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劇場

昨日の朝、ステートメントについての講座を聞いていたら、
この杉本博司についての話が出てきたので、
懐かしいなと感じて調べてみた。
杉本博司という世界的に有名なフォトグラファーなのだが、
(実のところ、私自身、写真教室に通わなかったら知らなかった方だったが)
この方の有名な作品の一つに「劇場」がある。

「映画劇場」杉本博司

カメラの渋りを全開にして、かつ2時間シャッターを開きっぱなしにして、2時間くらいの映画の上映シーンを1枚の写真として撮影したものだ。
そこに映し出されたのは、単にスクリーンが真っ白なだけの古い劇場が写っているだけ。
形で見るならそう見える。

でもこれを一人の人生として見るなら、
あんなことがあった、こんなことがあった、
これにはこういう嫌なことがあった、楽しいことがあった、
そんなふうにいろいろな意味付けが各シーンに描かれていたけれど、
結局のところ、そのすべてを重ね合わせたら、すべて光でしかなかった。
今、そう感じた。

この「劇場」に杉本博司がつけたステートメントをコピペしておく。

私には自問自答の習癖がある。自然史博物館の撮影を始めた頃のある晩、私は半覚醒状態である一つのビジョンを得た。そのビジョンに至る自問はこうであった。「映画一本を写真で撮ったとせよ。」そして自答は次のようであつた。「光輝くスクリーンが与えられるであろう。」私はさっそく与えられたビジョンを現実に起こすべく、実験に取りかかった。イーストビレッジの1ドル劇場に、旅行者を装って大型カメラを持ち込むことに成功した。映画が始まったのでシャッタアを開けた、絞りは取りあえず全開だ。2時間後、映画の終わりと共にシャッタアを閉じた。その晩、現像をした。そしてそのビジョンは、赫葯として私の瞼の裏に昇った。

杉本博司



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