20181008育児の日々は毎日がテストのよう

育児の日々は毎日がテストのよう

※天狼院書店様のメディアグランプリに過去掲載された記事です。
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http://tenro-in.com/mediagp/60947


「よーい、はじめ!」
 テスト開始の合図とともに、みんなが一斉に紙をめくる。風が林を一瞬吹き抜けるようだ。緊張した空気が、終了時刻までずっと続いていく。
(あー! 思い出せない!)
 私はいつも、中盤あたりで頭を抱え、心の中でそう叫ぶことになる。


 私は妊娠する前から、育児系コミックエッセイを読むのが好きだった。ワーキングマザーの時短術が大変参考になったのだ。読み物としても、子供のほんわかエピソード、出産の感動体験はとても面白かった。更に、役に立つ豆知識や、ツールの紹介もよく見かけた。

「お仕度ボードかあ。面白そうだなあ」
「私、朝の準備でバタバタするから、自分で作ってみてもいいかもしれないな」

 お仕度ボードをはじめ、いくつかのツールは自分なりにアレンジして作って使ってみた。確かに便利で分かりやすい。私はママたちの知恵に感動し、もし自分が子供を産んだら、いろいろなツールやおもちゃを作って、自立を手助けしてあげたいなと思うようになった。妊娠発覚から出産までは、メルマガに登録したり、育児情報アプリなどで熱心に情報収集するなどして、あれこれと夢想していた。

 大変だ大変だと書かれていた育児は、実際にやってみると本当に大変だった。日常は隅から隅まで精一杯だらけになり、なかなかツールやおもちゃづくりにまで時間を割くことができない。息子が一歳を過ぎて歩くようになると、私の手を引いて家じゅう歩き回り、そうなるともう家事も仕事もなにもできなくなる。毎日、精一杯を積み重ねて、やっと終わる、という感覚だった。

「お、寝たな……」

 息子の寝顔はお地蔵さんのようだ。今日は公園で遊んだけれど、彼にとって楽しい一日となっただろうか。ワクワクするような出来事と出会えたかな? 明日は何をしたら、君のためになるのだろうか。

「……少しだけアプリを見よう」

 授乳の合間、寝かしつけた後など、ちょっとしたスキマ時間での情報収集だけは続けていた。今をどうにかする情報は一番必要だし、スマホいじりが一番手軽な気晴らしでもあった。

 購読しているメルマガに、赤ちゃんはいつも自分の能力を伸ばすことのできるトレーニングを探している、とよく書かれていた。それは「旬」なので、赤ちゃんがやりたいこと、興味があることを旬の時に与えてあげると、とても能力が伸びるのだそうだ。

「ゆーたんは今、何が旬なのかな……」
 紹介されたテクニックを読んでワクワクしても、その中のいくつ実行できたかを思い返すと、片手で足りてしまうほどの数に落ち込んでしまう。

「そもそも、肝心な時に思い出せないんだよなあ……」

 息子が起きてから寝るまで、息子のあれこれをお世話して、合間に家事や仕事をこなす。危なっかしくヒヤリとするような瞬間に、悠長にスマホや本を取り出して、「これはどうするんだっけ」とのんびり検索などできない。読んだ時に覚えて、それを思い出せるかどうかにかかっている。だが、いつもうまく思い出せるわけではなく、後からあの時こうすればよかった、とがっかりすることも多い。覚えていないと役立てられないのに、覚えていられない。覚えたいなと思った時は、それをさっと見たり読んだりする環境ではない。

 これって何かに似ているな。
なんだったっけ、大昔に体験したような気がする。

 記憶をたどっていくと、私は息が詰まるような張り詰めた空気を思い出した。

「テストだ!」

 あの、あと一息で思い出せそうなのに思い出せない、歯がゆい感覚。
学生の頃は、毎週のように何かしらテストがあった。英単語や漢字のテスト、単元ごとの小テスト。中間・期末テストに模試。問題を解いていて、中途半端にしか思い出せなかったことや、勉強不足で理解できないところがあると、それだけでテスト中でも落ち込む。この西暦、せんにひゃく……何年だっけ! ああ悔しい! いくら唸っても、自分の頭の中からは、それ以上の情報は引き出せそうになく、問題文に要復習マークをつけるくらいしかできることはない。

「テスト中が一番勉強しようって思ってたかもしれないなあ」

 どんなにテスト中に心を入れ替えても、答案用紙を回収された瞬間の強烈な解放感と一緒に吹っ飛んで、また次のテストで後悔することがしょっちゅうだった。次のテスト中に、前回あんなに勉強しようって思ったのに! と間抜けな自分を呪う気持ち。あの気持ちと、あの時これを息子にしてあげられなかった、と残念に思う気持ちが、似ている気がする。息子は毎日進化している。そのために必要な育児の知識も変化し、増えていく。それは授業の単元が進み、新たな知識が増えるのと同じようなものだ。

「テストは勉強しなかったから赤点だったな……」

 学生の頃の私の尻は、いい加減にしろとバシバシ叩いてやりたい。しかし、育児はテストのように問題文も正解もなく、採点されることもない。最適な回答を思い出せなくても、次点を思い出せるかもしれない。そうして多少的外れでも、できることを少しずつ実行していけば、きっと多少なりとも息子や私たちのためになる筈だ。

 それは赤点ではないんじゃないかな。
そう思った時、ある日の育児メルマガに書いてあったことを思い出した。

「赤ちゃんは、集中しているとお口を三角に尖らせます。たくさん集中させてあげましょう」

 スマホの写真や動画を見てみると、ピンと三角のお口と、はちきれんばかりの笑顔がいくつも見つかった。

 ああ、ちゃんとできてることもあるんだな。
 私は花マルをもらえたような気持ちになって、眠る息子の頭を撫でたのだった。

≪終わり≫

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