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細胞に聞く

最近急にメイク用品が欲しくなって、にわかにコスメショップをチラチラ見るのだけど、「チークに4,000円かあ。もうちょっと考えよう。」みたいに購入を先延ばしにしている。
どういうモノにどれだけコストをかけるのか?というのは、人それぞれの価値観によるけれど、メイクが苦手なのに高額なものを買っても使いこなせなければ宝の持ち腐れだから、自分は高額なものを買いたくないのだと思っていた、、、


、、、のだけど、、、


ある朝、ふと思ったのだ。

”わたしごときが高価なメイク用品を使うなんておこがましい”

という意識が働いていないか? と。

”わたし程度(の顔)ならドラッグストアで買えるプチプラで十分”

という意識があるんじゃないか? と。

”どうせわたしが使ったって、たいして変わりはしない”

という意識があるよね? と。

無意識下に押し込めていた呪縛に、またあらためて気付いた。
これは「謙虚」じゃない。
わたしは”わたし”を粗末に扱っている。
わたしは”わたし”を大切にしていない。
わたしは”わたし”を隅の方に追いやって無視しているだけ。


ふわりと顔に色をのせるワクワク感や高揚感を素直に楽しめばいいのだ。
使うことを想像してワクワクするなら、10,000円のメイクパレットを買ったっていいのだ。逆にプチプラコスメを買い占めたっていいのだ。
”これを使ったらきれいになれる” みたいなHOW TOは重要ではないのだ、きっと。
お肌の手入れもメイクも、「面倒くさいし、テキトーでいいよね」だったら、どんな高価なモノを使っても効果がないのかもしれない。
自分の細胞に「楽しい?ワクワクする?」って問いかけながらメイクしてみたらすごくHAPPYな気分になれそう。

長年こじらせてきた思い込みの層はまだまだ厚そうだけど、気付けたことが第一歩。

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