)、『お父さんが教える13歳からの金融入門』(日本経済新聞出版社)、ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)、ほか多数。


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