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恥ずかしいくらいの凡人から2年で5億稼ぐために意識した、たった一つの事

はじめまして!

株式会社イニジオン代表取締役
仕組みに働かせるプロ、かじやんです。
(@afigunso1)

最近ありがたいことにフォローしてくださる方が増えてきて嬉しい限りなのですが、

「実際何をしている人なの?」

とDMをいただくことが多いのでまとめました。

【一瞬で僕が何をして2年で5億円も稼げたのかが理解できます。】

最後まで読んで頂いた方には
12万円相当のプレゼントを用意させていただいてますので、
サクッと読んでみてください。

自己紹介

1992年熊本生まれ
・小中高大まで平凡に過ごす
・サッカーで怪我して就職を辞退
・病院のベッドで8か月過ごす
・彼女に浮気される(ポルシェに乗ったお金持ち)
・病院のベッドの上で起業
・親にお金を300万ほど借りる
・PCスクールに通いながらスキルを習得
・【結果】・全て溶かす
・バイトをするも続かない
・瓦の撤去清掃員になる
・IT企業に就職
・取引先社長に泣かされる
・学びの濃い3年を過ごす
・親の介護で退社
・バーでバイト
・バーに泊まり込みながらアフィリエイト
・半年で月収1000万円突破
・最高月商6300万円突破
・すごい人達との繋がりが勝手に増えていく
・SNSの活用でさらに人生が大きく変わる
・オンラインスクールを立ち上げ一瞬で100人集める
・SNSを活用して売り上げの仕組み化に成功
・収益がぐいぐい伸びる仕組みを構築するプロへ

現在、月1000万円以上の収益を仕組み化し、
株式会社イニジオンの代表取締役に。

僕はどこでしょう(笑)

さらに自他共に認める超絶平凡野郎の僕が
2年で5億の売り上げを突破しました。
(全てSNSを活用)

さらに自ら立ち上げた【広告×SNS=自動化】がテーマの
「ゼロイチスクール」を運営

僕が最短で稼ぐまでにやってきたことを具体的なノウハウに落とし込んだ「ゼロイチスクール」は
実績者を多く輩出しているのでありがたいことにかなり人気で入学規制中です^^

感謝状と商標登録証

とこんな感じで超一般人から
苦難を乗り越えながらなんとかここまでやってきて、

なんだかんだ今は人生最高潮に幸福感の高い日々を送っています。

なにが幸せかというと、とにかく自由なんです。

ちょっとカッコつけた写真でごめんなさい(笑)

なぜ自由になれるかというと
インターネットで完結する仕事を選んだから。

これにつきます。

人生が自由になるということは

・好きな時間に起きられる(昼過ぎに起きるの最高!)
・次の日を気にせずに好きな時間に寝れる(夜中のサウナ最高!)
・ストレスがないので余裕しかない
・旅行に行き放題
・嫌いな人と接する必要がない
・やりたいことが死ぬほど堪能できる
・旅行中でも仕事ができる
・食事の時にお金が理由で我慢することがない
・買い物の時に値段を気にしなくて良い
・女の子へのプレゼントを値段で決めなくて済む
・自分のやりたいことが無限に出てくる
・健康にお金と時間を注ぐことができる
・余裕ができて女の子にクソモテる
・勝手に仕事ができるようになっていく
・暇つぶしでキャバクラに行くことができる
・キャバクラの女の子からプライベートでめっちゃ誘われる
・好きな時に好きなだけ学ぶことができて、アウトプットした分だけ勝手に結果が出る
・沢山の人に感謝されるから気持ちがいい人生を歩める
・将来が不安にならなくて済む(将来年金が貰えなくてもどうでも良い)

そして、余裕(目には見えない力)があるせいなのか、
女の子にめっちゃモテる(顔面普通・身長170cmのザ凡人でも割と真面目に毎日女の子との予定には困りません)

見た目も中身も平凡ですが余裕だけは最高級(笑)

とまあ、

これが現在の僕が過ごしている日常です。

学生の時の僕が聞いたら確実に
「嘘だろ・・・!?」
というような本当に自由な暮らしを手に入れられている方だと思います。

まだ20代なので女の子からすると超超超優良物件らしく
ラインは毎日女の子からのお誘いで埋まってしまいます。

でもほんの数年前までは
瓦を撤去する清掃員だった・・・というのは
自分でも信じられません。

毎日寝るためだけに帰っていた( ;  ; )

本当にこの世界に入ってからは

【不可能なことは無い】

というのを身に染みて感じますし、

僕自身、本当になんの取り柄もない平凡な学生生活を送ってきたので(もちろんパソコンなんて触ったことがない)自由な生活を手に入れるのには学歴や能力は関係ないというのを身を持って実感しています。

大学時代の僕です。
学校→部活→バイトだけの一般的な大学生でした

何かの縁があってこのブログにたどり着いたあなたには
誰でもできるSNSを活用してビジネスの仕組み化をする素晴らしさを知ってほしいなー!
という風に思ってこの記事を書いています!

