Cokun, Artist Village 滞在記 by CASI 北沢由宇 2016.10.5~14
佐賀県唐津市の外れにある閑静な港町、星賀(ほしか)。
囁くような波音と虚空に響き渡る鳶の声、そして漁船のエンジン音が美しく調和するこの長閑な町に、アーティストレジデンス兼宿泊施設“Cokun, Artist Village”が2017年夏にオープン予定だ。
唐津の中心街からバスを乗り継ぎおよそ1時間、星賀の海沿いの道を歩いた先に、Cokun, Artist Villageはある。ここ数年間誰も住んでいなかった古民家をリノベーションし、2017年から毎年、夏の期間だけアーティストのための制作の場、宿、茶房、工房としてオープンするという試みだ。
プロデュースするのは、画家のNABEKAORUさんと羊毛作家のmococonさんで構成される2人ユニット「Cokun,(コクン)」。オリジナルの雑貨や洋服を制作販売するブランドユニットだ。
Cokun,
https://www.facebook.com/ccookkuunn/
私CASI北沢由宇は音のモンスター“Otomon”を作って、絵画やダンスや花いけなど様々な方法で“他者に自由に可視化してもらう”という活動をしている。
CASI
http://ukitazawa.wixsite.com/casi
このたび、ご縁あって以前OtomonをVisualizeして下さった画家のNABEKAORUさんにお声をかけて頂き、オープン前のCokun, Artist Villageにて試験的に、実際に10日間滞在しながら作品制作をすることになった。
オープン前ではあるものの、実際にアーティストレジデンスとして活用してみた一例として、この滞在記を執筆させて頂こうと思う。
ただし、今回の滞在はあくまで試験的なもので、まだ決まっていないことも多く、実際にオープンしてからの情報とは諸々異なる可能性があることを予めご承知願いたい。
この記事が、滞在を考えているアーティストの方や、興味のある方々にとって参考になれば、或いは興味を持って下さるきっかけになれば幸いです。
【星賀に到着】
バスを降りてすぐ目の前が星賀漁港。
秋の佐賀の海は優しい群青色で、陽がきらきらと白く乱反射していた。
港町だというのに漁港特有のつんとした潮の香りはほとんどせず、波は低く風は爽やかで気持ちが良かった。
キョロキョロしながら歩いていると、二人の女性が手を振りながら歩いてくるのを見つけ、ご挨拶。
画家のNABEKAORUさんは、一見おっとりした雰囲気の女性なのだが、実は芯の強いところがある人。そしてこれは私の個人的感想なのだけれど、「命のエネルギーそのもの」というような凄い絵を描かれる。
羊毛作家のmococonさんは今回が初対面。発想や思考回路が独特な女性で、時々話が急に飛んだりして一緒にいるNABEさんですら話の迷子になる面白い人だ。が、毛糸を編んでいる時は目付きや雰囲気が変わり、完成する編物はとても美しく紡がれていて思わず目を見張る。
【仔猫あらわる】
お久しぶりですーなどと話しながらVillageへ向かう海沿いの道を行く途中、なんと小屋の軒下から小さな仔猫が現れる珍事発生。
何故かNABEさんになつきまくる仔猫。
余りにも自然になついているので、最初見たときはNABEさんが前から仲良くしている子なのだとばかり思ったのだけれど、別にそういう訳ではないとのこと。猫に限らず、NABEさんは生き物にやたらと好かれるのだという。
本当にびっくりした。
【Villageに到着】
そんなこんなでなんとか子猫を引き離し(ごめんね)、いよいよCokun, Artist Village(略してVillage)に到着。
「まずは掃除!」という段階での滞在だったので、私が到着したときにはほとんど普通の古民家そのままの状態だった。
この古民家はもともとNABEKAORUさんのお祖母さんのお家で、2つの家が廊下でくっついているという、ちょっと特殊な構造になっている。そのため敷地面積はかなり広く、大きな作品でも広々とスペースを使って作ることができそうだ。
向かって左側の家は、なんと築150年!
