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#06 わたしが恋をしたいのは

いつだって「恋がしたい」と思っている。 寂しさを埋めたいだとか性欲を満たす相手が欲しいだとか それもそうなのだけれど でもそれ以上に愛し愛されるという《経験》が欲しい。 わたしは恋とか愛とか孤独とか性とか生とか死だとかそういった話をするのが好きだ。それも人のうわさや下品な話というよりは、なんのためにそれが存在しているのかという本質をいつも探し求めている。 でもわたしがこの小さな脳みそでいくら考えをひねり出したって、経験に基づいた言葉には敵わない。 それが悔しくてたまら

    • #05「エロの傍観者」という視点

      先日、渋谷にあるスペース408302へ CHERRY さんという方の個展に足を運んだ。 この展示のメイン作品は《LOUNDRY・花ビラ大回転式》。来場者は自らの下着を差し出し、作家がその下着を丁寧に手洗いする。下着を差し出した参加者は前の下着を着用して帰る、というパフォーマンスである。 CHERRYさんはこのパフォーマンスを「新たなセックス」として掲げ、形式化した既存の性行為からの脱却と、性器や肉体に捉われない本質的な交わりを目指して活動している、という。 わたしはとい

      • #04 臆病な夜

        結局のところ、人に話せる悩みは話せる悩みでしかない、と思う。 わたしは恋愛相談をすることよりされることが多い人間だ。でもそれはおそらく、わたしが頼れるからだとか、聞き上手だからだとかではなく、「自分の話をしないから結果的に聞く側になっている」ただそれだけだ。 じゃあなぜわたしが自分の話をしないのかというと、話すことがないからだ。あくまで、表向きには。恋人もいないし、特定の誰かに好かれるために努力しているわけでもない。言い寄られることもない。 23歳にもなると周りの恋愛事

        • #03 人には人の宗教

          初夏のような日差しが傾き始めた午後3時、家での作業が煮詰まったわたしは散歩へと繰り出した。 この街にはわたしのことを知る人は一人もいない。だからわたしは、すっぴんだろうがダサい格好をしてようが、誰の目も気にせず街を歩く。女でいたけりゃ口紅を塗って電車に乗ればいいけれど、最寄りでは着飾らずとも生活できるくらいが心地いい。 𓅮 𓂃𓋪 白線を踏みながら歩いていると、道の反対側からかわいらしい歌声が聴こえてきた。ランドセルを背負った女の子が「小さな恋のうた」を口ずさんでいる。今

        #06 わたしが恋をしたいのは

          #02 青くさいまま大人になりたい

          『いちいち泣いていられないから、 いちいち忘れる。 甘くない。 引きずらない。 もう、青くない。 おとなは、ながい。』 電車に揺られているとイオンウォーターの広告が目に入った。心がチクッとした。多くの友人たちのように会社帰りの新社会人だったら、もっとエモい気分になったんだろうな、と思う。 今のわたしにとっては、痛いとこをつかれたな、という気持ち半分、そんな「大人」像には逆らってやるぞ、という気持ち半分、というところ。 もう泣いてはいられないこと、 引きずっている

          #02 青くさいまま大人になりたい

          #01 孤独にさよなら、またきてね

          引っ越して二週間が経った。これまで自分が過ごしてきた環境が特異なものであったことを日に日に痛感する。 私が4年間暮らした町は、片田舎の学生街だ。近所をぶらつけば棒に当たるかのように友達に出くわす環境での生活は、まるでみんなで一人暮らしをしているかのようだった。今思い返せばあれは「楽園」だったなと、思ったり、思わなかったりする。 誰かの家に集まってみんなで食卓を囲んだり、友達とギターを背負って公園に行き、好きに歌ったりするのがわたしたちの日常だった。 そんなわけで、その町

          #01 孤独にさよなら、またきてね