かじやんって何をしている人?

ではここからは
「かじやんって何している人?」
「かじやんって怪しくない!?どんな人なの??」
という人のために軽く僕の人生を振り返らせていただきます。

びっくりするくらいの凡人なので一瞬で終わりますので
読み飛ばしていただいても大丈夫です。

生まれ~1992年7月8日

家族が撮影したビデオで幼少期の僕は
「ボクはね〜大きくなったらね〜おヒゲが生えた社長さんになる〜ぷっぷっぷ〜♪」
と言いながらカーテンを巻き上げるヒモに首を巻き付けて転んでいました。

びっくりした母親がビデオを投げ捨てて首を吊りかけているボクを助けにいく衝撃映像ですね。

そんな僕は保育園の頃、いつもガキ大将的な友達にいつも泣かされていた記憶があります。

何回もケンカしては負けてを繰り返していたと思います。

【小学1~3年生】

とにかく恥ずかしがり屋でシャイだった僕は人前で自己紹介をしたり、授業で発表するのが苦手でした。

父親に無理やり通わされていたスイミングスクールでも
行きのバスと帰りのバスでは1人で座っていて寂しかった記憶があります。

水泳も好きではなかったので「耳に水が入るからイヤだ」と一生懸命ダダをコネて辞めることに成功します。

この時の僕の人生の全ては当時爆発的に流行っていた「ポケモン金銀クリスタル」でした。

大親友はポケモン!

小学2年生の時に初めて親に買ってもらったゲームボーイカラーと
【ポケモン・クリスタルバージョン】は当時の僕の人生の全てと言える
最強の友達でした。

毎日毎日ゲームをしすぎて
親からは「ゲームは1日30分まで」なんてルールを作られましたが
こっそり布団の中に懐中電灯を持ち込んで夜中までポケモンをやりこんでいました。

【小学4~6年生】

小学4年生からはサッカー部に入りました。
特段上手いかと言われたらそうでもなく、普通のサッカー少年でした。

部活が終わったら【ゲームキューブのスマブラ】をひたすらやっていましたね。

スマブラさえあれば生きていけると本気で思っていた(笑)


休みの日は友達とサッカーをするか
スマブラをするか
ワンピースのトレバトやグラバト(PS2)、
マリオカートや星のカービィのエアライドなど、
とにかくゲームが大好きで人生が最高に楽しかったです。

あとウイイレとパワプロも(笑)

ポケモンは永遠の仲間!(笑)

あ、ゲームボーイアドバンスやSP(画面が光る)が出て
ポケモンルビー、サファイヤ、エメラルドで秘密基地を作ってって感じで、こだわっていましたね。

あと今でも大好きでYouTubeミュージックにBGMを保存しているのが
ロックマンエグゼシリーズ!

僕のBrainのコンテンツなんかもロックマンエグゼのパッケージをパロって作っているくらい大好きです。(復刻版が出てほしい!)

ロックマンエグゼシリーズ好きな人と朝まで語り合いたい(笑)

小学6年生の頃には
部活に馴染めずに地域のクラブチームに入ることになります。

この頃からゲーム→サッカーと優先順位が変わっていきました。

クラブチームのみんなは上手でいろんな小学校から集まっているから楽しい!

合宿とかはきつかったですが、真っ黒になりながら一生懸命頑張っていましたね。

サッカーが大好き!

