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相談事例と天風哲学(事例12-①) 16

(部品製造業の例-12) ①
 当社は昭和47年4月、現在地にて自動車部品等の加工・製造業として設立、主な取引先は県内及び首都圏など自動車部品製造業からの下請である。
創業当時は旺盛な受注に恵まれ、売上高、利益額とも順調に推移するも、2000年以降は海外製造へのシフトやNC機械化などで製造単価は急減し、かなり厳しい経営状況に追い詰められてきた。
 
 代表者はその当時75歳、従業者は社長夫妻と娘、娘婿と他に1名の合計5名である。しかし、社長は数年前に足を患い、重いものを持てないため工場には入るものの、軽労働しかできない状態にある。
 また、後継者として期待した娘婿に対しては、実子ではなく借入金などの負債もあるため遠慮がちとなり、積極的に後継者に依頼することができない状態にあった。
 そこで当社は地元商工会議に後継者問題と資金繰りの件で相談、引継ぎセンターや安定室で対応してきたが、最終的には当方で相談することになった。
 
 今までの経緯をヒアリングした結果、必ずしも廃業が目的ではなく、できれば継続していきたい気持ちが本音であることを察した。娘夫妻を呼んで継続の意思などを確認、同時に会社の財務状況を分析し、遊休資産(土地)や所有する機械、あるいは部品の在庫など把握、概算での時価総額などを伝え、会社の財務状況をありのまま伝えた。
 娘夫妻にとって当社の財務状況の実態を知ったのは初めてであったが、自分(娘夫妻)で予想したよりも軽い実態であることを知り、一時は事業継続の決断をした。
 
 その後、部品単価が安価であることから、取引先(親会社)との交渉を自ら(娘婿)出向くなど、積極的な姿勢へと転換してきた。しかし、取引先から業界の現実を突き付けられ、値上げはできない旨を伝えられた。さらに相当額の設備投資を行わない限り部品単価を下げることは無理であると判断、再び廃業の道を選択することになり廃業相談となったもの。 
 
 再建は難しいとの判断から廃業の方向で検討していたが、廃業とは具体的にどのような形であり、廃業後はどのようになってしまうのかなどは社長自身として知識はなく不安であった。
 しかも、本音としては破産など法的処理だけは避けたい気持ちはあった。そこで任意整理(ソフトランディング)という方法についても説明、しかし、この段階でソフトランディングが可能かどうかの検討までは行ってなかった。
 
 スムーズに廃業ができれば何ら問題はないが、当社のように廃業時点で資産を上回る負債の状態では不安かつ心配であり、この点を明らかにしていくことが先決であった。
 一方、当社の資産と負債の状態からソフトランディングはかなり難しいものと説明するが、可能性もあることも示唆した。
 また、破産の場合についても、そのメリット、デメリット、さらに破産後の責任範囲や日常生活に対する影響などについても説明した。その上でどちらにするか判断するように要請、最終的には自己責任において結論を出すようお願いする。
 
 意思決定に先立ち、連帯保証人(連帯保証人は社長夫妻のみ)や担保の状況(会社所有の遊休資産のみ)、並びに買掛金や未払金、そして手形決済(3ヶ月先まで振り出している)の額と期日および準備できる資金と足らない金額などを把握した。

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