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希望についての掌編


プツッ…

そして瞬間訪れる暗闇。
ああ、いつものやつだな…そう心の中で嘯きながら、私は少しだけ肩を動かした。再び灯るのはLEDライト。少しだけ白熱灯の色味を模したものだ。

いつものことながら、まったく嫌になるね。ちょっと拾い読みした文章が面白くて熱中しちゃうと人感センサーが「人がいない」と判断してこうなっちゃうんだ。
あのライトが消えると、私も忘れ去られたような気分になり、正直言うとあまり心持ちは良くない。


そう、ここは私の働く会社の「トイレ」だ。
会社のトイレは色々なものを抱えた者が出入りしている。単に用を足したい者、あるいは食後の歯磨きと世間話に興じる者、そして束の間の逃避先として駆け込む者。
私は束の間の、合法的な逃避先としてこの箱を選んでいるのだ。


社会人の舞台たる自席のデスクは、今時の流行りからは距離を置くように衝立が立てられている。眼前には灰色の板。席の間隔は広く、後ろや隣の同僚とぶつかることもほとんどない。
そこは情報量を極限まで削った環境だ。人によっては牢獄に例える人も居るだろう。
それでも…私にとってはまだそこは、情報の洪水だ。

デスクに向かえば、衝立の向こうから聞こえる男女の話し声。あるいは輝くディスプレイに舞う色とりどりの絵文字。文字列。数式。URL。それら全てが私に「行動せよ」と働きかけてくる。これを8時間、まともに受け取れって?冗談じゃない。頭痛がしてくる。


そんな時、10分だけ、私は小さな箱の中に自らを仕舞うのだ。
そして、少しだけ間抜けな姿のまま、思考を泳がせる。

「仕方ないな、待っている人がいるし、そろそろ舞台に戻ってあげようか」

そうして、自ら扉を開く気力が戻るまで、その箱の中で待つのである。
希望とは、トイレの個室の扉を開くものなのである。

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