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九份の代わりに、台湾のメイド喫茶へ行った話


大学生時代のバイト友達と、台湾へ旅行することにした。社会人2年目の時である。

1日目に台南を周り、2日目は台北をブラブラすることにした。
臭豆腐の匂いに「臭いね」「私は結構好き」などと会話をしながら寺を回ったり、台湾ビールを片手に小籠包を食べたりした。


この旅行で台湾ビールを初めて飲んだのだが、とてもおいしくて、今でも中華料理屋で見かけると頼んでしまう。そしてラベルを見るたびに、笑って思い出す出来事がある。


九份へ向かう

夕方に近づくにつれて、駅へと移動した。
私たちの最大の目的地、九份へ行くためだ。

「千と千尋の神隠し」のモデルになったのでは?と噂されることが多い九份。
(実際は宮崎駿のインタビューで否定されている)

赤い提灯が並び、レトロで独特な雰囲気が醸し出されている。夜に行ったら、さぞかし幻想的な雰囲気になるだろうと楽しみにしていた。

世界的にも有名な観光地のため、思い立ったら台北からすぐに行けると思っていた。東京駅から東京タワーへ行くようなイメージだった。そのため行き方も電車の時間も、きちんと調べていなかった。これが間違いだった。


まず駅の混雑具合に驚いた。

天井は低く、人でごった返していて、圧迫感がすごかった。高校生のときに、初めて新宿駅へ行ったときのことを思い出した。新宿駅なら日本語で書かれているため、まだたどり着ける可能性が高い。しかしここは台湾だ。どこに行けばいいのか見当もつかなかった。

途方にくれる私と友人。柱に寄ってスマホで調べ、周りを見渡すが、乗るべき電車が見当たらない。探し回ろうにも人混みで一筋縄ではいかない。
人の声が波のように寄せては引いていく。異国の言葉が飽和する駅構内で、焦り続ける私たち。

そのとき、1人のおじさんが近づいてきた。焦っている私たちに、彼は異国語で話しかけてきた。「何か困っているのか?」と言っているような気がした。

私と友人は互いに目配せして、「九份」という単語を口に出す。おじさんは壁に貼ってある時刻表を指差して、異国語で勢いよく話しはじめた。意味はわからなかったが、時刻表の一部を指差していたので「この電車に乗れ」と言っていたのだろう。時計を見ると、あと10分で来ようとしていた。

日本語で感謝して、その場を離れる。

おじさんの姿が見えなくなったところで、「合ってるのかな……」と2人で囁きあう。異国語で、まくし立てるように説明されたため、猜疑心が勝ってしまった。「九份」という単語も伝わっているのか分からないのも不安だった。

私たちはもう一度調べ直そうと決めて、再びスマホの検索窓に『九份』と単語を入れた。

結果だけ言うと、私たちは九份へ行けなかった。そして、おじさんが言っていることは正しかった。本当にごめん、おじさん。


台北の地下街


九份へ行く最終電車がすでに出発してしまった。その事実がわかると、友人はひどく落ち込んだ。まさか最終電車がこんなに早い時間だとは完全に予想外だった。

九份を何より楽しみにしていたのは友人だった。「九份でランタンを飛ばせるらしい」と行きの飛行機で語っていた友人の姿を思い出すと、胸が痛んだ。

飛行機までの時間が空いてしまったため、私たちは台北の地下街を歩いた。

駅と比べると、人通りは少なくて、がらんとしていた。薄暗い地下街に、様々な店が並んでいる。
どの店も商品がびっしりと飾られていた。
触れれば落ちそうなくらい壁に商品が飾られた服屋、歩くのも一苦労なくらいダンボールが積み上がっている靴屋、カツラ・文房具・パーティグッズなどジャンルがカオスすぎる雑貨屋。ぼんやりと店を見ながら、歩いた。


友人は無言だった。隣にいるだけで悲しみが伝わってくるようだった。

いつも自分が迷惑ばかりかけていて、そんな私をフォローしては笑ってくれる優しい友人だ。なんとか元気づけようと言葉を巡らせたが、どれも安っぽい気がして、なかなか言葉にならなかった。

いつの間にか地下街の端まで来ていて、視界の端に何やらかわいらしいイラストが見えた。この沈黙を破れるなら何でもいいと半ばヤケクソの気持ちで、イラストを指差して叫んだ。


