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小説|ココロのクサリ

私には1年前からお付き合いしている彼氏がいる。
つい先日プロポーズされて、これからお互いの両親の顔合わせの予定をたてるところだ。

婚約者の彼は上場企業に務めていてお給料も悪くなく、見た目は山崎賢人似の爽やかイケメン。外見からは全く非の打ち所のないようなタイプだが、内面はちょっとしたことですぐ凹んでしまうナイーブな所があったり、人からの評価を気にして、いつもクールなポーカーフェイスでいようと無理をする時がある。
私はそんな彼の一面が見えるときが一番キュンとしていた。

ある日彼の知人から、よく当たる霊能者さんを紹介してくれるとのことで、二人で行ってみることにした。

霊能者の名前は花実華紅薇(はなみかぐら)。某一流企業の会長のおかかえ霊能者でもあった経歴がある。紹介制で誰かに紹介してもらわないと会うことができないという事もあり、彼女に霊視してもらったら成功間違いなしと言われる程、知る人ぞ知る霊能者だった。

花実の新規予約はなかなか取れないと言われていたが、2人が結婚するという話を聞いた彼の大学の先輩が、婚約祝いと称して自分の予約を譲ってくれた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
9月某日。

二人は先輩に言われた通りに、とある高級タワーマンションの一室へ向かった。

「ピンポーン」
「はい」
「予約している小野田です」

高級タワーマンション。エレベーターに乗るまで3回もオートロックを通らなければならなかった。

部屋に到着すると花実のマネージャーさんらしき人が外で立っていた。
「お待ちしておりました。小野田さま」
まるで高級レストランのようなお出迎えに少し戸惑ったが、少しワクワクもした。

まるで住宅会社のショールームのような生活感のない部屋に通されると、机の向こう側に1人の白いドレスを着た女性が微笑みながら座っていた。
女性は2人の姿を見るやいなや立ち上がり
「ようこそ。はじめまして、わたくし、花実華紅薇(はなみかぐら)と申します。」
と花実は軽くお辞儀をした。

想像していた人とは違い、優しく微笑む女神のような雰囲気と年齢不詳な肌艶に2人とも少しの間見とれてしまった。

「あ!はじめまして!お、小野田慎吾といいます。」
「私は川俣奈緒子といいます。」
2人はお辞儀をしながら、少し緊張していた。

「おふたりとも、今日はようこそいらっしゃいました。ご紹介いただいた羽村さまから、おうかがいしてます。どうぞ、椅子にお掛けください。」
と言われ、2人は椅子にかけた。

座ると目の前には紙とペンが二人それぞれの前に置いてあった。

「普段はこういう形でのご予約はお取りしないのですが、羽村さまから、お2人が幸せな道を歩めるようにということをお聞きしまして、それでしたら私もぜひお手伝いさせていただきたいと思い今回のような形になりました。わたくし、お2人にお会い出来るのをとても楽しみにしていましたのよ(^-^)」

2人は緊張の反面、あまりに優雅な振舞いの花実さんを目の前に返す言葉が出てこなかった。

「では、はじめに。そちらの紙にお名前など記述通りに書いていただいてもよろしいでしょうか。その間、わたくしはお茶の準備にまいります。コーヒー、紅茶、緑茶がありますが、どちらにされますか?」

