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#03 徳島県神山町④ 地域とサテライトオフィスの幸福な関係

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
エストニア、デンマークに続く第3の訪問先は、国内外から移住者が相次ぐ徳島県の神山町。
IT企業をはじめ、16もの会社があえてこの地にサテライトオフィスを構える理由とは何でしょうか。
その第1号となった「Sansan神山ラボ」を訪問。リサーチメンバーの気づきを通して、神山町から学ぶべき、地方の新しいあり方が見えてきます。
▶前編 ③ すべてが“自分事”になる豊かな暮らし
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神山町のサテライト拠点第1号「Sansan神山ラボ」の試み

徳島県名西(みょうざい)郡神山町。四方を山に囲まれたこの小さな町にIT企業が次々にオフィスを開設し、珠玉の古民家ビストロや、こだわりのコーヒーロースターなど、新たなコミュニティが生まれているーー。
東京からの移住を経て、ここでしかできない働き方や経営の実験に取り組む「カフェ オニヴァ(Cafe on y va)」のオーナー、齊藤郁子さん(記事②参照)の案内からスタートしたフィールドリサーチ。続いては、神山町の名をIT業界で広く知らしめるきっかけとなった、ある1軒の古民家へ。

クラウド名刺管理サービス『Sansan(サンサン)』『Eight(エイト)』を展開するSansan株式会社のサテライトオフィス「Sansan神山ラボ」。築70年以上の伝統的な瓦屋根の木造住宅をリノベーションした建物です。同社が2010年にこの拠点を構えたことが呼び水となり、IT企業やデザイン会社などのサテライトオフィスが続々と誕生。現在では16社を数え、コワーキングスペースにも15社が拠点を置くようになりました。
なぜSansanはこの場所にオフィスを構えたのか。その取り組みは、どのように地域へ受け入れられているのか。4年前から「Sansan神山ラボ」に常駐勤務する大石宗貴さんに話を聞きました。

「Sansan神山ラボ」にて、大石さんへのインタビュー場所は桜の木のまわりに設えられたウッドデッキ。古い日本家屋ながらセキュリティ体制を整え、母屋と納屋、牛小屋に囲まれた庭にはハンモックが吊されるなど、集中とリラックスを両立する工夫が随所に見られる。

大石さん「このオフィス開設のきっかけは、代表取締役社長の寺田親弘が人づてに神山を訪れ、地域づくりに取り組むNPO法人グリーンバレーの理念に共感したこと。建物は建築家の須磨一清さんにリノベーションを依頼したものですが、新卒研修や営業メンバーのチームビルディング、プロダクト開発のための合宿など、予想を超えて活用の度合いが高まったことから、20名程度が宿泊可能な母屋に加え、元は納屋だった建物や、牛小屋に鉄骨を組み込んで幹部用の会議室へと改装するなど、合わせて3棟の建物をオフィスとして使用しています。

ここにオフィスを開設した目的を一言で表すなら、自然に恵まれた環境に身を置き、常駐メンバーと本社から訪れたメンバーが食事をともにしながら仕事に取り組むことで、転地効果が生まれること。実際に『通勤時間など仕事の妨げになるものがなく、存分に集中できる』という声が多く聞かれます。4年前まで東京の本社勤務だった私自身も、ここへ来て生産性が上がったと実感しています。月に2回ほどは東京や大阪へ出張するものの、本社とのやりとりはWebミーティングが中心で、とくに支障はありません。

むしろリモートワークである以上、着席時間の長さに関わらず作業の成果が評価に結び付くため、短い時間で集中して仕事に取り組むようになりました。さらに、田舎ならではの働き方が可能なこと。例えば、朝5時に起きて畑へ行き、朝ご飯を食べて会社へ行く。終業時間になったらまた畑へ行き、息子を保育園へ迎えに行って、そのあとまた仕事をするといった感じですね。
弊社としても、ここでサテライトワークの効果と新たな働き方の可能性を見いだした結果、現在ではイノベーションをコンセプトに町家を改装した京都の「Sansan Innovation Lab」など、新たな拠点のネットワークを広げています。