当時、母親がパニック障害という病気(慣れない場所に外出すると発作を起こす)を患っていたので送り迎えはたまーに父親がしてくれていましたがほとんど記憶になく、
友達のお母さんにしてもらっていました。

これは中学、高校になっても同じで、
母親の病気があるので、家族で旅行に行ったことは一度もありません。

夏休みの思い出日記では友達が旅行に行ったことを自慢げに書いていましたが
僕は近くのプールに父親と行ったことを書いていましたね。

でもそれが僕にとっての当たり前だったので、旅行にいけなかったり、送り迎えをしてもらえなくても、別に母親を恨んだりしたことは一度もありませんでした。

心配性で優しい母親が好きでしたね。

【中学生】

中学校のころは
学校はまじでつまらないな!
サッカーが全てだぜ!
と思っていました。

居眠り、遅刻、仮病は当たり前。

火曜、木曜、金曜、土日のクラブのサッカーだけが僕の生きがいでした。

この頃からいつしかゲームはしなくなりましたね。

みんな携帯を持っていたのでメールやモバゲーがコミュニケーションツールに変わっていきました。

好きな女の子とメールしながらサッカーに行くのが最高にイケてるぜ!
って思っていましたね笑

僕は身体が小さく、フィジカルで勝負できないから当時の監督からとにかく「頭を使え」と言われていました。

判断の質とスピードで相手を圧倒すれば
体格差があっても勝てる

という哲学の元、中学3年の頃には
県大会では常に優勝
クラブユースの九州大会も優勝
全国大会はベスト8まで行くことができました。
(ローランドがいた柏レイソルに負けた)

でも僕自身は途中出場や途中交代が多く、
フィジカルで負けることが多く、とにかく悔しい思いをしてきました。

でも中学3年間はサッカーに打ち込んで最高に幸せでした。

好きな選手は当時マンチェスターユナイテッドで活躍し始めていたクリスティアーノ・ロナウドです。(プレースタイルは全く違いますが今でも大好き!)

カッコ良すぎて死にたいくらいに憧れたCR7

ちなみに学校の成績は約300人中250位くらい。

サッカー以外はすべてダメダメで
親ともケンカばかりでしたし、学校も仮病を使ってサボってばかりでした。

塾にもいかされていましたが、勉強が嫌いすぎてどうやってサボるかをずっと考えていたり、塾の可愛い子とどうやったら仲良くなれるのかを画策していました。笑

そんなこんなで塾の宿題を全て無視していたら退塾させられて、さらに親がブチギレ。

サッカーさえやっておけばいい。なんて3流以下の考えなので当然プロになれるわけもありません。笑

とにかく思春期は学校がつまらなさすぎてサッカーだけが生きがいって感じでしたね。

【高校1~3】

サッカーだけは頑張っていたおかげで
運良く【特待生】としてサッカーで高校に進学することができました。

親からは【手に追えんから寮生活で親のありがたみを知りなさい】
ということでチャリ通学できる距離なのにも関わらず寮にぶち込まれました。

正直高校の3年間は人生で一番辛かったです。

高1の時、最初に問題を起こしてしまい
謹慎で坊主&ずっと掃除

それがいやで逃げ出して先生にボコボコにされる。

さらに問題を起こして
生徒指導の先生にボコボコにされる。

さらに寮でも問題を起こしてボコボコにされて寮謹慎もセット。

もうクソ学生の出来上がりですよ。
自分が何がしたいのかすら分かりませんでしたね。笑

サッカー少年から一転

この時に1日のスケジュールは

5時30分起床→寮の掃除(真冬は寒くて死ぬ)

7時~学校に移動して掃除

9時~授業(背筋を伸ばして常に挙手をして模範にならなければ、授業後の評価シートが悪くなり放課後に生徒指導の先生からボコられる)

16時30~放課後、学校の掃除

17時30~部活グラウンドの掃除or雑用

20時寮に帰宅(30分で風呂、飯)

21時~掃除

23時就寝

この生活を半年くらい続けていました。

今考えれば問題を起こしたり、サッカーさえやっておけば良いという

僕の甘ったれた心を叩き直すには足りないくらいの修行の期間ですが

当時は、サッカーをしたいのになんで俺は一生掃除をしているんだ・・・?
と思っていました。
とにかく大好きなサッカーをしたくて毎日悔しかった。。。!

特待生として進学したのにも関わらず
坊主で毎日掃除をしていたので

違うクラスの女の子からか
「梶山くんって毎日ボランティアしていて偉いね」とナチュラルにディスられたこともあります。

「坊主でボランティアしてて偉いね」

という感じで
サッカーとゲーム好きな少年が一転して
先生の暴力に怯えながら
坊主で掃除をする少年になったわけです。笑

とにかく、もどかしくて、悔しい高校1年間でした。(もちろん自分が悪い)

【高校2年〜3年】

1年生の時に目立ちすぎてしまったので
とにかく息を殺して過ごすことに。

問題も起こさないように目の前の出来事や欲に感情的にならずに
落ち着いた判断をできる精神力が身につきました。

高校3年間で先生に叩き込まれた言葉は
「天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず」

とにかく高校3年間で
ようやく人間になれた気がしました。

今では厳しい先生方に感謝しています。

なんだかんだ厳しかった高校でよかったです。

特に思い出もなく、
高校3年次の過ごし方がよかったのか
進路はサッカーで大学に推薦してもらえました。(ラッキー笑)