「あ、ありがとうございます。僕はブラックコーヒーで」
「わたしは、ストレートの紅茶でお願いします」

「彼がコーヒーで彼女が紅茶ですね。
もし、書きたくない部分などありましたら、空欄にしておいて結構ですので、お名前だけは必ず書いてくださいね。」

そう伝えると花実は席を立った。

花実の姿が見えなくなると、少し興奮気味に奈緒子が話し始めた。
「ねー、慎吾!すごく綺麗な人だね!なんか素敵すぎて見とれちゃった!」

「あー、俺、こんなタワマンでやるっていうから、イカにもっていう怪しげなオバサンが視てくれるのかと思ってた」

「それより、今日はどんなこと聞く??・・・」

2人はヒソヒソ話しながら、名前などを紙に書き込んでいった。

しばらくするとコーヒーと紅茶を運びながら花実が再び現れた。

「お待たせしました。どうぞ♡」
と、コーヒーと紅茶をそれぞれ2人に出した。

「これ、書けました」
と、慎吾は奈緒子の紙と一緒に花実に渡した。

「ありがとう」

花実は紙を見ながら、名前と顔を一致させるように2人それぞれと目を合わせた。
「小野田慎吾さんと川俣奈緒子さんね。」

しばらくすると花実は目を閉じた。部屋の空気が少し変わったようにさらに静かになった。
花実は目を開け、おもむろに話し始めた。
「では、さっそく始めさせていただきますね。おふたりは霊視は、はじめて?」

「はい、僕ははじめてです。」
「私も、はじめてです。」

「わかりました。ココは私たち3人だけの空間なので、リラックスしてくださいね。録画、録音など、必要な場合はしていただいて結構です。但し、SNSの投稿などインターネットなどでの公表はご遠慮ください。時間は2時間制となっております。時間を大幅に過ぎてしまいますと次のご予約の方もいらっしゃるので、こちらからお時間をお伝えさせていただきますがご了承ください。その他、何かご質問はございますか?」

「いえ」
2人は軽く首を振った。

「それでは、今日はどんなことを視ましょうか?」

「あの、僕達今回の結婚のことで色々悩むことも多くて、お互いの実家の家族みんなが納得してスムーズに結婚生活をスタートできるようにしたいんです。そういったことも霊視してもらえるんでしょうか?」

「もちろんです(^-^)お2人がより幸せな結婚生活をスタートできるように、お手伝いします。何でも聞いてください。」

慎吾から質問した。
「僕達、まだ両親の顔合わせしてなくて、僕は一人っ子で、奈緒子は兄がいますが、まだ未婚で身近に結婚経験のある人がいないんです。なので、顔合わせはどんな場所がいいかとか、そんな事を聞いてもいいでしょうか?」

花実は目を閉じたまま何も言わずうなずき、先程書いた紙の名前の部分を、指で円を描きながら擦り始めた。

しばらくすると花実は目を開け、静かに話し始めた。
「場所は高崎さんの家から南南東。外の景色が見える個室があるお店にしてください。
日取りは、土日よりもできれば平日の夜。なるべく5か8のつく日で決めてください。
高崎さんは紺のスーツ。奈緒子さんは花柄のワンピース。
これらを意識して決めていただければ、ご両親共に良い運びに繋がるでしょう。」

慌てて、奈緒子はスマホでメモをとりはじめた。
「えーっと(汗)少しメモするので待ってください。」

慎吾は奈緒子を待たずに、思ったことを口にした。
「もし、この通りにしなかったらどうなるんですか?」
と、少々ぶしつけなことを口走った。

気づけば、先程の優雅な振舞いの花実ではなかった。再び花実は目を閉じ、名前を擦りながら、何やら口元でブツブツと言いゆっくりと目を開けた。
「先ほど申した通りにするかしないかは小野田さんと川俣さん次第です。どちらを選択してもあなた方お二人の人生であることに変わりません。」

慎吾は花実の様子を見て、質問したら霊視するという流れなんだと察知した。

「ということは、花実さんの話を信じて行動するかどうかは自分たちで決めるということですか?」

「そういうことになります。」

慎吾と奈緒子は顔を見合せた。

奈緒子は少し不安になった。必ず良いふうになるように導いてくれるのかと思いきや、どこまで実行するかはあなた達次第、なんて言うのは無責任な人のような気がした。

そんな奈緒子を他所に、慎吾は質問を続けた。
「僕達、実は式をするかしないかでも迷ってるんです。奈緒子は家族や友達も多いみたいなので、式をしたいそうなんですが、僕は片親だし、式に呼べるような友達もそれほどいなくて。。。僕的には式に使うお金の分を、新婚旅行に使いたいなぁというおもいもあったりするんです。それに関しては何度か2人で話してますが、どちらにも決まらなくて困ってるんです。」