「あそこ行こう!」




メイド喫茶である。


突然の誘いに「お、おう……?」と勢いでうなずく友人。よし言質はとれたと強行突破する自分。詳細を把握される前に、友人の背中を押して店内に入った。


人生初のメイド喫茶


席は10席ほどしかなく、想像より狭かった。そして店内は地下街よりも暗かった。
メイド喫茶ってもっと明るいもんじゃないの?と思いながらも、案内された席に座る。客は私たちだけである。

ちらりと友人を見ると、困惑しながら店内を見渡している。そりゃいきなりメイド喫茶に押し込まれたら困惑するのも当然だ。

メニューを見ようとすると、店員さんが近くに来た。「とりあえず何か頼もうか!」とわざと明るい声を出し、ぱっと顔をあげて、驚く。

かわいい

そこには小柄なメイドさんがいた。
フリルのついた白とピンクのメイド服と、メイド服と同じデザインのカチューシャをつけていた。
サラサラとした黒髪をツーサイドアップにしている。大きな黒目と、薄く色づいた唇。頰がふっくらとしていて、幼さを感じる容姿だった。大学生?いや、下手したら高校生くらいかもしれない。

メイドさんは伝票を持って、こちらをじっと見ている。
幸い、メニュー表には日本語も書いてあった。しかし、メイド喫茶など人生初だ。何を頼めばいいかわからない。


「な、何がオススメですかね……」と聞くと、メイドさんは大きな瞳をぱちくりとまばたきをして、一生懸命オススメしてくれた。


「あいすくりーむ おいしい ネ!」


かわいい(2回目)


心の中で拝み倒してたら、友人は口に出して「かわいい」と言っていた。そして速攻、バニラアイスクリームとチョコアイスクリームを頼んでいた。何という意思決定の速さ。

他にお客さんもいなかったので、メイドさんが色々話しかけてくれた。日本のアニメが好きなこと、コスプレが趣味なこと。「カードキャプターさくらのコスプレした」と聞いたときは、「絶対に似合う!」と大声で頷いてしまった。

見た目のかわいらしさだけではなく、ぎこちないながらも懸命に日本語でコミュニケーションを取ってくれる姿に、私たちは「かわいい」を連呼。完全に推しを褒めちぎる気持ち悪いファンの図である。

最終的には 課金 ご布施をして、一緒にチェキを撮った。友人も撮っていた。

ノリノリでハートマークをつくっている


「また キテネ!」と手を振ってくれるメイドさんに、だらしない笑みで手を振り返す私たち。こうして私たちは人生初のメイド喫茶を堪能した。九份へ行けなかった悲しみはどこかへ飛んでいった。

薄暗い地下街を歩きながら、友人はボソリと言う。

「楽しかった……」
「うん……」

空港へ向かう私たちの足取りは軽かった。


失敗の方が記憶に残る


友人とは大学生の頃も合わせると、10カ国くらい旅行をした。アメリカのディズニーランドにも行ったし、ヨーロッパのツアーで回ったりした。今は私にも友人にも子供が生まれて、年に1,2回ほど遊んでいる。

彼女と会うと、ともに行った旅行の話になる。

すると真っ先に話題に出るのが、あのメイド喫茶の話だ。カンボジアのアンコールワットでもなく、オーストリアのマリアテレジアのお墓でもなく、台湾のメイド喫茶である。

そして旅行話に花を咲かせては、大声で笑う。毎年笑っている。

そしてこの経験は、誰かに話すときも大体ウケる。

旅行先で行った城や遺跡の話は、食いついてくれる人もいるが、「へぇ」と流されることもある。しかし「九份に行きたかったんだけど、行けなくて、代わりにメイド喫茶へ行った」と言うと、「へ?」と反応をされたあと、呆れられたり、笑われたりする。

当時はヤケクソに近い選択だったけれど、人生の中では強烈に記憶に残る経験になった。九份の行き方を調べなかったのは失敗だったけれど、そのおかげで、この経験とあのかわいいメイドさんに出会えたのだ。

生きていると何かしら、「失敗した」と思うことがある。日常に転がった失敗に出会うたびに、私は毎回毎回、律儀に落ち込んでは、2日くらい立ち直れない。

しかし、あのメイド喫茶の経験は私を少しだけ変えた。失敗に出会っても、「何かネタになるかも」と面白がれるようになった。良い選択だったな、と今では思う。



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