AIで中国は米国に勝つ。ただし本当の競争は別にある(植田かもめ)

植田かもめの「いま世界にいる本たち」第8回
"AI Superpowers: China, Silicon Valley, and the New World Order"
(AI超大国:中国、シリコンバレー、新世界秩序)
by Kai-Fu Lee(カイフー・リー) 2018年9月出版
*日本語版は2019年4月刊行予定 日本経済新聞出版社

AIをめぐる議論はあふれている。でも、重要な情報は少ない。

極端な悲観論や楽観論を見かけたら、「AI」「人口知能」という言葉を「ドラえもん」に置き換えてみよう。

「『ドラえもん』が人類を滅ぼす」
「『ドラえもん』によって働かなくてもよい時代が来る」

議論の内容が大して変わらなそうなら、それは「こんなこといいな、AIでできたらいいな」を、なんとなく語っているだけの可能性が高い。

本書"AI Superpowers"は、そんな議論とは一線を画す、価値のある一冊である。

発見の時代から実装の時代へ

マイクロソフト、アップル、グーグルで役員を務めた経歴を持つ著者のカイフー・リーは、人工知能研究の専門家であり、現在は中国企業を投資先とするVCを北京で経営している。

シリコンバレーと現代の中国をどちらも知るリーは、現在のAI開発が「発見」の時代から「実装」(implementation)の時代に入ったという認識を示す。

AIに関する洪水のようなニュースに接していると、新しい発見が常に起きているような印象を受けるかもしれない。でも、いま起こっていることは、ディープ・ラーニングという同じ手法を、どの問題に適用できるかの試行錯誤だ。電気の歴史になぞらえれば、エジソンによる発明の時代は既に終わっていて、電気をどう使うかを競い合っている段階だという。

半世紀にわたるAI研究の歴史を振り返りつつ、ディープ・ラーニングのようなブレイクスルーは今後数年では起こらないだろうとリーは述べる。難解で理論的なAI研究の多くは一段落した。いまは、起業家たちが腕まくりをして、アルゴリズムを持続的なビジネスに変える「汚れ仕事」をやるときであり、ノーベル賞を取る科学者(Nobel winners)よりも、名もなき技術屋(No-name tinkerers)の数が重要だという。

そして、そんな実装の時代には、米国よりも中国に優位性があるというのが本書の基本的な主張である。

中国は“データのサウジアラビア”

工業化社会のエネルギー源が石油だとしたら、人工知能にとっての石油はデータだ。そして、グレート・ファイアウォールの向こうの「もうひとつのインターネット宇宙」に、米国と欧州の合計を超える数のネットユーザーを抱える中国は、“データのサウジアラビア”である。

データがあるだけでなく、中国には飢えた起業家たちもいる。その苛烈な競争を「何百ものグラディエーターたちが、お互いをパクリ(copycat)ながら、死ぬまで戦うコロッセオ」と本書は表現する。そこでは単なるオンライン上のプラットフォームを作るだけでは生き残れず、物流から決済までおさえにかかる必要がある。

こうした環境が「大量起業と大量イノベーション」(mass entrepreneurship and mass innovation)を促進し、その中からBAT(バイドゥ、アリババ、テンセントのこと)などの巨大企業が誕生した。万能な「デジタル・スイスアーミーナイフ」とリーが呼ぶWeChatを使って、人々はお店で代金を支払い、食事をネット注文し、病院を予約し、個人間での送金も行う。

政府やVC(ベンチャー・キャピタル)による投資も重要だ。本書によれば、2017年のAI関連スタートアップ企業へのVCからの投資額のうち、中国からが世界全体の48%を占め、はじめて米国を上回ったという。

AIの4つの波

では、実装の時代のAIには具体的にどんなものがあるのだろうか。リーは、AIの発展段階を「4つの波」と表現する。

「これが好きならこれも好き」とレコメンドする「インターネットAI」が最初の波で、「糖尿病の人は、これらの数値が高い」という医療診断のように、より多数の指標から人間が見つけられない相関を発見するのが「ビジネスAI」という第2の波だ。

