【ミリしら】どちらにしろ彼は不惑を待たずに死ぬ。 #進撃の巨人10周年

よく来たな。俺は毎日配信されている進撃の巨人をコツコツ読んでいるが誰にも感想を聞かせるつもりはない。今日は、連載十年後の未来の視点からミリしら状態で一気読みした所見をここに記しておこうと思う。

なお、読書メモはこちらにまとめてある。

▼ミリしら 進撃の巨人一気読みの感想

なお、本記事は本来10年かけてじっくり浸透させるべきコンテンツを数日間でギュっと脳髄海綿を素通りさせて生じたモノであり、再読やアニメ視聴などで違った解釈が生まれる可能性があります。解釈違和上等。

『進撃の巨人』の三大ポイント

★解像度の高い人物描写
★外へ出ようとするほど三層頭蓋内側に引き戻される展開
★「壁」に封じられていたのはどちらなのか

★解像度の高い人物描写

進撃の巨人の最大の魅力は、その人物描写の精緻さだと思う。様々な名前がなさそうな人物にまで細やかな描写が施されており、極限状態での矛盾脱衣的な行動や無為な生き様の無情性、人は必ず見苦しく死ぬ、等の嫌世感と生き生きとした青春風景や好奇心や想像力の射出で育まれる人類の可能性が両立している。

それを可能としているのが解像度の高い人物描写であり、ちょっとしたしぐさや言動、画面内の立ち位置にいたるまで計算されつくしている。人間は一貫しない。立場は揺らぐ。同じ言葉や行動の意味が反転される。一貫するほど矛盾を孕む。単行本23巻以降が本来の「進撃の巨人」ではないかとすら思う。

★外へ出ようとするほど三層頭蓋内側に引き戻される展開

進撃の巨人は、大型モンスターパニック作品の新機軸!として売り出されたように記憶をしている。「スケールの大きな謎!斬新なアクション!ゴアな描写! ヤッター!暴力エンタメ好きのお子様ランチだ!美少年もりだくさん!!」 ところが、そのような展開は早々に引っ込み、中盤以降はひたすらに薄暗い内省的な展開が続くようになる。

そして、終盤にはいるとあからさまな思考SFの世界へ突入する。わかりやすい「一九八四年」の世界だ。

読者の期待と作者の書きたいものが異なるためストーリー展開は鈍重そのものだ。「進撃の巨人」は面クリア型の横スクロールアクションではない。キャラクターは、さらわれたり戻ったり突進したりさらわれたり取り返したりさらわれたり。10ヤードライン上を行ったり来たりする。

壁を乗り越えるたびに価値観が反転し、登場人物たちは何を信用して行動をすればよいのか自信を喪失していくという、青春のモラトリアム期そのものを体現している。大人たちが頼りにならない。少年たちは徒党を組み暴力に訴えかける。進撃の巨人の前半の主人公はモラトリアム国家そのものと言えよう。

国家規模でのふわふわ期において、強い動機は少年兵の疲労をポンと飛ばし思考を停止させる麻酔薬となる。「巨人を殺せ」「壁の外へ出ろ」「それですべてがうまくいく」強い言葉は麻薬だ。虹色の好奇心へ突き動かされて壁の外へ向かう。※

三層の頭蓋を突き抜けた先にあったものは、青春の終わりである。
「己の寿命や障害年収を知った時、それが青春の終わり」だとされている。

物語のスケールが広がるほど内省的になり革新は人の頭蓋の勾玉に収められている。勾玉の中には、また新たな壁の中の《世界》が存在することが匂わされている。

※ [コラム]『返校』とモラトリアム国家

台湾の白色テロ時代を描いたADVゲーム『返校』では、揺れ動く大人たちに失望した少女が「語気の強い」「革新的な」「男性教師」へあこがれて破滅へ突き進むというストーリーが語られている。革新的な強い言葉の陶酔感はすさまじく、虹色でありピンクであり、現実を忘れられるものだ。そして、少女は信じたい現実に対してのみ手を伸ばし、すべてが破滅へ向かっていく。

★「壁」に封じられていたのはどちらなのか

エレンたちが海へ到達して青春が終わった23巻以降、物語の視点は壁の外側に移る。物語発端部の真相が明かされ、超国家マーレが、パラディ島亡命国家を封じ込めるために巨人を放っていたことが明らかにされる。

なぜ世界は、小国である亡命国家を危険視していたのか。それはパラディ島の壁の中に眠る数千万の超大型巨人の存在だ。ちょっとしたきっかけで世界中を平地にしかねない。【地ならし】の発動可能性がある限り、人類に安息は訪れない。故に《巨人は駆逐されなければならない》!

本作の主人公の一人であるライナー。彼は劣る実力を虚構と努力で乗り越えようとする真の戦士である。彼は目的を果たそうとしたが、パラディ島勢力にも人間が暮らしていることを知り愛を識り、己のしたことを完全に理解したことで、すべてを失った。

とうに自己正当化の時期は過ぎ、残ったのは仕組みに動かされるだけの空っぽの青春の影に過ぎない。かつてはギンギンだった力も失い、ふにゃふにゃの不能男になってしまったのだ。不惑には程遠く、どちらにしろ彼は不惑を待たずに死ぬ。意味のない暴力がライナーを襲う。

ライナーは一番幸せに末長く老後を過ごして欲しいキャラクターだ。縁側とかでずっと。

彼らが壁で封じ込められていたのか。彼らこそが壁に守られていたのか。立場が変わって意味が反転した壁の意味がさらに反転していく。「壁」に封じられていたのはどちらなのか。暴力か報復か、自由への意思か。

ここでタイトルの意味が重要になってくる。

常に新たな道を切り開き、進もうとする「主人公特権」「人類の可能性」を持った巨人。それが『進撃の巨人』である。

何度もループを繰り返すこの世界で、少しずつ前に進み少しでも上向きにもがき続ける存在。らせんを描くように世界は廻り、やがて壁の外へ出ることができるだろうか。まもなく訪れる最終回は、リアルタイムで見届けることができそうだ。

今度は死なないでね。


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