フィルムアート社山田さま

『ならず者たちのギャラリー 誰が「名画」をつくりだしたのか?』

担当編集者が語る!注目翻訳書 第17回
ならず者たちのギャラリー 誰が「名画」をつくりだしたのか?
著者:フィリップ・フック 訳者:中山ゆかり
フィルムアート社 2018年8月出版

なぜ高い? 気になる「アートとお金」の疑問に答える

現在のアート市場で最高額の絵画は、イエス・キリストを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチの『サルバトール・ムンディ』(世界の救世主)という。昨年、オークション会社クリスティーズで取引されたその額は、4億5030万ドルを記録。日本円にして500億円を超える大金が、1枚の絵画に支払われたというのだ。

本来、美術品というものは価値がはかりづらい商品であるのに、なぜこれほどまでに高額なのか? その取引の仲介には誰がかかわり、どのように価値を高めていったのか……?

気にはなるが、よく知られていなかった「アートとお金」の疑問に答えてくれるのが『ならず者たちのギャラリー 誰が「名画」をつくりだしたのか』だ。著者は、画商というキャリアを経験し、世界二大オークション会社の一つであるサザビーズの取締役であり、競売人(オークショニア)として活躍するフィリップ・フック。

ならず者たちのギャラリー』というタイトルから、胡散臭さを感じ取られた方もおられるかもしれない。しかし、その胡散臭さも味のうち。本書は、「名画」誕生の裏で活躍しながら、語られることの少なかった一癖も二癖もある強烈な個性を持つ画商(仲介人)たちが主人公なのだ。そして、美術史のなかでアートに巨額の付加価値をつけた画商たちの役割を探ること、それが大きなテーマとなっている。

名画にニス...世界の名品を扱った画商たちのエピソードが満載

本書では、古代ローマ時代から現代まで、総勢80名を超える画商たちが登場する。
数十億を超える取引額から推定し、美術史の中でも大きな影響力を持った画商の筆頭は、英国人のジョゼフ・デュヴィーンだろう。19世紀、ニューマネーを得た金持ちのアメリカ人を相手に、ヨーロッパの古典的な美術品を売り込み、アメリカの「オールドマスター・コレクション」(オールドマスターとは、ルネサンスやバロックの巨匠をはじめ、18世紀以前に活躍していたヨーロッパの優れた芸術家や、その作品のこと)を築いた人物として知られる。
そのセールス手腕からも、個性が滲み出る。たとえば、デュヴィーンは「自分の金持ちの顧客たちは、絵を見るときにその絵の中に自分たちの姿を見たいのだ」と言い、所有者が優越感に浸れるよう、名画の表面があたかも鏡面になるほど多めにニスをかけるなど、ちょっと驚きの販売術も明かされる。さらに画商のイメージをくつがえすようだが、オールドマスターを扱いながら、イタリア美術に関する鑑識眼は乏しく、多くの仕事は美術史家の力を借りていたという。
それでも顧客に「デュヴィーンから買いたい」と思わせるのだから、セールスマンとしては一流だった。顧客を大事にした振る舞いは、現在公開中のためし読みにも一部紹介されているので、ご覧いただきたい。

晩年のモネの市場価値を上げた戦略

画家のイメージと、作品の市場価値を高めるのも画商の大事な仕事であった。プロモーションでは、フランス人のポール・デュラン=リュエルが大胆な手腕を見せてくれる。
たとえば、印象派のクロード・モネは彼の見立て通り、一番の売れ筋の画家となった。しかし晩年まで熱心かつ精力的に制作を続けた多作の画家でもあり、画商の側からすれば、年を追うごとに供給過剰による市場価値の低下も懸念されるところだった。
そこでデュラン=リュエルが思いついた巧妙な手は、アメリカで開催することになっていたモネの《睡蓮》の新作による大規模な個展を、開始予定日の一週間前に突然キャンセルする、というもの。本当に、新作の完成が間に合わなかったのかもしれない。
しかし、デュラン=リュエルはプレス向けに、「モネ自身がその作品の出来に満足がいかないという確信にたどりついた」と発表。この一件で、非難されるどころか「モネは真摯な芸術家であり、絵画を製造する工場などではない」という認識をアメリカ人たちに再確認させ、同時にその制作活動には厳しい品質管理がなされていることもアピールしたのだった。

機知なのか、狡猾なのか。アイデアを駆使した画商たちの戦略は、どれもニヤリとさせられる。

画商は、画家や美術史に影響を与えたのか?

ちなみに、表紙カバーの絵は、画商と画家の関係性がわかる1枚にした。
斜めに送る視線、曲がったネクタイなどの風貌から、どことなく曲者の雰囲気を匂わせるこの男性の名は、ポール・ギヨーム。当初は彫刻家を志していたという作者アメデオ・モディリアーニを絵画の世界に向かわせ、その画風に影響を与えたとも言われるフランス人の画商だ。
43歳という短い人生のなかで、多くの先鋭的なアートを扱ったが、なかでもモディリアーニをいち早く支援し、アメリカ人の富豪コレクター・バーンズに作品を紹介する道筋をつくっている。モディリアーニがギヨームの肖像画の一つに刻んだ「Novo pilota(新しいものの水先案内人)」という言葉からも、二人の深い関係性が偲ばれる。

「名画」を描いたのは、もちろん画家である。一方で、モディリアーニとギヨームの関係のように、レンブラント、セザンヌ、ピカソ、ロイ・リキテンスタインなどの画家たちが、この画商に出会わなかったら……と、想像が膨らんでしまうのも、この本ならではの特徴であり、面白さと言える。
また、画商たちの人生には悲喜こもごものドラマがある。ときに贋作を買わされたり、財産を没収されたり、画家に嫌われたり、買い手を失って窮地に立たされながらも、作品に惚れ込み、自らの信念を貫いた者たちのしたたかで英雄的な側面を感じ取っていただけたら幸いである。

アートとお金の関係を78のトピックスで紹介した前作『サザビーズで朝食を』(2016年発行)に続き、訳者は西洋美術史に詳しい中山ゆかり氏。ユーモアあふれる軽やかな語り口で、美術史に隠れた名脇役たちに光を当てたフィリップ・フックの意欲作をお楽しみください。

執筆者:山田智子(フィルムアート社 編集部)


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