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キルギスにとってのアジア杯

昨日、2月1日にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたサッカーアジア杯決勝は、日本がカタールに1対3で惜敗し、通算5回目(8年ぶり)の優勝を逃した残念な結果となりました。一方、日本では見えないところで、私が住むキルギス(代表チームと国民)にとっては非常にセンセーショナルな大会となりました。

2019年1月にUAEで開催されたアジアカップは第19回大会でした。この大会から本戦の出場枠が16チームから24チームに拡大されたこと、またキルギス代表が2012年頃から積極的な代表チームの強化に取り組んできた結果もあり、キルギスは史上初の本大会出場を果たしました。

キルギスはグループCでアジアの強豪、中国と韓国そしてフィリピンと同じグループでした。記憶に新しいと思いますが、日本代表は2018年11月20日に、愛知県豊田スタジアムでキルギス代表と歴史上初めての国際試合を行いました(結果は日本が4-0で勝利)。この試合を前に、旧知のサッカージャーナリスト宇都宮徹壱さんのウェブサイトでキルギス代表に関する私のインタビュー記事を掲載頂きました(「国内最強クラブをベースに移民選手で強化 現地駐在日本人が語るキルギス代表の素顔」)。

グループ戦では苦戦も決勝T進出

キルギスは中国には2-1で先制しながら惨敗、韓国には0-1で惜しい試合を見せながら連敗でしたが、3試合目のフィリピン戦では3-1で勝利。勝利の立役者は上記の記事にもありましたが、FWのビタリー・ルクス(SSVウルム=ドイツ)でした。彼のハットトリックで、勝ち点3をもぎ取り、そして、決勝トーナメントに進出できるグループリーグで3位につけた国々の中で2位(各グループ1位と2位のチームに加えて、グループで3位につけた6か国のうち上位4カ国が決勝に参加できるルール)につけ、見事初出場で、初の決勝トーナメントを果たしました。

決勝トーナメント進出は、キルギス国内では大きなセンセーションとなりました。決勝トーナメントではホスト国UAEとの試合となり、1-2とのまま90分を越えたロスタイムに、土壇場で同点に追いつき、延長での死闘に入りました。ドラマチックだったのが、延長13分に、主審にファウルでPKを取れらた瞬間でした。ベスト16の試合ではビデオ判定が導入されていなかったこともあり、非常にきわどい主審の判断により試合の結果が左右されてしまいました。

話は少し変わりますが、1月7日にキルギスの首都ビシュケクの中央広場(アラトースクエア)にて約300人超の反中デモが起こりました。近年増加する中国人移民(約9000人といわれている)、そして最近話題の新疆ウイグル自治区におけるウイグル人への民族浄化政策でキルギス人も犠牲の一部になっていることに端を発しています。今回、PKの判断を下した主審は中国出身だったことは、フェアではないですが、残念なことに反中感情にマイナスの影響を与えたかもしれません。

アジア杯のセックス・シンボル

さて、フィリピン戦でハットトリックを上げたルクスはカラバルタ出身のドイツ系キルギス人(キルギスは80以上の民族からなる多民族国家)ですが、そのハンサム・フェイスと活躍で、アジア杯のセックス・シンボルとしてメディアで報道され、キルギスでも話題になりました。

帰国したキルギス代表は、国民の間で英雄扱いされ、1月25日には広場でのお披露目と大統領との面会があり、今大会の功績を大きく称えられました。

今回のアジア杯は、ベスト4は、日本と中東3カ国で、カタールが優勝したことからも中東勢の躍進が目立つ大会でしたが、その影では中央アジアのキルギスがアジアの低位から力をつけて脱却し、土壇場での力を示し、また経験を積んだ大会となりました。何よりもキルギス国民にセンセーションを起こしたことは、今後のキルギスサッカーの発展にとっても大きなステップになったことは間違いないでしょう。

写真:首都ビシュケクのスパルタク・スタジアム(ユース女子のキルギス代表とパレスチナ代表戦の際、筆者撮影)




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二瓶直樹 / Naoki Nihei

キルギス在住(2017年1月〜)。シルクロード・中央アジア地域をフィールドワーク中。過去、国際協力機構(JICA)や国連開発計画(UNDP)にて開発途上国の支援事業に従事。海外駐在10年目。

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