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#01 エストニア③ “仮想移民”とデザインが導く新たな展望

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
最初の訪問先は、“世界最先端の電子国家”として発展を遂げたエストニア共和国。
日本にいながらにしてエストニアで会社を設立できる!? 驚くべき仮想移民政策「e-Residency」担当者と、“エストニアらしさ”を追求するデザイナーたちにインタビュー。イノベーションの種を探ります。
▶︎ 前編 ② 「Skype」を生んだ“スタートアップ都市”
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バーチャル国民で1千万人をめざす、仮想移民政策「e-Residency」

エストニア政府が推進する電子国家政策のなかでも、最も先進的かつ実験的な試みとして注目を集めているのが、デジタル上の仮想移民ともいえる「e-Residency」の取り組み。なんと、2025年までに登録者数1千万人という驚くべき目標を掲げています。
この政策のコンセプトや目標について、ビジネス開発チームの責任者(Head of Business Development)を務めるジョエル・バーク(Joel Burke)さんはこう語ります。

「e-Residency」とは、現在約130万人のエストニア国民が利用しているさまざまなオンラインサービスを、世界中の人に活用してもらうための取り組みです。エストニアでは投票や納税、免許証の発行など政府系のサービスのほとんどが電子化されていてオンライン上で手続きが完結しますが、そのメリットをエストニア国民以外の人々にも提供しようと考えられた仕組みです。
申請者はエストニア国外にいながら、オンライン上の手続きで「e-Residency」の電子居住権を獲得できますが、その最も大きなメリットとしては、エストニアで会社の設立が可能になること。エストニアはEU加盟国のため、広くEU圏内でビジネスを展開できるようになるわけです。
また、電子居住者からの相談に応えたり、電子居住者同士の交流や情報交換を図るためのオンライン・コミュニティ・プラットフォームも開発中で、現在は限られたメンバー向けにβ版を試験提供中。今後はエストニア国内で365日間の就労が可能な「デジタルノマド・ビザ」の発行も予定しています。

「e-Residency」メンバーのためのオンライン・コミュニティ・プラットフォーム(β版画面)。電子居住者たちがエストニアでのビジネスにまつわるノウハウを共有するなど、仮想移民同士のコミュニティを育む試み。

ジョエルさん「私はアメリカのカリフォルニア出身で、『Jobbatical(ジョバティカル/記事②参照)』を利用して今年2月からタリンでこの仕事に就きましたが、政府組織にもかかわらず、いまのチームメンバー十数名のうち半分が自分と同じく外国出身です。また、この街に住んでみた印象として、うまくいっているのは公共交通機関。トラムでどこでもすぐに出掛けられるし、タリン市民なら無料で乗車できますから、環境に配慮して車を持っていない人も多いですね。私自身、11年前にもタリンを訪れていますが、街の景観であれ、人々の意識であれ、とにかく驚かされるのは変化のスピードの速さ。本当の意味でイノベーティブな環境がここにはあると思います」

“エストニアらしさ”を問うデザイン「Estonian Design House」

これまでのリサーチを通して、政府とスタートアップ企業が両輪となり、エストニアの躍進をデジタルインフラの側面から後押ししていく大きな仕組みが見られました。その一方で、住環境から都市の労働環境まで、暮らしを取り巻くさまざまなモノやデジタルテクノロジーと人々をつなぐインターフェイスなどのデザインは、どのような発展を遂げているのでしょうか。
エストニアのデザインを世界へ発信し、起業家とともに新規事業の創発を担うなど、同国のデザイン振興に取り組む「エストニアン・デザイン・ハウス」を訪問し、オーガナイザーのイローナ・グルヤノーヴァ(Ilona Gurjanova)さん、カーデザイナー/プロダクトデザイナーのビヨルン・コー(Björn Koop)さん、建築家のユラー・マルク(Ülar Mark)さんに、それぞれの見解を聞きました。

「Estonian Design House」メンバーへの取材場所となったコンテナ住宅『KODA』の外観。

イローナさん「エストニアは1918年にロシア帝国から独立後、40年から半世紀にわたるソビエト連邦による占領を経て、91年に再独立を果たしたばかりの若い国。いまはデザイン面でもアイデンティティを模索しているところで、ようやく『自国のデザイナーが手がけたプロダクトを手に入れたい』という人が増えています。私自身は機能的でミニマムな日本の建築のスタイルが好きですが、これらは隣国であるフィンランドのデザインとも共通する要素です。実際に、エストニアのデザインはフィンランドのものとよく似ている。フィンランドとは民族的な背景が共通していることもあり、美意識的にも同じルーツを感じますね。その上で私が考えるエストニアらしさとは、木材やウール、綿、麻など、自然素材を使ったものづくりに人間らしい発想を組み合わせる姿勢にあると思います」

取材が行われたコンテナ住宅『KODA』にて。北欧デザインに通じるシンプルかつ機能美を生かしたプロダクトが目を惹く。

ビヨルンさん「IT業界とデザイナーとの協働が活発化していることを背景に、エストニアではIT特有のスピード感の速さがデザイン界にも大きな影響を与えています。一方、街という視点でいえば、ITでさまざまな利便性が発達したからこそ、人と直接会うことがより大切になってきたと思います。タリンにいれば、子どもを学校へ送って仕事へ行き、街の反対側で友達とランチをして仕事に戻り、子どもと帰宅する……といったことが徒歩で完結できる。小さい街だからこそ、ワークとライフを一致させやすいことが暮らしの喜びにつながります。やっぱり街という場は、さまざまな人々が集うことのできるミーティングポイントとして機能するべきだと思うんです」

ユラーさん「いまみなさんがいるこの建物は、私が設計したコンクリート製のコンテナ住宅『KODA』です。エストニアの建築業界の仕組みは残念ながら、ソ連の支配が始まった100年前の状態から抜け出せていません。こうした状況に対して『KODA』では、統一規格の部材を使いながら住宅からオフィス、カフェ、ホテルの客室まで、さまざまな用途に即した展開が可能な仕組みを考えました。大切なのは、このような“ちょっとした工夫”をどうやって形にするか。いまの暮らしはテクノロジーの恩恵抜きには語ることができませんが、その一方、SNS中毒の治療のために医者にかかるような状況が生まれている。テクノロジーの奴隷になるのではなく、それをどうやって使いこなすかという意識を忘れないことが重要だと思います」

 豊かな土地に恵まれながらあえてコンパクトなコンテナ住宅を提案するなど、話の内容は彼ら自身のアイデンティティに始まり、物質的な充足ではなく簡素さの中でいかに幸せを見いだすかという思想へと及んだ。 


→ 次回  01 エストニア
④ “負の歴史”に立ち向かうクリエイション


リサーチメンバー(エストニア取材 2018.8/12〜14)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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