花実は再び瞑想後、静かに話し始めた。

「式はしてください。この結婚については、あなた方のご先祖さまの御魂も関わっているようです。できれば仏教式でお願いします。
その後の披露宴は洋風でも和風でも何でも構いません。」

「え?!結婚式って、仏教とかあるの?!」
奈緒子は思わず口走ってしまった。

慎吾がフォローするようにすかさず質問した。
「あ、あの、ご先祖さまが関わってるってどういうことですか?」

花実は目を閉じ再びブツブツ言い始めた。

「小野田さんのご先祖さまは、何名か信心深い方がいらっしゃいます。川俣さんを受け入れるためには、小野田さんのご先祖さまへの敬意として仏教で式をすることで、多くのご先祖さまが見守っていただけることになります。」

一呼吸おいて、花実が再び話し始めた。

「これは、わたくし自身が思う事ではありますが、結婚に関する霊視は今まで何度も視させていただきました。
親の立場だったり、お見合い結婚でどうしたらいいかなど、様々な方がいましたが、こんな風に式の形式まで強く感じたことは今までありませんでした。よっぽどご神事を大切に行っていらしたご先祖さまがおられるからだと思います。」

2人は何も言えず、ただ聞くことしかできなかった。

花実は続けて話した
「実際にどのようにされるのかはお2人次第ではありますが、今日わたくしがお伝えさせていただいたことを全て実行しろとは決して言いません。ただ、霊視した事をお伝えさせていただいたので、信じるか信じないか、しっかりと考え、納得した上で行動してください。」

予想外の答えに慎吾は戸惑った。仏教とか先祖とか訳がわからなかった。
慎吾の父は一人っ子で母は子供の頃に他界している。母の繋がりがある親戚とは、母の死後は全く会っていなかった。なので、慎吾は自分の家族とは縁が薄いんだろうなと思っていたから、花実のアドバイスがあまり信じられなかった。

「小野田さん、川俣さん、結婚以外の事でもいいですし、ほかに何か質問ありますか?」

小野田が切り出した。
「あの、またこちらに来てもいいですか?」

花見はそのまま答えた
「えぇ、もちろんです。何かありましたら、いつでもご連絡ください。」
と、花実はカードを取り出し2人に渡した。

「川俣さんは質問ない?大丈夫?」
花実は奈緒子にも聞いたが、奈緒子は首を振り「大丈夫です」と軽く微笑んだ。

カードには「花実華紅薇」とだけ書いてあり、裏を見ると携帯番号が書いてあった。

「その番号はこの場所の携帯になります。私ではなく、先程こちらに案内したものが受付をしておりますので、いつでもご連絡ください。」

その後、慎吾と奈緒子は支払いを済ますと席を立ち玄関に向かった。
2人は花実と挨拶をして、その場をあとにした。

外に出ると、さっきとは違う世界にいるような不思議な気分になった。

「なぁ、奈緒子、さっきの話どう思う?」
「あぁー、式のこと?」
「うん」
「なんか仏教式とか私はよく分からないけど、ウェディングドレス着てパーティできたらそれでいいかなって思えてきた。今日話したら、なんだか結婚って堅苦しい感じがしてきちゃって(汗)
確かに私は結婚式したいって言ったけど、まさかあんなこと言われるとは思ってなくてさぁ。」
「あんな事って?」
「いや、ご先祖さまがどーのこーのとか、全然知らないからさぁ。
慎吾が言ってたみたいに、ハネムーンにお金かけて、こっちでは軽く友達同士のパーティだけでも良いしね!ウェディングドレス着れればそれでいいかなって気分になっちゃった。」
「そっかー。」
慎重派の慎吾は奈緒子の気の変わりように、少し動揺した。

まずは、親同士の顔合わせだけでも進めよう、と慎吾は優先してやることから決めることにした。

……続く


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