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ノンと言う力を見つけた女性たち (園部哲)

「園部哲のイギリス通信」第6回
"La tresse" by Laetitia Colombani 2017年5月出版
三つ編み
著:レティシア・コロンバニ 訳:齋藤 可津子
早川書房 2019年4月18日刊行予定

1976年ボルドー生まれのレティシア・コロンバニは脚本家でもあり役者としても知られているが、小説を書いたのはこれが初めてだ。ところが出版開始からみるみるうちに部数をのばし、これまでに約50万部を売り(フランスの人口規模を考慮すれば日本のミリオンセラーに相当する)、2018年の年間ベストセラー第5位となった。

インド・イタリア・カナダに暮らす三人の女性

三つ編み』というタイトルが暗に示すように、主人公は三つの国に生きる三人の女性。インド北部に暮らすアンタッチャブル(不可触民)のスミタ、イタリア・シチリア島のパレルモにあるかつら工房で働くジウリア、カナダのモントリオールで法律事務所に勤めるサラ、という面々だが、それぞれの境遇は天と地ほども違う。この三人の女性は最初から最後まで決して交わることなく、それぞれのドラマを輪舞のように回り持ちで、順々に語ってゆく。

20代後半のスミタは糞尿処理婦。それも毎日6、7軒の上位カーストの家庭をまわり、素手で汲みあげる。彼女の夫ナガラジャンはネズミ取り業者である。夫婦の一人娘ラリタの小学校入学を前に、スミタの心はふるえている。喜びはもちろんだが、最下層カーストのダーリットに属する自分の娘が、学校でどんな扱いを受けるだろうという危惧もある。善良だがことなかれ主義の夫ナガラジャンには、特に喜びも懸念もない。
スミタが危惧した通り、ラリタは早速学校でイジメにあう。級友からではなく、こともあろうに教師からだ。教師は最下層カーストのラリタに当然のごとく清掃を命じたのである。スミタは殺伐とした都市部を離れ、娘のために山間部への移住を決める。

20歳のジウリアの家はパレルモで代々かつら工房を経営している。衰退産業ではあるが、地元シチリア女性の髪を材料にした手作りかつらが自慢だった。ジウリアは暇な時間には図書館に通う読書好きの娘だったが、父親が交通事故で瀕死の重傷を負ったあと、工房の経営を引き継ぐ。
勉強と仕事一筋で生きてきたジウリアは男性との付き合いなどなかったが、ある日通い慣れた図書館でみたエキゾチックな男性にひとめぼれする。カマルジットというインド人青年である。ジウリアとカマルジットは毎日のように、海辺の洞窟で落ち合うまでになる。だが工場経営は少しずつ傾いてゆき、倒産の危機を迎える。

40歳のサラはモントリオールの法律事務所、ジョンソン・アンド・ロックウッドの名うて弁護士である。ジョンソンからの覚えめでたく、引退間近な彼の後釜としてマネージング・パートナーになるだろうと噂されている。だが二度の結婚、二度の離婚をした3人の子持ちである彼女は、ストレスの多い暮らしをしている。
ある日体調を崩したサラは病院で検査を受ける。癌だった。昇進をめざすサラはこの診断を事務所には隠しておく。ところが病院で事務所の職員に出会い、秘密が徐々に漏れ、サラの競争相手だったゲーリーがこれを最大活用し、ジョンソンの信頼を独占してしまう。歯を食いしばって事務所勤務を続けていたサラだったが、癌の進行と家庭のストレス、そして事務所内の戦いに疲弊し、彼女は倒れるーー。

交錯することのない人生から見えてくるものとは

三人の女性はそれぞれ人生の危機に遭遇し、打開の道をさぐり始める。しかしながら移住したスミタの暮らしは金銭的にままならず、ジウリアには代々続いたかつら工房消滅の危機を克服する知恵もなく、サラは職業人生の後半を賭けてきた職場を失う。
こうして本書後半にかけて三女性の苦闘が描かれるが、その先には自由の予感もある。
終盤にかけて『三つ編み』というタイトルの実質的意味が徐々に解けてくる。楽しみを奪ってしまうのでここでは明かさないけれど、たぶん勘のいい読者ならここまでの概説でそのからくりに気がついたのでは。

インド、イタリア、カナダと、なんらゆかりのなさそうな三地域に配置した三女性。もちろん同じ著者の文体だからトーンは似てくるけれど、三地方の風景と三者三様の個性は深い印象を残す。

インタビューで著者は自分が創造した三女性について、あたかも実在の人物のように情熱的に語っていた。彼女が役者だからという面もあるのかもしれないが、その「憑依」の熱さと、シナリオ執筆で鍛えた構成の巧みさで、あっという間に読ませる作品に仕上がった。ベストセラーになって当然のような本だ。

執筆者プロフィール:園部 哲 Sonobe Satoshi
翻訳者。通算26年ロンドン在住。翻訳書にフィリップ・サンズ『ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』、リチャード・リーヴス『アメリカの汚名:第二次世界大戦下の日系人強制収容所』(いずれも白水社)。朝日新聞日曜版別紙GLOBE連載『世界の書店から』のロンドンを担当。


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