母屋は和室に寝泊まりしながら働くスタイル。一方、土壁の牛小屋はガラス張りのキューブを組み込み、幹部用のミーティングスペースとして使われる。

また、地域の人々との関わりでいえば、野菜の育て方を教えてくれたり、息子の面倒をみんなで見てくれたり……。私も町内の阿波踊り連や消防団に参加したりしています。移住者が多いことについては、3Dプリントの工房があったり、人形浄瑠璃とデジタル表現の融合を試みているクリエイターがいたりと、“田舎に最先端の人たちがいる”という状況がとても面白い。顔なじみ同士で力を合わせることもできるし、自然の中で一人で考え事もできる。そんな“空間の余白”があることが、この町特有のクリエイティビティにつながっているのではないでしょうか」

移住者の目線から、地域と人々のあるべき関係性を考える

風土に根差した暮らしを受け継ぎながら、IT企業のサテライトオフィスや古民家ビストロなど、移住者たちの自由な感性を柔軟に受け入れ、新たな文化を育む神山町の姿。移住者の視点から見えてきたのは、あらゆる関係性を“自分事”として受け止め、主体的に関わっていこうとする人々のポジティブな気運でした。
ここから私たちが学ぶべきこととは何でしょうか。これまでの体験を振り返り、そのなかで得た予感や発見をまとめました。

リサーチメンバーの気づき:

消費から創造へのマインドシフト

神山町へ移住した方々の話から浮かび上がってきたのは、地域活動への参加や歴史ある建物の保存、森を守るための取り組みなど、地域貢献への高い意識だった。そこで感じたのは、「町に対して何らかの形で関わりたい」という主体性の高さ。その意識が出発点となって、生活の中で創意工夫を重ねる姿勢につながり、同じ意識を持った人々とのコミュニケーションが加速していく状況が見受けられた。
一方、大都市で生活をしていると、利便性が高いがゆえに受動的な消費者としての行動が多くなってしまう。少しだけ立ち止まって状況を見つめ直すことで、神山町の人々のように必要なものを自らで創り出したり、地域の活動に参加したりするなど、まずは身近な所に目を向けることが重要かもしれない。そのなかから、人とのつながりや信頼関係のように使えば使うほど高まっていくものがまわりに形成され、より豊かな生活に近づくことができるのではないだろうか。
消費から創造へのマインドシフトが生まれ、人々が自らの意志で主体的な存在になっていく町。その状況がどのように創り出されたのか、地域の背景についてより深く知る必要があるだろう。

多様性を受け入れる人々の気質

大都市や海外から訪れた人々と、山々に囲まれたいわゆる田舎の人々という、一見相容れないように見える人同士の交流を円滑にしているのは、外から来た人の新しい価値観を柔軟に受け止め、面倒見よく接する神山町の人々特有の気質だった。
お遍路文化が根付くこの町の歴史だけでなく、さまざまなモノやコトを惜しみなくシェアする人々の精神も、この土地のコミュニティにおいて重要な要素に感じられた。
その視点を糸口に、神山町の人々の関係について理解を深めていくことで、街づくりにおける新たなコミュニティのあり方が見えてくるかもしれない。

大自然の中のライフ&ワーク

テクノロジーの進歩により、ネットさえつながればどこにいても働くことは可能になってきている。神山町でも、整備された高速インターネット回線などのテクノロジーインフラの向上を機に、都市部とつながるサテライトオフィスが増えつつあった。
自然環境の豊かさを身をもって享受しながら仕事をするという、大都市にはない新たな働き方。都心勤務の大きなストレスとなっている満員電車での移動も必要なく、子育てのための環境としても魅力的である。
しかし、ここで実践されている新たな働き方はそれだけに留まらない。地域の人とゆるやかにつながること、外部から訪れる人々と出会い、最先端の感性に触れることのできる環境が構築されている。自身のライフとワークをより充実させることのできる”人とのつながり”が、ここにはあるのだ。
また、「劇場寄井座」や、「オニヴァ山」の森の中に吊されたハンモックは、仕事場でも家でもない町の中のサードプレイスとなり、生活の豊かさを高めている。町の中に“余白”が存在するということ、その重要性についてもさらに掘り下げて見ていきたい。


→ 次回  03 徳島県神山町
⑤ アーテイストという名の“未知との遭遇”


リサーチメンバー (徳島県神山町取材 2018.10/1〜2)
主催
井上学、林正樹、竹下あゆみ、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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