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勉強会な日々 〜石田英敬、東浩紀著『新記号論 脳とメディアが出会うとき』〜

こんにちは、Zenkigen Labの藤井です。

今回は、普段のZenkigen Labで行われている勉強会の様子を紹介する第二弾です!

Zenkigen Labには、感性工学や物理学、社会学、心理学など様々な専門を持った研究員が集まっています。普段は「心理的安全性」(第1回&第2回のリンク)などのテーマについて、各専門の知見を生かした議論をしていますが、1冊の本を題材に2週間に1回の勉強会をしています。前回(第3回リンク)に引き続き今回は、石田英敬と東浩紀によってゲンロンカフェで行われた対談を書籍化した『新記号論 脳とメディアが出会うとき』をダイジェスト版でお届けします!

勉強会ってなに!?

勉強会は、1冊の本をお題に参加者が話し合うイベントです。さまざまな専門性を備えた研究員がそれぞれおすすめの本を持ち合う事により、普段は触れることのない本に触れ、新しい知見が生み出されたりする場になっています。あえて”具体的な目的を持って読書をしない”ことで、予期せぬ議論が展開されることもしばしばあります。このような活動を通して、今後のLab内での議論の方向性を広げていくことを期待しています。

そのためビジネス本や自己啓発本ではなく、社会学や物理学、心理学の専門書を中心に課題図書としています。単に話しやすそう&読みやすそうな本を選ぶというよりも、議論が深まりそうな本を選ぶのがポイントです。今回紹介する『新記号論 脳とメディアが出会うとき』は、記号論やメディア論を文明論的な射程から捉え直すとともに、脳科学と人文学の接合を試みる、哲学者の石田英敬による野心的な講義を書籍化したものです。

『新記号論 脳とメディアが出会うとき』:なんでこの本が選ばれたの?

「記号論とは何か?」、「メディア論とは何か?」という問いに対して本書では以下のような説明がなされています。

人間は直立二足歩行により、「脳の解放」と「手の解放」という進化上の大事件(ルロワ=グーラン)によって発明された。この二つの進化の系列が交わる、すなわち脳の活動を手が「描く」ことによりこれを記すための道具が必要となり、この道具に対する知としてメディア論が生まれ、脳の活動が対象化される事によって、記号の知が目に見え伝承可能なものとなり記号論が生まれた。(第一講義から要約)

このように、記号論やメディア論は文明論的な射程から捉えることができます。よって、メディア論は人間の文化や社会を考える上で必須の学問であり、それらを語る言葉としての記号論の重要性が理解できます。また、脳の活動と記号の知は切り離せない関係にあることもわかります。

しかし現代においては、もう一方の進化の系列を扱う学としての脳科学と、人文学的な知である記号論とが、ますます乖離する方向に進行しています。このような状況の下で、脳科学は大きく発達しましたが、心との関係では極めて単純な対応関係すら乗り越えられていないのが現状です。この状況を打開するためには、現在までに豊富な蓄積がなされてきた人文学的・記号論的な知見を再評価する必要があります。本書は、人文学と脳科学を接合することで記号論をアップデートすることを狙っています。実際に脳科学の側からは、「文字の習得の過程で、自然界におけるものを見分ける領域を、文字を見分けるという記号システムを動かす活動へと転用する」というニューロンリサイクル仮説が提出されています。人文学は、このような科学的な知を取り入れた上で再構成される必要があります。記号論と脳科学の接点のヒントを与えるフロイトの心のモデルを再評価することで、新たな記号論(新記号論)の打ち立てを試みる本書は、現代におけるAIの諸問題や、人と人とのコミュニケーションやそれによって形作られる社会を理解する上で欠かせないと思い、選書しました。

実際の議論:人文学から得られる現代的視点とは?

本書は三つの講義によって構成され、今回は3回に分けて勉強会を実施しました。第一回では、記号論が広義の「文字」の問題であり、メディア論は文字テクノロジーの問題であることを確認し、認知科学・脳科学の現代的な視点から「文字」を捉え直すことの重要性について議論されました。特に、ニューロンリサイクル仮説のように「人間の文化が自然の本能を乗りこなす」といったタイプの主張から、自然を認識する能力と人文学的な知の起源が同じであるという現代的な視点が得られ、これを踏まえて、人文学と脳科学の接合の可能性について意見交換がなされました。

第二回では、フロイトを手がかりとして、記号論と脳科学の接点について考えました。「なぜ今フロイトか?」ということが話題に上がり、フロイトの心のモデルからどのような現代的に価値のある視点が得られるのか議論されました。フロイトは言語について、脳の部位と言語の個々の機能を対応させるような局在説を批判し、複数の部位が機能連合することによるヴァーチャルな装置として言語装置は機能していると考えました。この考え方は、フロイトの心のモデルを構成する際にも引き継がれるものです。現代科学は、心で起こる現象を脳のある部位や特定の脳内物質の作用に還元しようとする傾向にあります。このような要素還元主義的思考に対抗する意味で、”フロイト記号論”とも言える上記の主張は現代的に見ても価値のある認識だと思います。

第三回では、フロイトの心のモデルの更なる拡張について本書からさまざまな示唆を得ることができました。脳科学者ダマシオの議論から、身体の反応である情動と心で起こる感情を区別することで、よりフロイトの心のモデルの記号論的な性質が明確になります。さらに、20世紀資本主義の4つの柱が話題となり、テイラー主義がシネマトグラフの技術と関係しているという点が特に議論の的となりました。この議論から、人間の認識がいかに「メディア」によって形作られているかを思い知らされます。この事実は、メディアがますます人間の情動的な部分に作用するようになった現代メディア社会において、どのような影響を与えるのかについて考えることの重要性を示唆しており、今後さらに議論を深めていく必要があります。


このように、Zenkigen Labでは、さまざまな専門性を持ったメンバーと一つの課題図書に取り組むことで、より深い理解に到達することができます。特に本書は、人文学と科学を接合する試みでもあり、それぞれのメンバーの知見を持ち寄る事により、多様な視点から記号論や脳科学について理解することができました。

石田英敬、東浩紀 『新記号論 脳とメディアが出会うとき』

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