サラズム遺跡

中央アジアの文化遺産と日本の関係

タジキスタン訪問後に、陸路でウズベキスタンに移動する途中、パンジケント(Panjikent)国境を越えました。パンジケント国境検問所は、タジキスタンの西部にあるソグド州のザラフシャン川沿いにある地域であり、西方約50kmにはウズベキスタンの都市サマルカンドが位置しています。ウズベキスタンのミルジョヨエフ新大統領就任後、ウズベキスタンとタジキスタンの新たな関係により、10の国境検問所が再開しました。パンジケントはそのうちの一つで、長年閉じられていた本国境検問所が開いたことで、タジキスタンからウズベキスタンのサマルカンドを訪問する人々が増えている傾向にあると聞いています。また、海外からの旅行客が世界文化遺産サマルカンドを訪問して、その後、パンジケントを越えてタジキスタンに入国するルートも可能となりました。

パンジケント国境の手前、古代都市であったサラズム遺跡があります。約5000年前に、サラズムは中央アジアにおける金属製品生産の中心地となり、周辺地域に輸出を行っていたといわれております。サラズムは2010年7月に世界遺産のリスト入りを果たし、タジキスタン初の世界遺産となっています。現場を訪問したところ、現在でも古代遺跡の発掘作業や文化遺産修復事業が継続して行われている様子でした。


さて、中央アジアのシルクロード文明に関して、特に仏教遺跡の発掘という点で、日本との関係が深いことはあまり知られていない事実かもしれません。人類学者の加藤九祚先生(2016年没)は、長年ウズベキスタン南部テルメズにある郊外カラ・テペ仏教遺跡での発掘を行っておりました。加藤先生の意志は、今でも立正大学ウズベキスタン学術調査隊により引き継がれて活動が続いております。キルギスでは、首都ビシュケクから東に 47kmの地点にアクベシム遺跡があり、現在帝京大学シルクロード学術調査隊による発掘調査が進行中です。同じく首都ビシュケクより東へ40㎞のチュイ渓谷には、クラスナヤ・レーチカ遺跡があり、2003年から2006年にかけて、UNESCO文化遺産保存日本信託基金による支援で事業が実施されています。

日本政府は、「中央アジア+日本」対話という外交枠組みで、現在、観光分野における協力や連携を促進しています。2018年2月の第4回専門家会合では、中央アジア5か国の観光分野の実務専門家が日本を訪問して、関係機関と協議や対話を行っています。中央アジアは経済協力面ではロシアと中国が優位にあり、韓国やインドの経済外交も非常に活発的です。仏教で歴史的なつながりがある日本は、ODAや民間投資による経済外交だけではなく、現在様々な大学や研究者が遺跡発掘事業に従事していることを考慮し、文化外交で中央アジアとの関係を今後協力していくことも期待されています。

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二瓶直樹 / Naoki Nihei

キルギス在住(2017年1月〜)。シルクロード・中央アジア地域をフィールドワーク中。過去、国際協力機構(JICA)や国連開発計画(UNDP)にて開発途上国の支援事業に従事。海外駐在10年目。

中央アジア事情

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