さすがに建物自体の老朽化は進んでいて、これから直す必要がありそうな箇所は随所に見られた。しかしアーティストレジデンスだけあって、リノベーションで壁一面に絵が描かれる予定など、面白いことになりそうだ。
外壁を塗装するNABEKAORUさん。
障子を張り替えるmococonさん。
障子に描かれたNABEKAORUさんの線遊び。
襖になんか凄い絵を描くNABEKAORUさん。
オープンしたら外装内装がどんなことになっているのか、いまから非常に楽しみ。
【滞在した部屋】
私が寝泊まりするために用意して下さった部屋は一階の襖の奥で、広さは畳8畳の和室だった。脇に大きめのテーブルがあり、そこにPCや音響機材を置いて作品制作をした。
風通しが良く、窓や障子や襖を開け放つと一気に空気が動く。朝には一角に陽が差し込み、瞑想などをするのにちょうど良かった。
今回は滞在者が私1人だったので、ほとんど1人部屋として広々と使わせて頂いたが、宿泊人数が多くなれば襖を広く開け放して仲良く雑魚寝、という形になるかもしれないとのこと。
【釣りの名所】
星賀漁港は釣り人たちの間で人気スポットらしく、よく釣りをしている人を見掛ける。
海水の養分が豊富なのか、海の色は濃いものの、上から見るとクラゲや魚の群れ、蟹など、様々な生き物が本当によく見えた。
釣り人たちに話しかけてみると、アジがよく釣れるとのこと。クーラーボックスの中を見せて頂くと、なるほど大量のアジが。
ということで、私も釣竿をお借りして釣りに挑戦~。
釣れた。一匹(アジじゃなかった…。何…? この魚…)。
竿に糸と針が付いているだけの原始的な釣竿でも、餌を降ろすとものの数分で魚がつつく振動が来る。しかしなかなか釣り上げることができず、餌だけ取られて逃げられてしまうパターンが何度も何度も。
魚自体はたくさんいたので、ちゃんとやったらもっと釣れると思います。
食料確保任務を終えて帰ってくる私。
釣りは不思議と意識が集中するので、制作活動の合間や休息に釣りを楽しむのも良いかも。
他にも、貝を取って殻を潰して茹でて食べたり、自生しているヨモギやシソを天婦羅にしたり、そのへんにいるものを捕って食べる、みたいなことを割とやった。
自然との共存。食事は大切。
【食卓の風景】
食事は毎日作って食べた。
スーパーが近くにないので、自然と野菜中心生活になった。
毎日誰かしらがキッチンに立って作って、みんなで食べた。
沖縄で覚えた料理、ソーメンチャンプルー。
ゴーヤと玉ねぎの生姜ペペロンチーノ。
うりずんの天婦羅とゴーヤのかき揚げ、左が茄子のトマト炒め。
奥がソーメンチャンプルー、手前はかまぼことアスパラのマヨネーズ炒め。
つい数日前まで沖縄の離島に三ヶ月滞在していて、現地で美味しい沖縄料理をいくつか覚えてきた。こうして人に振る舞える機会が与えられて、とても嬉しかったなー。
毎日何かしら作ってた。料理、好きだ。
沖縄から持ってきたシークヮーサーを使ってmococonさんが作ったシークヮーサー水。爽やかで透き通るような味。
幸子さんという方から頂いた手作り梅酒。すごく濃厚で、甘くて美味しかった。
天気の良い日には、外でランチをした。
玄関を出ると本当に目の前に海があるので、景色も風もとても気持ちよくて、美味しかった~。
NABEさん料理、左からゴーヤチャンプルー、イシダタミ貝の塩茹で、茹でたアスパラ。
食事は生きることの基本。
何をつくるにしてもそれをつくる体は食べたものでつくられる訳で、体にチャージされた美味しさエネルギーは、物作りにそのまま直結する。と、思うのだ。
【近所の星賀神社】
Villageから歩いて7分ほどの位置に、星賀神社という神社がある。
星賀自体なにかとたくさん鳥居や神社がある土地で、その中でもこの神社は大きくて手入れも行き届いており、とても良い空気が流れている神社だった。
天気の良い朝に、3人でお詣りしてきた。
力強い顔をした、金色の眼と牙を持つ狛犬。
そのすぐ近くには見晴らしの良い灯台や、
いくつもの鳥居が連なるお稲荷様も。
獣の横顔のような大きな岩。
美しい緑の風景。
風景は他にも、夜にはうっすらと天の川が浮かぶ星空が見えたり、満月近くには月の周りに光の輪が見えたりと、とても美しかった。
【秋の夜長のおしゃべり】
夕食の後はプーアル茶やセージ茶を淹れ、食卓を囲んで毎晩いろいろな話をした。Cokun, Artist Villageの計画の話、コンペに出す作品の話、星賀の話、アートの話、魔術の話、恋の話、etc...
