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親を警察に連れて行く日

数年前の5月のとある日。

母親のかかりつけの心療内科に親子で来ていた。

「検査したところ、陽性だね」

「一週間以内にあなたのお母さんは覚せい剤を使用している」

そう言われた僕は、頭が真っ白になった。

なぜなら、僕ら親子はあとに引くに引けない状況になっていたからだ。

僕には15歳年下の妹がいる。


母親は一緒で父親は別の、いわゆる半分血がつながった兄妹だ。

僕は血がつながっていないものの、妹のことを愛していたし、よく動物園とか水族館とかスケートとかの遊びにも連れて行っていた。

当時、そのかわいい妹が児童相談所に預けられていたのだ。

原因は、母親が万引きをした事。
それも、妹がいる前でやって警察に捕まってしまったものだから、
「妹を万引きに利用したんじゃないか」
と虐待を疑われて児童相談所に行くことになった。

母親は色々と問題のある人だった。
万引き、ギャンブル、薬物依存、うつ病、虚言癖、家賃や電光熱費の滞納。

この心療内科に通っていたのも、この中の問題のいくつかが引っかかってのことだった。

院長先生から薬物反応が陽性だと聞いたとき、僕の中を色んな感情がハイスピードでぐるぐるしていた。

「3月に万引きを起こしてから、5月の今日まで何のために努力してきたんだ!」

「万引きをした駄目な母親でも、児童相談所に自分はまともな母親だって見せるんじゃなかったのか!」

「そのために、できない掃除をやれって言われて、ごみ溜めになっていたキッチンを洗って、虫だらけだった部屋をピカピカにして頑張っていたのに、薬物を使うってバカなんじゃないか!」

そんなことばっかり考えていた。

しかし、そこで気づいた。

違う、そうじゃない。

薬物を使っては、絶対に妹が帰ってこないって
そう分かっていても使ってしまうくらいに、
母親は薬物に依存していたんだ。

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母親の手を引っ張った。


薬物を使用し罪を犯した母親にけじめをつけさせる。
そのために、警察に連れて行かなければならない。
母親が拒んだため、怒鳴りつけた。

母親を怒鳴りつけるなんて、初めての経験だ。
どうして、子が母親を怒鳴りつけなければならないんだろう。

道中、母親は何度も嘘をついて、連れて行くのを止めさせようとした。

「彼氏の薬が入ってしまったのかも」

「そうだ、風邪薬が陽性と反応することがあるらしい」

「私を連れて行ってもいいけど、警官の勘違いで、やってもないのに捕まったらどうするの」

もう散々だった。
言ってることはめちゃくちゃだし、追い込まれた人間はこうも狼狽えるのかと、可笑しくなったり悲しくなったりした。
これが自分の母親なんだと思うと吐き気がする。


警察の前についた。

緊張しすぎて、時が止まったみたいに感じる。

横断歩道を渡ろうとしたとき、母親が真実を告げる。

「薬物を使用しました。」

本当の事を話したので、病院に戻ることにした。
医者からは事前にあることを言われていた。
母親がもし本当のことを言ったら、警察に行かずに戻ってきなさい。
病院で面倒を見るよ。と

母親は病院に戻ってからは大人しかった。
全てを認めてしまったからだ。

後日、心療内科から児童相談所に薬物使用の連絡がいき、案の定児童相談所には厳しい判断をくらった。
妹は自宅に戻ってくることはできなくなってしまった。
つまり、母親と認めてもらえなくなったのだ。

それからはあっという間に物事が進み、妹は離婚した父親の元で暮らすこととなった。
僕はその妹の父親と血が繋がっていない。
また、仲違いしているという事もあって、妹には会いに行けなくなってしまった。

妹に最後に会えたのは夏だった。
本来であれば小学校に通えたはずの期間。
3月から8月まで、妹は児童相談所で過ごしていた。

妹にはひたすら謝った。
妹に辛い思いをさせてごめん。
自分が力不足でごめんなさい。

妹はずっと口をつぐんでいたが、最後に一言だけ喋った。

「ばかぁっ!」

僕は今までの人生で、こんなにも自分の事を無力に感じた瞬間はない。

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数年が経ち、現在に至る。
それまでの間にも色んなことがあった。
結局母親は捕まったし、何故か自分の父親も捕まって、同じ週に両親の面会を行ったのは世界で自分くらいじゃないだろうかと、そんなことを思ったり。

僕は一人暮らしで相も変わらずあくせく働き、母親は釈放されてからは彼氏と一緒に暮らしている。
妹は家にいないけれど、今のところ母親は真面目に暮らしているようだ。

今日は成人式。

今は会えないけれど。
もし、もしも成人した妹が、自分と会ってくれるのであれば。
振り袖姿を見てみたいと思う。

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