見出し画像

マヤ・ホーク、スカーレット・ヨハンソン、クリント・イーストウッド。映画スター達の歌に表出する魅力を探る

俳優が歌う歌、というと「さすがの表現力」的な形容をついついしたくなるところだけど、実をいうと演技では隠せない素が歌から見えるところに魅力があると常々感じていて。気になる俳優たちのそんな歌を探ってみた。

文/松永良平

まつなが・りょうへい●音楽ライター。『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』(晶文社)が発売中。note→https://note.com/mrbq


去年の11月に女優マヤ・ホークがシンガーとしての来日公演を東京で二日だけ行った。
マヤ・ホークと聞いても、もしピンとこないのなら、去年配信された『ストレンジャー・シングス』(Netflix)第3シーズンでアイスクリーム・ショップで働くロビン、でどうか。それともタランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)で、ブラピたちを襲撃する直前に車で逃げ出したあの女の子。そして、イーサン・ホークとユマ・サーマンの実娘。7月で22歳になったばかり。
彼女が、父イーサンの友人であるシンガー・ソングライター、ジェシー・ハリスの助けを借りて、自分の歌を歌っているのだ。最初に「To Love A Boy」と「Stay Open」の2曲が去年の8月に配信された時点では、反応はそれほど大きくなかったし、来日自体にも気がつかなかった人が多かったはず。彼女自身、11月の来日公演でも、これほど多くの見知らぬ観客を前に歌うのは初めての体験だとMCしていたくらい、パフォーマーとしては初心者な感じだった。
だが、彼女の歌声がいいのだ。ちょっと低くてハスキーで、ぶっきらぼうなようにも聴こえるけど恥じらいがちゃんとあって、そこが魅力になっている。ジェシーがアドバイスしているのだろうけど、メロディもとてもいい。8月にようやくリリースされたファースト・アルバムのタイトルは『Blush』。「顔を(恥ずかしくて)赤らめる」という意味だが、彼女の素のままの性格を表しているようで、彼女のシンガーとしてのスタートにもすごくふさわしいタイトルだと思う。
シンプルでアコースティックなギター・サウンドを軸にした音作りは、現行のポップ・ミュージックを聴き慣れた耳にはちょっと古風に映るかもしれないけど、彼女の素顔がそのまま感じられるようで悪くない。ファースト・アルバムでいきなりテイラー・スウィフトと張り合う必要なんてないんだから。

Maya Hawke 「By Myself」

俳優は演じるのが職業なのだから、自ずと歌もそんなふうになることは少なくない。過剰にミュージカル的、あるいは演劇的と感じる俳優の歌も少なくない。
だけど個人的には、俳優としての姿では必ずしもわからないその人の素顔のようなものが感じられる歌に惹かれる。技量や表現力とはまた違った「味」を求めてしまう。マヤ・ホークの歌に惹かれるのも、まさにそこ。


スカーレット・ヨハンソンが2008年にリリースしたシンガーとしてのデビュー・アルバム『Anywhere I Lay My Head』は、その点でいうと僕にとっては、大好きな作品ではなかった。確かに彼女はその世代では群を抜いた演技者だったけど、彼女を「女性版トム・ウェイツ」に見立てたようなアルバムの演出が、どうにも気になってしまった。
そのモヤモヤがすっかり晴れたのは、翌2009年にリリースされたセカンド・アルバム『Break Up』だった。シンガー・ソングライターのピート・ヨーンとのコラボレート作品としてリリースされたこのアルバムでの彼女は、とてもすっぴんな肌合いで、ファースト・アルバムでの予算のかかったプロダクションには申し訳ないが、その何倍もぐっときた。実年齢では10歳の差があるふたりだけど、ここではサークルの部室に居合わせた先輩と後輩のセッションみたいな、くつろいださりげなさと恋愛とはまた違う空気のぬくもりが心地よい。
ふたりは9年後に『Apart』(2018年)というミニアルバムもリリースしているので、それもチェックしてみてほしい。

Scarlett Johanson & Pete Yorn 「Relator」


歌が魅力的な俳優は和洋を問わず数えきれないけど、マヤ・ホーク、スカーレット・ヨハンソンに通じる味わいの大先輩として推薦したいのが、今年90歳を迎えたクリント・イーストウッド
いまや押しも押されぬ名監督だし、音楽にも造詣の深い彼は『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)など自作の映画音楽も、いくつも手がけている。それに、いまでこそしわがれた声だけど、かつてはシンガーとしてもとても魅力があった。
「え? 『荒野の用心棒』や『ダーティー・ハリー』シリーズに歌うシーンなんかないけど?」とおっしゃる方は、82年に彼が監督・主演した『センチメンタル・アドベンチャー』という1本を見てほしい。この映画で、彼は肺結核を病みながらも長年の夢だったフェス〈グランド・オル・オープリー〉出演とレコード・デビューを目指す中年カントリー・シンガーを熱演している(実の息子で、いまはジャズ・ベーシストとして活躍するカイル・イーストウッドとも共演)。
もし、映画をレンタルするまで待てないのなら、配信で彼の歌うカントリー・ソングを堪能できるアルバムがある。1962年、彼が32歳の年にリリースされた『Cowboy Favorites』という1枚。

Clint Eastwood 「Bouquet Of Roses」

そして、その歌声っていうのが、彼のルックスから想像よりもずっと、高くて甘くてやさしげで、とてもいいものなのだ。その歌声からは、のちに映画監督として本格的に名声を獲得してゆく下地にある人間的な魅力がじわっとあふれている。
不思議なもので、演技で隠そうとしても隠しきれないものが歌からは出る。それはスクリーンの向こうにいる彼らとこちらをつなぐものなのかもしれない、と思ってる。

ここから先は

0字
「TV Bros. note版」は、月額500円で最新のコンテンツ読み放題。さらに2020年5月以降の過去記事もアーカイブ配信中(※一部記事はアーカイブされない可能性があります)。独自の視点でとらえる特集はもちろん、本誌でおなじみの豪華連載陣のコラムに、テレビ・ラジオ・映画・音楽・アニメ・コミック・書籍……有名無名にかかわらず、数あるカルチャーを勝手な切り口でご紹介!

TV Bros.note版

¥500 / 月 初月無料

新規登録で初月無料!(キャリア決済を除く)】 テレビ雑誌「TV Bros.」の豪華連載陣によるコラムや様々な特集、テレビ、音楽、映画のレビ…

この記事が参加している募集

スキしてみて

TV Bros.note版では毎月40以上のコラム、レビューを更新中!入会初月は無料です。(※キャリア決済は除く)