20180924天然パーマは超サイヤ人

天然パーマは超サイヤ人

※天狼院書店様のメディアグランプリに過去掲載された記事です。
掲載URLはこちら
http://tenro-in.com/mediagp/59871


 すれ違った小学生の集団が、わざと大き目な声で独り言のように言う。
「超サイヤ人だ!」
 私は、天然パーマをなびかせて、キッと彼らを振り返った。


 私の髪は天然パーマだ。三歳の頃の写真を見ると、西洋絵画の天使のようなくりくり頭をしている。今でもベルサイユのばらのような巻き毛ヘアを整髪剤なしで作ることが出来る。これほどくりくりした天然パーマは日本人では珍しい。母はほぼ直毛で、父がくりくりだ。母は娘の天然パーマの手入れの仕方に苦労し、成長するにつれ、三つ編みおさげが私の定番の髪型になっていった。

「もじゃ。もじゃー」

 小学校に上がったころ、一部の同級生の男子が、私のことを「もじゃ」と呼ぶようになった。その頃も三つ編みにしていたのだが、前髪は普通の長さで切りそろえられていた。直毛ならばおでこに前髪がかかるところ、私のくるくるたちは生え際あたりで綿あめのようにもじゃもじゃとしていたのだ。それを見て「もじゃ」。遠巻きにニヤニヤしながら言うので、からかい目的なのは明らかだ。

「言ったな! 待てー!」
「来た、逃げろー!!!」

 もじゃと言われるたびに私は怒り狂い、その男子を追いかけまわしてひっぱたいたり、取り逃がして地団駄を踏んだりした。からかわれることはとても悲しく悔しく、子供の私にとって、天然パーマはコンプレックスとなった。

「髪の毛とっても可愛いよ。大人になったらすごくいいよ」

 母がずっと通っている美容院で、私も一緒に散髪していた。美容師さんに、こんな髪嫌だ、というたびにそう言われて、子供心にお世辞を言われているのだなあ、と虚しく思った。

「私がけいちゃんみたいな綺麗な天然パーマだったら、ながーく伸ばして、きれいなソバージュにするんだあ」

 ソバージュというと、テレビの中で歌手のお姉さんたちがしている髪型だ。私の髪の毛はあんな風にはならない。背中に綿あめが乗ったみたいになってしまうし、そもそもソバージュはあまり好きじゃない。私は直毛の子のようにロングヘアをそのまま後ろになびかせて、お姫様のような可愛いリボンをつけてみたかった。リボンの下から髪が急激に膨らんで台形にならないことも大切なポイントだった

 学年が上がるにつれて、面と向かって「もじゃ」と言われることは減ってきた。しかしその分陰で話題にして、こそこそと笑っているようで、そんな気配を感じては居心地が悪い思いをした。中学生になってストレートパーマが解禁されて早速かけてみた。しかし、当時の技術では、私が憧れるようなさらさらヘアにはなれず、針金のカツラを被ったような仕上がりになってしまった。こそこそ話は消えるどころか前よりいっそう激しくなり、自分にはもうオシャレなんかできないのではないかと激しく落ち込んだ。女子の友人たちが可愛いよ、と声をかけてくれたのは、全部お世辞か慰めなのだな、と感じた。

 高校はもじゃ連中とは進学先が違ったので、私はようやく居心地の良い学生生活を謳歌できるようになった。お小遣いも増えて、行動範囲も広がって、部活やオシャレを心の底から楽しめるようになったが、天然パーマとの付き合い方は分からないままだった。

 そんなある日、誰かが教室に置き忘れていた「クリスタル☆ドラゴン」という漫画を読んだ。黒髪に巻毛の主人公が、他の子供から仲間外れにされて憤慨するシーンから始まる。主人公が出会った謎の人物が、綿あめのような主人公の髪を見て、指に髪をくるくると巻き付けた。

「巻毛はこうやって整えるものだ」

 話の本筋にはほぼ関係ない、ほんのわずかなシーンに、私は心を打たれた。指でくるくると髪を巻く! カーラーやドライヤーを使っても、変なうねりが増長されるだけで失敗だった。こんな古代が舞台のお話に、指でくるくる巻くだけで、巻毛が整う、と書いてある! 
私は漫画を放り出して家に飛んで帰った。急いで風呂に入り、髪を洗い、濡れた髪をひと房だけ指にくるくる巻きつけて、そっと抜いてみる。

 くるん。

 私の髪は、生まれ持ったカールそのままに丸まり、きれいな縦ロールとなった。

「えっ……」

 思わず声が出る。同じようにもうひと房巻いてみると、やはり行儀よくくるん、と丸まった。全部の髪を巻き終わると、髪型だけベルサイユのばらに出てきそうな、上品な縦ロールをたっぷりとたくわえた私が鏡の中にいたのだ。

「……こんな簡単だったの!?」

 当時の私が知っているヘアセットの知識というのは、基本的には直毛が多い日本人向けの情報ばかりだった。直毛が絡まないようにする手入れ、カールを上手に作る方法などはよく見かけたが、もともとあるカールをうまく生かす方法についての情報は中々なかった。そのため、きれいなカールというのは何か大変な手入れをして作り出すものなのだ、と思い込んでいたのだ。

「お母さん、見て! ベルばら!」
「あんた、なにそれ! 自分でやったの!?」

 母も娘の突然の縦ロールに、悲鳴のような歓声を上げた。天然パーマの張本人である私も、直毛と天然パーマの手入れの仕方が違うなどと夢にも思わなかったのだ、髪質の違う母は猶更だろう。

私はそれから、ウェーブヘアの手入れを研究し、どんどん自分の髪が、自分自身が大好きになっていった。あれから何十年か経ち、今日すれ違った小学生が、私のふわふわウェーブを見て「超サイヤ人だ!」と言った。昔の嫌な気分を思い出して振り返ったが、少年たちはニコニコしている。私は褒められたのだと気づいて赤面した。

 実際は、昔から、褒めてくれている人はいたのだ。私は昔の自分にそう伝えたくなった。

≪終わり≫


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