毎晩何かしらの話題が出て、最終日の前日にはタロット占いをしたりしながら、朝5時くらいまで話していた。
滞在何日か目にスピーカーでOtomonを9体聴いて頂いた時、彼らが「いる」という感覚を全員で共有するという出来事があった。
私は、久々に自分以外の人がOtomonを「いる」と感じてくれたことが本当に嬉しくて、これをきっかけにカチッとスイッチが入った。そして滞在中に新たなOtomonを完成させ、最終日にその子を召喚することにした。
【制作風景】
忘れちゃいけない制作風景。
ここはそのための場所、そのために与えられた時間の空白。
日々、徐々に仕上がっていくNABEKAORUさんの襖絵。見るたびにエネルギーがぐわぐわと動いているのを感じる。
これだけ大きい絵なのに、描くスピードがものすごく速いなーと思った。下書きなどは一切しないのだそうだ。
奥でヘッドフォンをしてOtomonを作る私と、襖絵を描くNABEKAORUさん。
撮影したmococonさんは、さらに手前で制作していた。
何やら天井から吊るすものを作るmococonさん。
彼女の精神のポリシーは「エコ」。ほとんどこの家にあったものを使って作ってしまう。
mococonさんの「Otomonの周りを飛んでいるもの」のオブジェと、その奥でOtomonのマスタリングに手こずる私。
3人が絶妙な距離感を保ってそれぞれの制作に集中する空気は、まさにアーティストレジデンス。
そして、
ただの制作風景だったはずが、何やらヤバい空間が仕上がっていく…。
【Otomon“Ishigwa Najie”召喚の儀】
やりました。
11体目のOtomon、“Ishigwa Najie(イシグヮ・ナジー)”召喚の儀。
堆積した命の凝固。
襖の奥から太鼓や鈴の音。
七つの蝋燭に火が灯され、
儀式中の私。
この時、完全にトリップしていた。
なんとも言えない緊張感が漂う中、
Otomon“Ishigwa Najie”が召喚された。
Ishigwa Najieは空に舞い上がり、Villageの隅から隅まで広がっていった。
きっと、この家の守り神として働いてくれるだろう。
Ishigwa Najieは、こちらのリンクからお聴き頂けます。
【召喚儀式後】
30秒のOtomonを召喚する儀式はほんの数分で終わり、ふっと緊張が解けて語り合う我々。これはとても好きな一枚。
服を着替えて素に戻りつつも放心し(ちょっと浮いている)、
笑う私(ちょっと浮いている)。
運命の廻り合わせとは言え、あまりに用意されすぎていた舞台に、改めて驚きを隠さずにはいられない。
「私はこの家にこの子を召喚するためにここに呼ばれたのかな」と、思わずにはいられないのだった。
“ここには、来るべき人が来る。”
Cokun, Artist Villageはそういう場所になりそうだなー、と、このとき私は思った。
壁に書かれたCokun,Artist Villageという文字を見上げる私。
ちなみにこの召喚の衣装は、もとはmococonさんの私服だった。ある日彼女が着ていた服が僕も好きな感じだったので「その服イイですね」って言ったら「あげよっか?」と言われ、頂くことになった。
服を誉めたらくれた人は初めてだ。
右の羊毛ペンダントは、mococonさん作のIshigwa Najie.
これも頂いた。ものすごく手がかかっているとのこと。大切にしよう…!
壁に名前を書いたよ。
【出発の日】
翌朝、すべてが開け放たれ、一筋の風がスッと通った。
昨日の舞台はどこへやらと、風景はまた日常に戻っていく。
精霊が宿った石たちは、鳥居の上に並べられた。
無事お役目を果たした音響機材たちを実家に郵送し、いそいそと荷造りをして、
次の行くべき場所へと旅立つのだった!
【おわりに】
星賀Cokun, Artist Villageを出て、Cokun,のお2人ともお別れし、いま、博多のカフェでこの記事を書いている。
自分にしては非常に珍しいことに、「寂しい」と感じている。
更に珍しいことに、「またあそこに行きたい」と思っている。
まるで時間が止まったかのような、ぽっかりとした、幸せな日々だった。
本当に、幸せな10日間でした。
【周辺の環境など】
具体的な話も少ししておきます。
コンビニやスーパーはなく、個人商店が二軒あり、簡単な食料などは調達できます。
少し歩くけれど、鷹島肥前大橋という大きな橋を渡れば、道の駅で野菜や魚も買えます。
インターネット接続環境はありません。Wi-Fiはなく(2016年10月現在、WiMaxやワイモバルは飛んでいません)、スマートフォンの電波も悪くて遅いので、情報関係の制作者には不向きかもしれません。
しかし、逆にインターネットによるノイズをシャットアウトして制作活動に集中したい人にはもってこいの環境です。
車通りはほとんどなく、ただただ静かな波の音、港の環境音が聴こえてきます。お風呂もトイレも使えます。
それから、まだどのような営業形態になるかはわからない部分はあるものの、このプロジェクト自体が「巻き込み参加型」という印象を受けました。訪れたアーティストがそれぞれ壁に絵を描いたりしてほしい、と話していたので、巻き込まれながら制作環境そのものを作っていくというのも面白そうです。
環境を変えて、しばらく静かな場所で作品制作をしたい方。
旅の途中で、泊まる宿を探している方。
この家に巻き込まれたい方。
ちょっと寄ってみたい方。
そんなあなたにおすすめです。
というわけで、Cokun, Artist Village.
2017年夏、佐賀県唐津市肥前町星賀にてオープン予定。
た、楽しみだ~!
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