【大学生活】

サッカー、バイト
という普通の大学生でした。

大学時代

クラブ遊びとナンパが大好きでとにかく遊びと部活に全力でしたね。

クラブで怖い人たちに絡まれて泣きそうになったのは良い思い出です。
あの時一緒に逃げてくれた友達には感謝w
マジで死ぬかと思ったのに大学では散々いじられました笑

サッカーもぼちぼち頑張っていて県大会で優勝し天皇杯に出場。

でもプロになれるほどの実力ではないので
サッカーは趣味で続けることにしました。

どうです?
かなり平凡な人生でしょ?

【大学卒業間近で足を怪我して入院】

人生の歯車が大きく動き出す・・!

実は就職活動は適当にしていましたが、一応サッカーを15年間していたので
東証一部上場企業の日本1厳しいと言われている名古屋の不動産会社に内定が決まっていました。

ですが、、、
足の怪我から細菌が骨の髄まで侵食し、同じ場所を合計8回手術しましたが完治せず・・・
最終的に足の小指の下にある第五中足骨を摘出しました。

大学の卒業式にも出られず、
就職も辞退し、
同期が就職して活躍する姿をSNSで見るたびに
病院のベッドの上で絶望していました。

もうサッカーはできないのか・・・
就職も逃したからニートじゃないか・・・

期間にして約8か月入院していました。

やけくそになり
病室に30キロ×2のダンベルを持ち込んで夜な夜な筋トレしたり
昼過ぎに起きて朝方に寝て看護師さんに怒られたり
売店で大量に食べ物を買い込み暴飲暴食したり
・・・

とにかく絵に描いたような自堕落なクズ入院生活を謳歌していました。

当時付き合っていた彼女がいたのですが・・・

そんな時にある衝撃の事実を知ることになります。

当時付き合っていた彼女がいたのですが、
なんと浮気されていたんです。

(友達から聞いた情報によるとポルシェに乗った男とホテルに入って行く姿をたまたま見たとのこと)

入院中に浮気が発覚(しかも金持ちと。。。)

一応すぐさま電話して確認してみたら・・

クロでした。

入院中でなかなか会えないし、
就職もしてないから将来性がない。

そんな人よりも
年上で、お金もあって、余裕がある人に魅力を感じたみたいです。
(ポルシェに乗っている経営者らしい)

心の全てをナイフでエグられるような喪失感に襲われました。

信じていた彼女にあっさりと裏切られるという絶望と
なんの取り柄もなく自堕落な生活を送っているニートの自分に
圧倒的な社会的敗北を目の前で突きつけられた僕は

冷や汗と吐き気が同時に襲ってきて
完全に心をナイフでズタズタにされて殺された気分になりましたね。

本当に自分には「何もない」と痛感させられた

今でも鮮明に覚えていますが、看護師さんに「怪我している部分が死ぬほど痛い」
と嘘をついて
麻薬系の痛み止めを点滴して眠ることで現実逃避をしていましたね。

当然入院中の僕にできることは何もないので
とにかく現実逃避で寝るという選択だけをしていました。

そんなある日、親戚のおばさんがお見舞いのついでに本を買ってきてくれたんです。

お菓子を食べながら本を読む梶山氏

本は【インターネット起業】に関する内容で
僕は食い入るように見てしまいました。

人生を諦めて、食って寝るだけのクソ人間の僕に一筋の光が差し込んだ瞬間です。

それまで本なんかほとんど読んだことがなかったのですが、
病院の売店に行き、他にもいろんなビジネス書や自己啓発本を読み漁りました。

浮気されたショックから、現実逃避をするために
起きている時間のほとんどを慣れない読書をしていて
ある一つの答えにたどり着いたんです。

なにを血迷ったのか
「この病院のベッドの上で起業してやろう。」

と思いました。

起業を決意

当時パソコンを買った時の写真

親にも真剣に話して
自分の人生をこの瞬間から変えてやると意気込んで
お金を借りました。

そのお金でMacBookを購入。

最初は使い方すらもわかりません。

Wi-Fiの繋ぎ方すらわからずに人生を諦めかけたので
「これは誰かに習わなければ・・・」

と強烈に焦りを感じました。

お金がかかるのが怖かったのですが
病院に外出届けを出して
パソコンスクールの説明を聞きにいきました。

その結果。。。

PCスクールの明細

金額にして約54万円、、、

正直、
(高い、、、お金もないニートにこの金額は高い!)

