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うつ株式会社#13 人材チームの成り立ち

自分の所属する江戸チーム(人材派遣、紹介、業務委託部門)のディレクターは、東さんだ。
実際には大手町さんという右腕がいてとのことだが、東さんの行動力がすごい。うつ株式会社の中でも、江戸チームは実はうつ株式会社内のプロジェクトでうまれたものではなく、東さんと大手町さんが実施していたものを、うつ病患者さんからの提案プロジェクトを実施しようか悩んでいた時に偶然にもうつ株式会社は、うつ病患者の卒業生が増えてきてフォローアップにてがまわらなくなってきていて悩んでいたところだった。個人情報を取り扱う関係で別々の会社の業務提携では、いざという時のスピード及びとれる対応策のレパートリーが異なるので合体した。普通の会社だったら、東さんと大手町さんの会社が吸収合併にあったようにみられるがティール組織で、自分のやりたい役割をやるのが基本となっているのでよく分からない。

東ディレクター伝説

東さんが今の業務をしていたのは、うつ病までいかなくても自律神経失調症、または予備軍の人々が追い詰められない社会を作りたくて実施していたとのことだ。特に東さんが不合理だと感じたものが2011年3月の東日本大震災のこと。東京電力は福島原発の対応を下請け会社に対応するように指示をだしただけで、東京電力自身はあまり動かなかった。ただし、放射能対応防護服等は東京電力しかもっていなかったために、それを貸し出すということをして、故意なのか偶然なのかメディアは東京電力の洋服を着ている人が作業していることを東京電力の頑張りとして報道していた。あの原発事故対応に向かわせるのに、何が起きても逃げられるように一人車一台ずつで向かわせたというから、その時のドライバーの気持ちを考えると特攻隊に似た感じだろう。緊急時だからと仕方がないとはいえ、ハリウッド映画でパートナーと会話をしながら心構えをするということさえさせてもらえなかった。一人行動を基本にする警察や軍隊は世界中でもゴルゴ13ぐらいしかいないので、余程のストレスだと考えられる。その日本を救った人々に対して、アメリカでさえ実施している退役軍人へのメンタルケアや家への帰還中のメンタルケア等をしていなかった。そして、会社組織が人の健康を守る基本グループと考える日本では、福島原発で頑張ったことでバーンアウトと呼ばれる燃え尽き症候群で退職した方々のケアがされていなかった。東さんは、それで仕事を転々としてしまっている人と偶然、池袋での炊き出しのボランティアをしている時に知り合い、日本を護るというと現実感がなくなるが、あの日本全体が不安を感じていた時の輪番停電にインフラがなくてこのまま東京に住めるのか怖かった時の東さんを救ってくれた人が、炊き出し生活になっていることに、誰に向ければいいか分からない怒りを覚えて、ヒーローに少なくとも衣食住を提供したい。日本代表となる技術を前の職場で使いたくなくても、使える場所があるはずだと動き出した。その時、ちょうどアメリカのボストン大学(collegeの方、ボストン大学と日本語では一言で言われるがボストンユニバーシティとボストンカレッジの2つある。)にMBA留学して、そのままNGOリードトゥルーム(アメリカのMBAは、現在、NPO,NGO就職、起業が優秀な証で、金融業界に就職するのはカッコ悪いとされている。)に就職していた大手町が、日本の状況気にかけて何か出来ないかと模索していたところを日本の母校の恩師に相談したところ、恩師から東を紹介された。
その時の東は、どうすれば仕組みを作れるのか分からないなりに、自分で東京都中小企業公社の補助を獲得して、似た境遇の人を探しだしては採用して、採用したからには仕事を探さないとと自転車操業をしていた。一応、社員紹介という形でブログで紹介発信していたので、恩師が活動を認識していた。その時の東の社員は、震災関係者が多く、元水産加工工場の工場長していて、ふりかけなどを創っていた人で、従業員を上手に避難させられなかったために自分が殺したと思い込み睡眠障害になっている人や元農家で農作物を否定されたため、自分の子供のように育ててきたものを破棄させられて、自分を嫌う人等がいた。自営業の人が多かったので、仕事の責任感が強く、また東京都中小企業公社社会起業支援が墨田区だったところから後継者不足、人手不足の方々のお手伝いというか、墨田区江戸っ子気質に助けられて回っていた。自分が東さんに感動したのが無視することもできたちょっとしたことを本気で取り組んで形になるかも分からないのに挑戦し続けていたことだ。そして、そこに大手町さんが帰国して加入し、東さん自身が食べていけなくなる状況であることを指摘し、集団とも言えない、東とその取り巻き状況を集団、組織化して江戸っ子気質だけじゃなく企業のCSRやしっかりとした基盤を作っていった。自分は医療の東さんをやりたいと思って東さんからノウハウを盗みたくてこのチームに入った。ただはっきり言えるのは震災から八年経っても助けられる人の人数は増えているが社会変革に至っていない。社会変革には、経営者から変える方が早いのではないかと感じる。

このちょっと尖った考えを、考えより行動に走る東さんにぶつける
ぶつかれる優しさもうつ株式会社にはある

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