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カニ味噌とシュシュ

大好きだった。大好きだった。
大好きなんだ。
今でも。

喧嘩の後、別れを告げられ、ぼくが住んでいるメゾンを出て行く彼女。
ショックで視界がぼやけながらも瞳に映るのは
ぼくがなんでもない日に彼女にあげたシュシュ。
眺めた。ひたすら眺めた。
眺めることかれこれ3時間。3時間とちょっと。
ぼくはおもむろに立ち上がり、おもむろに冷蔵庫の前に立ち、おもむろに冷蔵庫を開けた。
そして、スカスカな冷蔵庫からカニ味噌の缶詰めを取り出した。
カニ味噌を持って1Kの1に戻り、座る。
座った。ひたすら座った。
座ることかれこれ30分。30分とちょっと。
ぼくはついにカニ味噌の蓋を開け、ちゃぶ台の上に転がっていた割り箸でシュシュを掴み、カニ味噌にくぐらす。
まさにからしみそに鱧の湯引きかのようなくぐらせ方だった。
カニ味噌にシュシュをくぐらす。
くぐらすだけくぐらして、そのシュシュをちゃぶ台にそっと置いた。
少し距離を取るため1KのKに移動し、サッカー選手の試合前の写真の一列目のような体勢、下校児童を見守る黄キャップボランティアおじいのような目でカニ味噌シュシュを見守った。
見守った。ひたすら見守った。
見守ることかれこれ3分。3分とちょっと。
突然息苦しくなり、呼吸が乱れ、心拍数が跳ね上がった。
こらあかん横なろ、と思い、壁をつたいながら1KのKから1に移動した。
その途中ポスターの佐々木蔵之介と目があったので念のためHi-Fiveした。

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