見出し画像

「誰が言ったか」よりも「何を言ったか/成したか」のほうが正直大事(※注:お食事中は見ちゃダメ)

どんなに嫌いな奴が言ったことでも「一理あるな」と思ったら人生の糧にするし、好きな人が言ったことでも「ちょっとそりゃねぇなw」と同じように言ったりしがち。こういう特性を持っていると「信仰の域に達している尊敬の対象」とか「ロールモデル」なんてものも正直なかったりして、この人が言ったらうんこでもかりんとうに見える!なんてそんなわけあるかオイ狂ってんのか貴様、って普通に思っちゃう。

ちなみに↓のかりんとうはガチで猫様の賜りしアレに見えるので私多分大丈夫。

そういう人間なので、新卒のときに付き合っていた彼氏が「○○さんのチームだから楽しく働ける!」とかキラキラしたことを言うのを聞くたびに無性にイラッとして「じゃあその○○さんが『死ね!』って言ったら死ぬのか貴様は。思考停止の極みだな。その立派な脳みそはなんのためについてんのか?ああ?」に近い台詞を普通に言っちゃってた結果、私がジョブホッパー人生へ踏み出すタイミングで向こうが疲れ果てて別れることになったので、それはそれは悪いことをしたなぁと思う。反省はしているが後悔はしていない(非常にあかん)

ちなみに私自身、この手の地雷が多い方だと自覚しているのものの、夫ちゃんには一度もその手のヤバい台詞吐いたことがない。彼は毎日接近戦で普通に生きながらに私の地雷を無効化するというとんでもないスキル持ちなんです。結果、平和な家庭生活を4年くらい営めていて、私のほうが正直びっくり。相性というのは間違いなくあるんだと思います…。

こればっかりはどうしても相容れなくて、私が心惹かれるのは「何をしてきたか」「何を成そうとしているか」のみ。どんな世界をつくりたいのか。矛盾だらけのこの世界に何を成したいのか。この野望の強度と具体性と、それを完遂するための仕組みを完徹しているか、ただそれだけ。

人なんていうものは気軽に変節するし、信仰するにはあまりにも脆い。好ましい集団/チームがずっとその姿のまま在るなんて幻想、どうやったら信じられるのか。好ましい人はその好ましさ故に壁の外から求められて、新しい場所に旅立つ定め。ただそれだけのこと。そんな無常に対して、自分は壁を攻略するのか、登るのか、ぶち割るのか、穴を掘って地下から抜けるのか、人外になってルールの外に超えていくのか、自分の頭を振り絞って考えて決めればいいだけだ。壁の中でただ自らを憐れんで、策を失って鳴くだけなんて無様な選択肢は取るまい。

ただ従うだけだなんて面白くもなくて、でも壁の外に飛び出すには脆弱だということも自覚していて、単に実践練習がしたいだけなんだ。私じゃないと作れない世界が欲しくて、それを手伝ってくれそうな仲間が欲しくて、いろいろまだ足掻いているんだろう。行けるところまで行ってみるか。

いただいたサポートは個人活動の運用・改善の原資に充てられます。 ★サポート機能で「ブラック企業アラート」サービスを始めました!詳しくはこちらのnoteからどうぞ→ https://note.com/ubon_ratchat/n/n44eb4c6cf958