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企画は「熟成タマゴ」のように考える

苦労した話から。

書籍の編集を始めた頃、企画の深め方も、タイトルのつけ方もいまいちわかっていなかった。タイトルを100個くらい書き出してみるのだが、どれもピンとこない。最終的にはダーツで決めた(くらいの感覚だった)。目の前に心惹かれる素材(著者のメソッド)があるのに、その最適な届け方がわからないのだ。

これって、その渦中にいると相当しんどいんですよね。

外部の「見えている人」からするとこうすればいいのに!ってすぐわかったりするのですが、考えているつもりでも、まったく答えが見えない。編集会議で「これはいけるぜ!」と自信満々で出した企画がケチョンケチョンに言われたり。納得はできないけど、とにかく前に進まないといけないという。

企画について語るほどのキャリアはないのですが、当時の自分に向けてなら多少なりともアドバイスはできるかな。そう思い立って書き残してみます。(なので大ベストセラーを狙うためには、もっと有用な企画術を参照してください)

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企画に<広がり・深まり>がないパターンって、読者の欲望に触れられていない場合が多いんじゃないか、と思っています。

たとえば、よくありがちなのが、中身のメソッドの一部を置いただけ。

具体例を出さないとなかなかわかりづらいので担当本を出してしまう。以前担当した『やってはいけないウォーキング』は、見え方を変えると

 ・「健康で長生きできる歩き方」

なんてことも言えるわけです。

もっと盛っていくと…

 ・「100歳まで歩く! 最強のウォーキング法」

 ・「3000人の患者を治した医学博士が考案!死ぬまで歩くたった一つのコツ」

とか…。いや、いいんですが。

話は変わって、うちの近くにトシヨロイヅカのケーキ屋さんがあるのですが、これがとても美味しい。甘ったるいケーキって、食べたあとに「うッ…」ってなってしまうのですが鎧塚のケーキは深みがあって、後味も絶妙。やっぱり盛る方向だけでは、人間の感性はどこかで拒絶をしてしまうのだろうなぁと思います。

ではどうするかというと、企画を読者の欲望、あるいは業に寄せていけばいいのです。

いま、手元には誰も追随できない珠玉の研究・メソッドがある。

どうすれば人はそれに振り向いてくれるか?

すごいものをすごい、というのではなく、欲望を刺激する何かと結びつける。

ラクしたい、驚きたい、知りたい、モテたい、賢く見られたい…

ここで注意が必要なのは、よくいわれる「ニーズ」「読者ターゲット」「ペルソナ」に足を絡めとられないことです。

「読者の欲望は、健康です!」

という答えは、本当なのだろうか?と僕はいつも思います。

自分を振り返っても、健康になりたい、と思っているわけではない気もする(脂肪肝で健康診断に引っかかった)。そもそも健康の定義ってなんだろう。どうなったら健康なのか? 考えていくととても概念的で心が動きにくい。

ターゲット:「30代男性」

なんてのも疑ったほうがよさそうです。39歳の僕と31歳の同僚と志向は違うはずだし、それで思考停止しないよう(書面上はいいににしても)立案者は気を配っておいたほうがいい。

たとえば、『医者の本音』は、医者と患者のコミュニケーションを推奨しているけれど、「医者と良好なコミュニケーション取りたい」と心から欲望している患者さんは少ないのではないか? そこにあるのは、もっと手前の段階で「お医者さんの考えていることがわからない」という疑念であり、医者への好奇心でもあるように思います。

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で、読者に業に寄せるために、僕はいつも企画を「熟成」させる時間をとるようにしています。

手元のストックのアイデア5〜10個を「なんとなく考えていて」どこかで、欲望をすくい取るワードと出合うことを期待します。(毎日・毎週のように企画を求められる回転率の早い職種には不向きなのかもしれませんが)

『やってはいけない』というワードを使った類書を書店で見たとき、「ウォーキング」との組み合わせでいけるだろうと確信しました(どこの本屋でどんなシチュエーションだったかはいまでも覚えています)。

「こんなに健康のために努力しているのに全然痩せないし、数値も改善したい。いったいどうなってるの!」という、あきらめ・怒りにも似た感情。「世間で言われていること、間違ってるんじゃないの?」という潜在的な疑念。そういうものが、すくい取れるなぁと。

だから、「やってはいけない」を横展開して、いろんなワードと組み合わせればいけるかというと、それはまたちょっと違うんじゃないかとも思います。そして、売れている類書をトレースして、はまるか、それともコケるかの境界線もこの辺りにあるのではないか、と感じています。


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ここまで書いてきて、かんぜんに箱根の「温泉卵」が頭に浮かんでいます。なにごとも時間をかければいいわけでじゃないけど、読者のためを思えば、すこしでも相手のことを考えておきたい。ほんとに恋愛と同じだなぁと痛感します。

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