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固定観念を打ち破るーー「人生を変える」ダイアローグ(吉沢康弘)

吉沢康弘の「ビジネスの深層がわかる洋書」 第2回
On Dialogue”(ダイアローグ)
by David Bohm(デイビッド・ボーム)
1998年出版
ダイアローグ――対立から共生へ、議論から対話へ

社会人を10年も20年もやっていると、ふと「昔読んだあの本、今読んだら、どんなふうに感じるんだろう」ということが、たまにある。

それはまるで、ビールを初めて飲んだときは、苦味ばかりが気になって楽しめなかったのが、5、6年もすればビールの喉越しがたまらなく好きになってしまっているように、こちらの変化によって、同じものが全く別物に感じるような楽しみに近い。

例えば、20世紀における経営の名著『ビジョナリー・カンパニー』は、大学生のときに何気なく手にとって読んでもつまらなくて、「綺麗ごとじゃん」と思っていたのが、社会人になって4〜5年目に読み返したら、1ページ1ページ感嘆の声を上げながら魅了されてしまった。

さて、そんな中、自分が初めて「洋書を原著で読むのは、こんなにも興奮するものか」と思ったのが、2004年に読んだ“On Dialogue”(デイビッド・ボーム 著)だ。

この本、読んだ経緯からして、忘れることができない。当時、外資系企業でアグレッシブに仕事をしていたとき、ふと友人に誘われて参加した組織開発系の勉強会。日本を代表するような、組織開発領域の大御所・第一線の人たちが「ダイアローグ」を行う場に参加させてもらった自分は、とかくはしゃいで、自分の思うがままに発言をしていた。

そしてその直後に、勉強会を主催する方とお茶を飲みながら交わした会話が忘れられない。

「吉沢さん、まだ26歳でしょ。このままだとそれで固まっちゃうよね」

これは、気分良く勉強会を終えた自分にとってとにかく衝撃的な一言だった。と同時に、なんとなく「そう言われてもしかたないなぁ……」と、心当たりがあったのも事実だ。
けれども、どうにも明確に言語化できず、腑に落ちなかった。そのとき、彼から紹介されたのが、先に触れた“On Dialogue”だった。

この本を読んだ衝撃は、未だに忘れられない。

著者のデイビッド・ボームは、原子爆弾開発のマンハッタン計画にも関わり、アインシュタインらとも研究を共にしたことのある物理学者。
彼は複雑な議論を行い、本当に深い対話が必要となる状況を幾度となく経験するうちに、その方法として「ダイアローグ」というアプローチを作り出した。

その要旨……いや、正確にいうと、長らく自分の中に刻まれたメッセージは、

・人は自らの断定や思い込みを保留して、お互い流れに任せるままに対話していくと、まるで目の前に小川が現れ、その中に石を投げ込んでいくように共通の思考が流れ、それによって新しい発見をすることができる

というもの。

これを初めて読んだときの衝撃を一言で言えば、

「自分はいままで、なんと短絡的に生きてきたんだろう」と。

それ以来、さまざまな人と深い対話を行うことが、自分の日々の試行錯誤やがむしゃらな行動と対をなし、人生を豊かにしてくれることを実感し続けてきた。

もしもあのとき、あの本を読んでいなかったら、いまほどに自分の人生は彩りがあり、豊かなものになってはいなかったであろう、と確信している。

そして、今回、実に14年ぶりに本書をじっくりと読み返してみて、その思想の深さに、改めて感銘を受けてしまった。

要旨は、実はこうだった。

・人は、目の前のことにがむしゃらに取り組み、それが結果につながっていくほどに、自分の考えや意見に固執するようになる

・いつしか、その考えが手をつけられないほど強くなってゆき、世の中の変化や流れ、自分に見えない観点に気づかなくなる

・すると「いくらがんばっても、がんばるほどに状況がおかしくなっていく」感覚に囚われていく

・そういうときに重要なのは、他者と深い対話を行い、「自分の意見は絶対ではない」と保留し、相手の考え方に耳を傾けること

・ダイアローグの場では、他者の意見によって憤ったり、いくつかの派閥ができて心地悪くなったり、さまざまなことが起きるが、そのプロセスをじっくり感じ取ると、自分が普段囚われていた考えに気づくようになる

・そうして、お互いに違う観点を持つ同士が、お互いの考え方を理解し、共感することで、すさまじい勇気と暖かさを手にする

・また、お互いに他者の考え方を受け入れ、深い対話を繰り返すことで、自然に自分がやるべきことへの集中(コヒーレンス)がもたらされる

・そうしたら、あとは再び、そこに集中すべし

うーん、なるほど。もう、感嘆の声しか出なかった。

ライフネット生命の立ち上げ、協業での事業の立ち上げ、形にならなかった仕事、多くのベンチャーを一蓮托生で支援し続けた時間……それらすべてが、この流れに沿っていたなと、改めて振り返ることができた。

この本と出会う前の自分であれば、どんどん目の前の仕事をこなし、それが大きな成果につながったら、さらに闇雲につっぱしり、そしていつしか、自分の固執した考えによって違和感を覚え、戸惑い、立ち止まっていたに違いない。

ところが、原著を噛みしめるように読んだこの“On Dialogue”のメッセージは、無意識にも自分の中に残り続けていた。

いつも目の前のことに取り組み、それが目の覚めるような成果や成功につながったときも、あるいはそれが不完全燃焼に終わり、人に話すのがちょっとはばかられるようなときも、区切りがあるごとに、友人同士や新たに出会った人同士で、互いに深い対話を行うことができたことは、自分がやるべきミッションへ集中(コヒーレンス)することに、これ以上ないほど役立ってくれた。

そしてこの夏、個人的に半年ほど熱中していた新たなチャレンジ・与えてもらったタスクが一段落して、ふと思うのは、「ああ、そろそろ誰かと深い対話がしたいなあ……」という直感だった。

面白いもので、この感覚を共有できそうな友人たちにFacebookでメッセージを送ったところ、実に20人以上の面々が「ダイアローグをやってみよう」という話にのってきた。

もしもあなたがいま、何かに一生懸命取り組み続け、「ちょっと違和感が出てきたなあ……」と思っているのならば、全力でこの“On Dialogue”を読んでみることをオススメする。

前進しつづけようと日々一生懸命取り組んでいるものの、何か違和感を覚え、それをなんとか打ち消そうと必死にもがいている勤勉な人にこそ、この本は新たな境地を開いてくれるに違いない。

「急いでいくなら一人で行け、遠くへいくならみんなで行け」
(アフリカの古い諺)

デイビッド・ボームの“On Dialogue”は、この言葉の意味をこれ以上なく明晰なロジック、そして深い対話への情熱で語ってくれる。

追加のお知らせ:日本語版の情報を加えました。2018年8月27日


執筆者プロフィール:吉沢康弘
東京大学工学系研究科機械工学修了。P&G、コンサルティング・ファームを経て、ライフネット生命(当時、ネットライフ企画)の立ち上げに参画し、主にマーケティング、主要株主との新規事業立ち上げに従事。同社上場後、インクルージョン・ジャパン株式会社を設立し、ベンチャー企業への立ち上げ段階からマーケティング・事業開発で支援することに従事。同時に、大企業へのベンチャー企業との協業をメインとしたコンサルティングを行っている。


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