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エンタメSF「あなたの人生の物語」(2003年の短編小説集)

テッド・チャン「あなたの人生の物語」を読みました。
短編のそれぞれが、エグいほどの切れ味を持った作品ながら、たのしい!たのしい!という読後感に包まれるという稀有な体験でした。

なお、現在Kindle版が 60%引きくらいで購入できる。(2/26時点)
「あなたの人生の物語」

それぞれがとても面白い短編であり、SF考証とエモーショナルな部分が高度に融合したエンタメであり、頭がゆだってしまうほど難解であり、ちょっととっつきにくく感じたとしても、とにかくテッド・チャンを信じて登るべき作品でしょう。

各短編の感想

それぞれの短編についてゆるく説明します。ビッとしたものがあったら読んで損はないはず。なお、私はSF理解力に乏しく独自の言語で(持っている武器だけで)山に登るタイプなので見当違いなことも多いと思います。

バビロンの塔 "Tower of Babylon"

いきなり最高。
世界の天井を目指して塔の建設を続けるバビロニアンの血と汗と涙の物語。その巨大さから人類の生態系は塔の中で完結しており塔の頂上に辿り着く前に力尽き塔から降りる前に寿命が尽きる。

やがて天井に辿り着いた人類は「ノアの洪水」を引き起こさないように天井の掘り進める方法を変えて、横に掘り、安全弁を用意しながらさらに縦に彫り上げていく。(マインクラフトでもこういうことをやった人はいるだろう?)そして……。

理解 "Understand"

いきなりSFバトルアクション。
死の淵から帰還した男は高度な知性を身に着けていた。その危険な悪の知能指数はIQ4649を超えて暴走を始める。世界を裏側から操り我欲のためにさらなる知性を欲するという誇大知性欲に取りつかれ始めてしまう。

一方、高度過ぎる知性は世界の裏側に居るもう一人の超越者の存在を探り当ててしまう。二人はやがて邂逅し互いの存在をかけた知性バトルを繰り広げることになる。

E? 映画化が予定されてるの……?(2014年の情報)

ゼロで割る "Division by Zero"

いきなり割り切れない関係。
メロドラマです。発生した内容はわかるんだけど、こうなんというか手心というか。ごめんなさい。私の理解が足りない。

あなたの人生の物語 "Story of Your Life"

いきなりネタバレ。
七本足の宇宙人(ヘプタボット/メッセージ星人)が地球に到来。言語学者と物理学者が翻訳に当たるという物語。語り部が己の娘に対し優しくて語り掛けるような口調でストーリーが進行していく。

白眉となるのは「過去の己と対話しながら未来の娘と語り合う」ような「時系列」という概念を振り払った「ヘプタポッドB言語」の影響による超感覚の描写であり、SF的な概念をもたない人(私だ)でも「感覚的にわかる」レベルまで寓話として落とし込まれているのがすごい。

ウォッチメンでいうドクターマンハッタンの視点であり、高度に俯瞰されたボードゲームのようでもあり、我々にとって一番近いのは超人的な麻雀漫画の玄人の視点でしょうか。(しかし、本作では作中人物がツキや流れに介入することはない)

映画「メッセージ/Arrival」の原作としても知られる。映画はかなりエンタメ的に山場を用意したりして頑張っていた印象。中国軍がヘプタポットとマージャンを通じてコミュニケーションをとれていた描写があるので、おそらく、むこうぶち人間とかジャンパイアが地球の命運をかけた麻雀勝負を行っていたんだと思う。高レートで。

七十二文字 "Seventy-Two Letters"

いきなりオカルトパンク!
72文字の「名辞」を操りゴーレムに意思を吹き込み操る名辞使い達。主人公の特別際立った名辞は大資本の「ある計画」に見初められて大々的に計画を実行する。そこへ産業の機械化に反対する職人たちが反抗してついには殺し屋を……というオカルトスチームパンクな世界観が大変な魅力。

青年漫画~YAノベルくらいの描写ラインで冒涜的な世界を描いていて、軍用ゴーレムとか様々なガジェットが存在していながら特に描写されることなく完結を迎えているので、ちょっと大富豪とかが本気を出して映像化してくれないかなという気持ちがたくさんあります。「セブンティートゥー・ヨガ」とか。カノン・ゴーレムの一斉砲撃とか好きでしょ? マトリョーシカドロイドの機銃掃射とか。

もちろんSF的なおもしろみもあるんですが、ちょっと筆が滑って面白くし過ぎたんではないかという疑念がありますね。

人類科学の進化 "The Evolustion of Human Science"