と思いました。

でも僕は
(今自己投資をしないと、一生何も変わらない。
自分で独学でやるよりも、さっさと学んで前に進まないと人生は一生変わらない)

ということを本能的に感じました。

今となってはこの自己投資が
人生を大きく変える最初の経験でした。

むしろ2年で5億の実績はこの
【めちゃくちゃ怖いけど、人生を変えるための本気の決断】

ここに集約されていると思います。

なにも変わらない人の特徴として

「いつかやろうかな」
「自己投資は大事だけどまずは自分でやってみる」
「無料情報だけでなんとかなる」
「家族が、嫁が、」

と言い訳ばかりしていることに気づいていたんです。

人生は短いですし、
世の中の99%の人は行動に移せない。

だから行動して
正しいノウハウを確実に実践することが現代において一番重要なのだと思いました。

その後の僕は

病院を抜け出しながら
パソコンスクールに通い
フォトショップとイラストレーターの技術を学び
雑誌の編集技術を身につけました。

今思えば短略的な考えですが
地域のフリーペーパーを作って広告を出して貰うんだ!

と本気で考えていたため
電話でアポイントを取った飲食店や
洋服屋さんに

手作りの雑誌を持って、「広告を出してください」
と営業に行っていました。

それがこちら↓

圧倒的黒歴史ですが晒しますw

今思えば超世間知らずの無知野郎です。

ビジネスのビの字も知らないので
素晴らしいフリー雑誌を作って
たくさん発行して
お金持ちがいる地域にポスティングすれば
売り上げになる!
と本気で思い込んでいました。

雑誌のクオリティも段々と上がっていくころには退院することができ、

そこそこのクオリティのものが出来上がったんです。

今見ても我ながら素晴らしい出来だと。。。

・キャスティング
・取材・撮影
・ライティング
全て自分で行いました。

親に借用書も書いてお金を借りて
雑誌を3000部印刷し

原付バイクに乗ってポスティングまで。

結果は・・・

惨敗です。

反響はほぼ0。

発行した雑誌を何人が見て
何人からお店に問い合わせがあって

何人の人が商品を購入したのか・・・
なんて全く計測もできずに

ただただ印刷代の数百万円をドブに捨てました。

雑誌に乗せてもらっていたところは最初は無料で掲載し、効果がよければ有料にしてください!
と伝えてはいましたが、どのクライアントも「お金を払う価値がない」と遠回しに言われました。

この時に学んだことは

【どんなに頑張って努力しても
マーケティングの知識が無ければ1円にもならない】

という厳しい現実です。

ポスティングを手伝ってくれた友達

就職を辞退し、彼女に浮気をされ、起業に失敗し

「俺ってそもそも凡人以下なのになんで成功できると思ってるの?」

と冷静になり、急に能力の低さとこれまでの人生で勉強してこなかった自分が怖くなりました。

当然、就職して久しぶりに会った友達には笑われていました。

ニートなだけではなく、借金まであるんですから当然ですよね。

親にもお金を返さないといけないですし、
実家に住ませてもらっているので家賃的なモノを納めろとも言われます。

ということで手っ取り早く借金を返すために肉体労働を始めました。

それが瓦の撤去作業員です。

就職辞退→起業失敗→【肉体労働】

朝早くに起きて
夕方に終わったら
ただ寝るためだけに帰る・・・
そんな生活を3ヶ月ほどしていました。

毎日とにかく肉体的にきつい!
仕事が終わればドロのように寝る。

こんな生活が嫌すぎて絶望でした。

やっぱり人生このままじゃ嫌だ!


そう思った僕は電話営業のバイトを始めました。

とにかく肉体労働から解放されたかった一心でテレアポをずっとしていましたが・・

お得意の仮病を連発。

※当時のガチなスクショです


いやー
さすがに今見返してもクズすぎるので
逆に面白くてラインを見返して笑ってしまいましたw

もうね。
今思っても最低ゴミクズ野郎ですね。

当時の社員さんはすごく良い人だったので許してくれていたんだと思います。

出勤したときには本気で取り組んでいたので
なんだかんだ多めに見てもらっていましたが、

こんな仮病で休むほど、僕は社会不適合だということを強く認識しました。

とにかく働きたくない!

もっと効率の良い方法があるはずだ!

