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チンパンジーに勝つ「ファクトフルネス」思考(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第2回
"Factfulness(ファクトフルネス)" by Hans, Ola&Anna Rosling(ハンス、オーラ&アナ・ロスリング)
2018年4月出版

「ファクトフルネス」とは、十分な事実に基づく考えだけを支持すること。

著者のハンス・ロスリングによるこの造語は、過度にドラマチックな世界観を矯正して、ファクト・ベースで考える世界観を指す。

チンパンジーより世界を知らず

スウェーデン出身の医師・公衆衛生学者であるロスリングを有名にしたのはTEDでのトークだろう。統計を動かしながらハイテンションで「実況」するおっさん、と聞いてピンと来る人は、きっと彼を見たことがある(そんな学者は他にいないからだ)。

ハンスは2017年に逝去したが、息子夫婦のオーラとアンナとともに著した本書は、一連のトークも網羅した集大成と言える。

ロスリングはまず、世界の人口や所得等に関する全13問のクイズを課す。3択形式だが、平均スコアは2割程度という。動物園でチンパンジーをテストしたら正解率はランダムの33%だろうから、我々はチンパンジーよりも世界を正しく把握していないとも言える。

しかも、十分な知識を持つはずの国際機関などでもスコアに大きな差はない。実態よりも「悪く」回答するというパターンがある。悪いニュースには注意が行くけれど、日々の着実な改善は無視してしまう。知識と関係なく、そんな人間の脳の「本能」が、ファクトの理解を歪ませているのではないか。ロスリングはそう考えて、彼が名付けた10の本能を各章で検証する。

本書の最大の特長はこの構成にある。人類がいかに進歩したかをデータで示す類書は、実は多数登場している(ヨハン・ノルベリ「進歩」など)。本書の焦点は、そうしたファクトがなぜ認知されないかの傾向と対策である。

世界を4つのグループに分ける

ギャップ本能(Gap Instinct)と名付けられた具体例を見てみよう。

我々がある2つのグループを語るとき、その間に分断があると理解しがちだ。でも、マジョリティはその2つのグループの間に分散している場合が多い。

例としてロスリングは「途上国」「先進国」という分類を止めるべきと説き、代わりに「本書で最も重要なフレームワーク」として世界の人々を4段階にグループ分けする。

分類の基準は1日あたりの所得だ。最も貧しいレベル1が1日2ドル以下。レベル2は8ドルまで、レベル3が32ドルまで、レベル4はそれ以上である。

各レベルで暮らしぶりは変わる。例えば移動手段。レベル1では裸足で歩き、レベルが上がるにつれて自転車、バイク、自動車(や飛行機)と変わっていく。

そして、世界人口を10億人で1人と換算すると、最も貧しいレベル1に属するのは1人だけだ。レベル2に3人が、レベル3に2人が属して、残りの1人がレベル4である。

食糧も水も電気も不十分な「レベル1」の割合が、現在は全体の15%以下だが、20年前には約30%あった。この数十年で数十億の人がその状態を脱したのだ(パーティーをしなきゃ!ビッグパーティーだ!と、ロスリングは熱弁する)。現在の世界は「途上国」と「先進国」とに分断されているのではなく「中所得層」がマジョリティである。

ちなみに、やはり10億人を1人と換算して、地域別の人口内訳を見ると以下の通りになる。

アメリカ:1
ヨーロッパ:1
アフリカ:1
アジア:4

これをロスリングは、「世界のPINコード(識別番号)は1-1-1-4だ」と表現する。所得の人口分布にも、この「PINコード」という覚え方が使えると思う。レベル1から順に「1-3-2-1」である。覚えておくべき2つの基本コードだと思う。

それでも世界は「ベター」に向かっていく

さて、本書は他にも「恐怖本能」や「一般化本能」といったネーミングとともに人間がいかにファクトを無視するかのパターンを定義し、その本能に反して世界がいかに良くなっているかを示す。

でも、もしかしたらこんな疑問が湧いてくるかもしれない。シリアの内戦やエボラ熱の流行など、世界には現に問題が多い。人類の進歩を強調することは、こうした問題を隠ぺいして、問題が無いような印象を与えてしまうのではないか。

はたしてそうだろうか。ロスリングはある章で、ものごとは「バッド・アンド・ベター」になり得るのだと言う。

たとえば本書のデータによると、2016年には10件の飛行機事故があった。でも一方で、4千万件のフライトが事故なく飛んでいる。この年は航空業界の歴史で2番目に安全な年だったという。

つまり、良いか悪いかというものごとのレベルと、良くなる傾向にあるかという方向性とは区別すべき。ロスリングの表現に言葉を足してまとめるならば、今日のニュースがバッドでも、世界はベターに向かっている。それが「ファクトフルネス」思考の世界観である。

ハンス・ロスリング、オーラ&アナ・ロスリング著「ファクトフルネス」は2018年4月に発売された本。世界に関する基本的なファクトとその見方を知る本として、一家に一冊。できればついでにホワイトハウスの大統領執務室にも一冊。

(参考リンク)

TEDトーク「ハンス・ロスリング 最高の統計を披露」

本書にも掲載されている13問のクイズ(英iNews記事)
※筆者がやってみたら13問中6問正解。チンパンジーには負けなかったけどビミョーなスコアだった

Gapminder
※ロスリングたちが主催する統計情報ページ。本書のソースとなるデータも多数掲載
※4つの所得グループにより生活がどう変わるかを写真で見せる"Dollar Street"というコンテンツがオススメ

Gatesnotes: Why I want to stop talking about the “developing” world
※ビル・ゲイツによる本書の紹介。ゲイツは本書に「私が読んできた中で最も重要な一冊」と推薦文を寄せている

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
Instagram: http://www.instagram.com/litbookreview/

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