やや皮肉の効いたショートショートであり超人類を取り扱っている。

地獄とは神の不在なり "Hell Is the Absence of God"

いきなり天使災害降臨。
その世界は「神」に近く天使の降臨が頻繁に発生していた。天使が降臨すると「奇跡」が発生して周囲の人々は治癒、爽快感、天国確定チケットGet、死亡、地獄行き決定、欠損、喪失、事故を享受していた。ある者は妻を失い、ある者は生まれつき脚を失い、ある者には何ももたらされないという「奇跡」を受け取った。

天使が降臨した結果なんだから意味があるはずだ。人々は天使災害を共有してセラピー学級会を繰り返している。奇跡の結果、生まれつき脚を持たずに生まれた女性のエピソードが非常に皮肉が効いていて「脚がないのはこの姿で信仰を解けという神のメッセージである」とか言っていたのにいきなり再奇跡で脚が生えてくると態度がおぼつかず学級会のやり玉に挙げられてしまう。

弱者の間は何を言ってもよかったのに脚が生えたら「お前だけずるい!」「その姿は不完全ではないのか?」となって(いや、ほらこんな脚なんて飾りですよ、信仰にはなんら影響とかないんですよ)とか言い出しそうになってしまう。「ふざけるな!おまえ、奇跡を享受して置いてなんだその言いぐさは!」 ああ敬虔、敬虔小学校。

さらにニューロンを焼き焦がす「聖地」へ「巡礼」をする人々の存在が明らかになる。天使降臨率の高い聖地は天が割れ地が焦げ付き地脈は隆起して荒野となっており、そこで「奇跡」の目撃や治癒を求める光の追跡者(ライトチェイサー)が集うという、ややアホっぽい展開が待ち構えている。

彼らは私財を投げ打ち家を売り払いでかいタイヤのオフロード車両に乗って砂漠に集まる。マッドマックスだ。(なお、海洋聖地や地底聖地もあるようなので様々なバリエーションが期待できるぞ)楽しいのでこの場面だけでも映像化してくれないかなー。

やがて彼らは天使降臨を目指し願いを叶える者、叶わずに散るもの、何も起こらない者、不運と躍っちまうものが出現してひきこもごもになる。オカルト打法で人が死ぬ。ああ敬虔 敬虔小学校。

天国とは地獄とは。直接触れ合えない地獄と神の関係とは、純粋な信仰とは、という敬虔さや信念について語られて星新一的に終わっていく。

もう盛りだくさん過ぎておなかいっぱい。最高。
ニンジャヘッズ(ニンジャスレイヤーファン)的にはサツガイの降臨を追うブラスハートさんの気持ちが味わえて楽しいよ。
作中トリックの大ネタである「ヨブ記」もめちゃくちゃ面白いです。天狗裁きです。

顔の美醜について : ドキュメンタリー "Liking What You See: A Documentary", 2002

いきなり美人!
「相貌失認」に似た『美醜失認』を人為的に施された学園がある。
そこでは外見差別(ルッキズム)が存在せず平穏で「人間味の真実」を評価した人間関係が育まれていた。その機能の大学への拡大を試みる選挙が行われることになり、ドキュメンタリー的にインタビューを中心に騒動の様子が描かれる。

『美醜失認』機能は脳負担が少なく容易に導入、取り外しができて、機能ONの間は相手の顔が美容整形後のように見える。かといって相貌失認ではなく相手の個人特定に影響を与えず美術的な価値に対しても何ら損なわれることがない。選挙戦の後半では意識的に機能をON/OFFできる拡張の可能性が発表されるなど、利用者の心理的な障害を徹底的に排除してくるという親切さがある。

といった形で、読者のツッコミを十全に排除しながら純粋に学生生活をルッキズムから解脱した環境で起こり得る諸問題を面白おかしく描くエンタメ作品です。ホラーでありラブコメディであり、現代風にするとVTUBERが通うアバター小学校とでもいうなのかな。バーチャル蟲毒で出欠確認 嗚呼アバターアバター小学校。

気の利いたオチ、そして作者解説の「おれもやってみたい」という倫理観がガタガタしてる感じも含めて、めちゃくちゃ好きな短編です。

未来へ

超面白かった!
とにかく物語として面白いのでグイグイいける。エピソードも全て短編なので、わからなくてもよく噛まずに飲み込んでしまえばいいんだ。そしたら、再読する時に「あらかじめ到達するべき場所を知っている」ように最短距離で読めるようになるからグイグイ行けると思う。

グイグイいこう。そして「理解」しろ。


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