そう思っていたんです。

ついに自分の居場所を見つける!

IT企業の面接は足が震えるほど緊張した

ある日、友人が
IT企業で働いている

という情報を聞いた僕は

「是非僕も働かせて欲しい」と伝えました。

「一応会社上司には伝えておくね!」
とのことで
全国でもトップクラスのアフィリエイトの会社に面接してもらえることになりました。

過去にこれと言った実績や経験もないので

当時作った雑誌を持って
気合いだけ伝えました。
(めちゃくちゃ緊張したw)

結果は。。。
友達の進言もあり、合格できました。

これまでの人生で
パソコンと無縁だった僕が

まさかIT企業に入社できるなんて思ってもいませんでした。

しかも全国トップクラスの実績の会社で
FB広告に関しては青汁王子の商品を一晩で数千個も売り捌いていた会社です。
(おそらく業界内で知らない人はいないくらい)

言っておきますが
Fラン卒の失敗だらけのクズ人間が

IT企業に面接にいく・・・
というだけでもめちゃくちゃ緊張するんですよ???

「バカがバレたらどうしよー!!!!」
「なにも出来ないし分からないことも分からないよー!」
みたいな。。。笑

というわけで、

最初に配属された部署はSEO部署。

ただでさえスペックが低い僕は毎日残業して記事を書いていました。

当時1万文字爆弾やリンクピラミッドの手法が流行っていたので
毎日1万文字の記事を書いてはリンクをくっつけ、記事を書いてはリンクをくっつける
という仕事を永遠とこなす日々。

いつの日か
頭を使うはずのIT業界で
ただの作業員になっていました。

そんなある日、アフィリエイターの交流会に参加したときの事。

広告業界の飲み会は激しい

上司と界隈の大物であるアフィリエイト会社の社長が話をしている際に
僕を紹介されました。

僕の仕事の姿勢や毎日の仕事が作業になっている死んだような目を見て、
おそらく一瞬で見抜かれたんでしょう。

たくさんのアフィリエイターがいるなかで
「お前の目は死んでいる」
「お前なんかやめちまえ」
と大声で叱られました。

周りのアフィリエイターもシーンとなり、次第に
(だれか怒られているぞ・・)
(何やらかしたんだ・・・?)
という雰囲気になりザワザワしていました。

中にはクスクス笑う人もチラホラ。

その場はとにかく恥ずかしさと、なんで僕がこんなことを言われないといけないんだという思いでいっぱいになり、

とりあえず謝罪してなんとなく乗り切ったつもりでしたが
いろんな思いや感情が込み上げてきたので、トイレに駆け込みました。

入院して

お金持ちと浮気されて

何もできずに起業した気になって

失敗して借金を背負って

肉体労働をしてもきつくてやめて

テレアポのバイトも仮病で休みまくって

心機一転、入社させてもらったIT企業でも

全く結果を出せずに

結局今も何もできない。

自分が悔しくて悔しくてトイレの個室で号泣しました。

これほど泣いたのは小学生の時におじいちゃんが亡くなって以来です。

その飲み会も終わり際になり、

上司に連れられ
界隈の大物アフィリエイター社長に挨拶にいくことになったんですが、
僕の目は真っ赤でまだ涙目です。

「あぁ、また怒られるんかな?」
「もういいわ、何言われてもお前も含めてここにおる奴ら全員見返してやる!」
と思っていた矢先、

その界隈の大物社長は約50人ほどいる前で大声でこう言ったんです。

「おい!みんな!ここにいるほとんどの人間は消えるぜ!今100万稼いでいようが、500万円稼いでいようが消える!こいつの目を見ろ!なんでもやってやるという根性が座った目だろ!こういう悔しさを持った奴が最後に笑うんだよ!」

今でも鮮明に覚えています。

さっきまでみんなの前で僕を叱っていたこの人が、
まさかこんなこと言うなんて。

そして周りのアフィリエイターの態度も急変しました。

さっきまでは僕を見て笑っていたのに

「あの大物が言うんだから間違いない」
「お互いがんばりましょうね!」
「最後に名刺交換させてください」

とこんな感じに。

結局あの時いたアフィリエイターで今でも生き残っているいる人がどれだけいるかはわかりませんが、僕はこの瞬間に心に火がつきました。

この業界で絶対に成功してやると!

