筑摩書房_クロード_シャノン_

アインシュタインに匹敵する無名の偉人「シャノン」に学ぶ、情報とのつきあい方

担当編集者が語る!注目翻訳書 第29回
クロード・シャノン 情報時代を発明した男
著:ジミー・ソニ、ロブ・グッドマン 訳:小坂恵理
筑摩書房 2019年6月出版

──クロード・シャノン? 誰それ?
 
と、おっしゃる方もいるかもしれません。けれども、彼と彼の発見がなかったら、この記事を見ているインターネットもなければ、メールもSNSも、DVDも動画も、スマホや電子マネーだって、いやいや、パソコンそのものが存在しなかったかもしれないんです。

──でも知られていない?

そう。それほどの功績を後世に残していながら、あまり知られていません。今日の社会に及ぼした影響力の大きさではアインシュタイン以上、とまで言われながら、アインシュタインは誰もが知っているのに、シャノンは知らない。コンピュータの歴史でアラン・チューリングとジョン・フォン・ノイマンに言及されることがあっても、シャノンが出てこない。二人と親交があって、才能と業績を高く評価されていたのですが。

──で、その人は何をしたの?

もう関心をなくしてきましたね……。その人、じゃなくてシャノン、クロード・エルウッド・シャノンです。彼の最初の大きな仕事は、1937年、弱冠21歳でマサチューセッツ工科大学に提出した修士論文「継電器及び開閉回路の記号的解析」です。これは要するに、すべての論理や計算がスイッチのオン/オフで表わせるという、デジタル回路の根本となるアイデアです。同じ頃、有名なチューリングマシンの構想が発表され、のちに二つの成果をもとにノイマン型コンピュータが考案されて、今日のコンピュータが生まれます。オン/オフですべてを表せるということは、つまり二進法、0/1で書き表して……

──ええと……。

わかりました! わかりやすいところからいきましょう! シャノンはギガの生みの親なんです。そう、通信容量として最近よく聞くあのギガ、正式な名前はギガバイト(GB)で、1バイトは8ビット。このビットという言葉はシャノンから始まりました。

──ギガ不足の原因はおまえか!

もちろん濡れ衣です! 先の修士論文で一躍有名になったシャノンは、ベル研究所に雇われ、ほぼ10年後の1948年に『通信の数学的理論』を突如発表します。ここで情報の単位として「ビット」を提唱します。テキストデータは軽いので添付で、画像データは重いのでデータ便で送って下さい、なんてやりとりを通常しているでしょう? そもそもテキストと画像では伝えているものが異なるのに、重い軽いという量で比較できるのが不思議ですよね。このようにあらゆるものをデータ「量」という形で同列に扱えるようになったのは、シャノンのおかげです。

──重すぎて読み込めないサイトとか、あったね!

そう、そこです。音声も画像も文字も、すべては0/1のデジタルな情報として量を計ることができる、これが第一の発見です。ではテキストは軽いのに画像が重いのはなぜでしょう? 文章だって画像以上に豊かな情報が伝えられるではないですか。しかしシャノンは、情報を正確に伝えるのに内容は関係ないと見抜いた、そして情報のどうしても省けない本質とは何かを考えたわけです。

──情報ならみんな……

使いこなしてる? 知ってる? うんざりだ? 「情報ならみんな……」という文の後に続く言葉は限られています。ここにシャノンは着目しました。どんな情報も完全にランダムな0/1が並ぶわけではなく、前や後ろに何があるかによって決まる。選択肢の幅が決まっているなら、要らないものは省けばいい。すると情報は圧縮できるんじゃないか? 

──あ、圧縮!

やっと少しシャノンの偉大さを実感できたでしょうか。圧縮の技術は飛躍的発展を遂げ、いまやますます大量のデータをやりとりできるようになったわけです。そりゃギガ不足もパケ死も起こるはずです。シャノンの『通信の数学的理論』には、今日やっと実現できるようになったアイデアの種が満載で、ここから情報科学という一分野ができてしまったくらいです。今日のデジタル革命の仕掛け人、と言っても過言ではないのです!

──でもあまり知られていない。

通信工学や情報理論をかじったことがある方ならば誰もが知っています。けれども生前のシャノンは名誉にもお金にもほとんど関心がなく、人前で話すのも好まなかった。研究所でも大学でも一輪車を乗り回し、ジャグリングにのめりこみ、火を吹くトランペットを作ったり、自分で電源を切る自殺ロボットを開発したり、少し変な人というか、「自由な」人だったというべきか……ともかく手を動かしてモノをつくることが大好きだったようです。

30歳そこそこで最高の業績を上げてしまったことで、彼の後半生の成果にはあまり注目されませんが、実はシャノンは世界初の人工知能(AI)ロボットを作り、のちにディープブルーとなる初期のチェスコンピュータを考案し、今日のアップルウォッチのようなウェアラブルマシンも開発しているのです。

──ひょっとして、天才?

紛れもない天才です。彼はこんな言葉を残しています。

今世紀はある意味、情報ビジネス全体が大きく盛り上がって発展していくと考えています……情報を収集するビジネス、ふたつの地点のあいだで情報を伝達するビジネス、そしておそらくこれが最も重要ですが、情報を処理するビジネスが発展するでしょう。その結果、工場のほぼ決まりきった作業を、人間に代わって機械が引き受けてくれます……いや、数学や言語の翻訳など、独創的だと考えられている分野でも、人間は機械に取って代わられるでしょう。

何を当たり前なことをと思うかもしれませんが、これは1959年、インターネットなんて影も形もない頃の発言です。自分がつくりあげた情報理論がどういう可能性を秘めているか、彼には見えていたんじゃないでしょうか。ただ遊んでいたのではなく、未来の、つまり今日の社会を確実に予見していたのだと思います。

──いまのスマホを見たら喜ぶかな?

すぐさま分解するでしょうね。シャノンは何より仕組みを知りたかった人ですから。本書でシャノンの生涯と功績をたどると、私たちがまさに「情報」に振り回されていることがよくわかります。シャノンは自分の周りに生じた熱狂にまったく振り回されることがなかった。情報と同じように、自分にとって決して省略できないものだけを追求しました。あふれる情報のなかで自由に泳ぐすべを知っていたのでしょう。この時代だからこそ、あらためてシャノンの生き方、考え方が示唆的に思えます。彼はこんな言葉も残しています。

僕は問題が何の役に立つのかではなく、問題がわくわくするほど面白いかどうかに興味がある

彼は一輪車を乗り回していましたが、一輪車をつくる会社を起こすことには興味がなかった。なぜ一輪車が面白いのかを見つけ、それについてもっと知りたいとだけ考えていたそうです。振り回されないこと、本当にクリエイティヴであることは、こういう姿勢なんだと思います。ぜひ本書を読んでみてください。

執筆者:田中尚史(筑摩書房 第4編集室)


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