そして、いわゆるIoT、大量のセンサーからデータを取得する第3の波を「認知(perception)AI」とする。リーはこの環境を、O2O(Online to Offline)ならぬ、OMO(Online Merge Offline)と呼ぶ。無人店舗のショッピングカートが冷蔵庫にないものをあなたに伝えるとき、それはオンラインでもありオフラインでもある。両者は統合されて境界は無くなる。

そして、私たちの生活に一番インパクトを与える最後の波が「自律(autonomous)AI」だ。機械が単純作業を「自動」で行うだけでなく、自動運転車のように、環境や状況に応じて機械が「自律」して判断する未来である。

AIが発展するポイントとして、特に「自律AI」を実現するためには、技術よりも政策のボトルネックを克服する必要があるとリーは語る。

深圳に続く経済特区として注目される「雄安(Xiong'an)新区」では、シカゴや大阪と同じ人口250万人規模の都市に、はじめから自動運転のための道路を整備しようとしている。道路も含めて、中国には「全ては変えられる」(everything can change)という感覚があるとリーは語る。

労働市場に起こる危険な分断

さて、このように本書はAI開発における中国の優位性を主張するが、実はそれは本書のポイントの半分に過ぎない。

リーは言う。AIの開発を軍拡競争のように「どの国が勝つか」だけで見てはならない。本当の競争は、米中間にはない。AIがもたらす危険な分断は、それぞれの国の内部に現れる。それは、労働市場と社会システムに対する亀裂だ。

AIによって人間の労働はどの程度置き換え可能だろうか。楽観論と悲観論を紹介した上で、リーは2軸を立てて整理を行う。X軸には、ある仕事が「創造性/戦略ベース」なのか「最適化ベース」なのか、そしてY軸には「ソーシャル」なのか「アソーシャル(非社交的)」なのかを置く。ちなみにこの定義は頭脳労働の場合で、肉体労働の場合にはX軸の定義は変わる。

このマトリクスのどこにマップされるかによって、人間の仕事は、創造性/戦略ベース、かつソーシャルで、AIへの置き換えが難しい「安全ゾーン」から、最適化ベース、かつアソーシャルで、AIへの置き換えが容易な「危険ゾーン」まで分かれる。こうした分類や各種の統計を基にしたリーの見積もりでは、米国の職業の40-50%は、技術的にはAIに置き換え可能になるという。ただし、それは決して「失業率が40-50%になる」という意味ではないとリーは強調する。

愛し愛されて生きるのか

この分析だけでも非常によくまとまっていると思うが、本書が面白いのは、雇用の問題を、所得や経済格差だけの問題ではなく、人間が生きる上での「意味の危機」(crisis of meaning)と捉えている点だ。

それは「ある人間ができることをもし機械が全てできるとしたら、人間であるとはどういう意味なのか」という問いである。

私たちは、仕事をめんどくさいと思う怠け者であると同時に、仕事にお金だけでなく、自分という人間は何なのかという「意味」を求める(そうじゃない人も一部、またはたくさんいるだろうけれど)。本書が引用する米国のデータでは、6カ月失業している人がうつ病を患う比率は職を得た人の3倍になり、自殺率は2倍になるという。

本書の後半は、カイフー・リーのパーソナルヒストリーだ。自らのがんの経験や家族との関係を振り返りながら、AIと人間との協働関係を模索し、人間にしかできないことは何かを検討する。

その結論は「愛し愛されること」(loving and being loved)という、単語だけ切り取るとこの上なくチープなものである。でも、それは人間にしか手に入れられないチープさなのかもしれない。

はたまた、その愛もただのアルゴリズムなのだろうか。カイフー・リー著"AI Superpowers"は2018年9月に発売された一冊。中国のAI開発について、2018年時点の決定版と言える本である。

執筆者プロフィール:植田かもめ
ブログ「未翻訳ブックレビュー」管理人。ジャンル問わず原書の書評を展開。他に、雑誌サイゾー取材協力など。
Twitter: http://twitter.com/kaseinoji
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