それからしばらくしてSEOの部署から移動になり、

新規でSNSマーケティングの部署を立ち上げることになりました。

ツイッターやFBインスタ広告を活用して売り上げを作る部署で
アダルトから美容まで幅広いジャンルでマネタイズを成功させることができたんです。

僕の下にはアルバイトも増えて
数十人で事業を回すほどに信頼していただけるほどに。

当時の副社長の側近である僕は「宴会部」も任され、
副社長の会食に多く誘っていただき、
ビジネスマンとしての基礎と姿勢を学ばせていただくとともに

また人間としても大きく成長させていただきました。

正しいノウハウ+優秀な上司のフィードバック
毎日最新の情報を浴びて、実践し続けることで

【理想の結果】が手に入ることを実感することができたんです。

実務から出張、会食接待にマネジメントまで多くを学ばせていただいた

そんなこんなで3年くらいたったある日、母親のパニック障害がひどくなり
僕が面倒を見ることに。

当時はまだ出勤してやることが多かったため
どうしようもない僕を成長させてくれたIT企業を泣く泣くやめることになりました。

正直めちゃくちゃ寂しかった。

1か月で最後の引き継ぎまで終わらせ、最後のお別れ飲み会では普段参加しない社員の方も参加していただき、辞め方としてはビジネスマンらしく辞めることができたと思います。

僕の送別会の写真。入社前とは顔つきが全く違うw

当時の上司には感謝の気持ちでいっぱいですね。

ちなみに僕が引き継いだSEOサイトからはすぐに月に数百万円の売り上げが上がったそうで、最後に恩返しが少しでもできていれば幸いです。

母親の看病をしながら夜はバーでバイト!

会社を退職してからはとにかくお金がない!

昼は母親の面倒を見ながら
夜は友人のバーで働かせてもらっていました。

一瞬だけ親戚の会社で警備員のアルバイトをさせてもらったのですが、
脳が稼働していない仕事は性に合わずすぐに辞めることに。
(また少し怒られた笑)

バーでバイトをして食いつなぐ日々w

当時は夜のバーの営業が終わった後に
バーのボックス席を借りて0からアフィリエイトを始めました。

とにかくお金がなかったので
タネ銭を作るために無料でできるツイッターアフィリエイトを始めることに。

1日の売り上げが500円にも満たない日々が続きましたが、バーで日銭を稼いでいたのでなんとか生活は保つことができていました。

毎日コツコツSNSを更新して、
アカウントを増やして

最終的には約50万フォロワーまで増やすことができ、
月の収益も200万円~300万円くらいまでに成長!

起業当初、手作りで雑誌を作って営業に行って惨敗した3年前と比べると
確実に成長している自分がいました。

少しは自信が付いてきた時の写真

しかし、
時間をかけて集めたフォロワーも一瞬で凍結。。。!

理由はおそらくアダルトアカウントを紐づけてRTで拡散してしまったから。。。

普通なら焦るはずですが、IT企業でWEB広告の世界も見ていたので

これまで得た収益を全てFBインスタ広告に突っ込む・・・
という決断に。

毎日記事を書いたり、クリエイティブを工夫して作りまくったり
リサーチをしまくって記事に反映させたり
とにかく鬼作業でPDCAを回しまくったんです。

さらにFB広告の教材も100万円で購入しました。
(もう自己投資の重要性がわかっているのでマインドブロックはありませんでした)

初月は60万円くらいしか利益が出せなかったのですが、

ある美容案件をぶち当てることに成功!

FBインスタ広告に切り替えてから半年ほどで

月の利益が1000万円を突破しました。

1日の収益はこれくらいになり、毎日の心のゆとりが変わりました!

多い日は1日に100万円を超える日も!

その後は

SNSマーケティングと広告の力を生かして

実店舗を立ち上げて
連日1000人の集客に成功!

アフィリエイトの知識は店舗集客にも応用できた!

母親の体調が回復したタイミングで実家からタワマンに引越し。

アフィリエイトドリームw

事務所も街中の一等地に構えることができました。

是非遊びにきてくださいw

バーのアルバイト時代に一緒にアフィリエイトを頑張ってくれた友人(今の会社の副社長)にはレクサスをプレゼント・・・!

周りの人の幸せが僕の幸せとリンクしているw

お金が無い辛い時期を一緒に耐えてくれた副社長が、
レクサス納車の日はかなり幸せそうな顔をしていたので、僕もかなり嬉しかったです。

アフィリエイトの収益では

立ち上げから2年連続で
全国250万社の上位2%に利益額でランクインしたり、

法人の集客サポートに入って1000万円以上の売り上げを作ったり

その後はD2Cの製薬会社を立ち上げたり

地方銀行のコンサルティングを依頼されたり

僕が立ち上げたスクール生の収益を達成させたり

いろいろなことを達成することが出来ました!

乗りたかったマセラティも一括購入

僕自身、結局何をして人生がガラッと変わったのかと言うと

・SNSマーケティング
・アフィリエイト×コンテンツ販売

という手法です。

そして次に考え方がどう変わったのかというと

・独学は絶対に失敗する
・でも気合いは大事
・本気です=お金をかけてでも学びたいか
・できる人に学ぶ
・働きたく無いなら働かなくてもいい仕組みを作る
・頑張る方向性は超超超大事
・言い訳はしない
・努力の方向を間違わないのが成功の道
・凡人でも正しく努力するだけでなんとかなるw


という考え方に変わっていきました。

僕自身、ビジネスを全く知らずに手作りの雑誌を作って大失敗しています。

でもIT企業に入り、正しい手法や仕組みを学ぶことで

再度社会というジャングルに放り出されたとしても

自らの手で売り上げを立てることが出来ているんです。

月の半分以上は出張(旅行?)している

しかも特筆すべきは

アフィリエイトの知識を転用して稼いでいっているということ。

僕はSNSと広告に毎日働いてもらっています。

ぶっちゃけ広告って型が分かれば
ある程度は勝手に収益を産んでくれるんですよね。

仕組みは裏切らない

またSNSに関しても1日に投稿するための数分間を使うだけで
沢山の見込み客を連れてきてくれるんです。

今では
少しの労力を使うだけで
毎月1000万円以上の収益を作ることが出来ています。

これは僕が過去に

・就職を辞退したり

・彼女に浮気されたり

・起業に失敗したり

・人前で叱られて泣いたり

して人生を寄り道しながら

【楽をするためならどんなことでもやる】

と心に決めてたどり着いた答えです。

なぜなら【稼ぐ仕組み】というのは

・裏切らない
・文句を言わない
・24時間休まない

からです。

今では
・好きな時間に起きて好きな時間に寝る

・好きな人と好きな時間に好きなこともできる

・将来の不安やお金の心配から解放される

・叱られても受け入れて学ぶチャンスだと捉えるメンタル

・目的を達成するためのスキル

・1日に1時間しか働かなくてもいい

・数年先も稼ぐためのビジネススキルとマインド

これらが手に入りました。

旅先でPCを1~2時間だけ触る

辛い過去があり、
特に才能もない凡人の僕ですが、

今では本当に人生が最高に楽しいです。

ここ数年は毎年が人生最高潮!!!
と大きな声で言えるくらい人生が変わりました。

そう。
やるだけ。

もし!
今あなたが

・ビジネスを頑張っているけど、上手くいかない
・人生を楽しく生きていきたい
・稼ぐことで好きなことを好きなだけ楽しみたい

と本気で思っている方は是非、勇気を持って
何かにチャレンジしてみてください(`ω´ )

僕がなんとかなったんです。

何かを変えたいと思って

このブログを最後まで読んだあなたなら
絶対に大丈夫。

今この瞬間からあなたも僕の同志!

僕がIT業界に勇気を持って踏み込んで

泣くほど悔しい思いをして

目の色を変えて学ぶだけで

人生を変えたように。

~~~終~~~


ここまで読んでいただきありがとうございました!

僕はなぜ今でもビジネスを続けていけるのかというと

・SNSで繋がった人たちとビジネスをしたり、
・僕が作ったオンラインスクールで学んだ生徒が収益報告をしてくれたり
・僕と会った人がしっかりと副収入の柱を作って立派に脱サラしたり

僕自身が生きる意味を周りの人に与えてもらっている!
と心の奥底から思っているからです。

今後も有益発信をしていきますので、
Instagram
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超レアな特典です(12万円相当)

おそらくここまで読んでいただいたあなたは
過去の僕のように【本気】の方だと思います。

なので人生を変える超スペシャルな特典をご用意しております!
それは
zoomの個別相談の権利です。
(時間は1時間程度確保しておいてください)

僕も毎日受講生たちに時間を割いているのですが
週に3人まで個別相談を受け付けてます。

個別相談では
・今のあなたの悩み
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ちなみに僕の講座に入った人の実績はインスタのハイライトから確認いただけます。

応募方法は簡単。
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【個別相談希望】と送っておいてください!
(すでに希望日を抑えられている方は大丈夫です!)

お返事をさせていただきます。
(人数も限りがありますので、本気の人だけお願いいたします)

では個別相談でお会いできるのを楽しみにしております!

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