特化

:アイズ: シロロ、ハントの回復 それとこのボス、隠し属性がある
:シロロ: オッケー
:ハント: サンキューシロロ! リンタ、炎系バフのアイテム取って来れるか
:リンタ: 任せろ、最短距離を突っ走ってくる

:アナウンス: ボスを撃破しました おめでとうございます

:アイズ: やったー、やっぱりヒーラーが居ると違うね
:ハント: シロロのおかげで助かってるよ
:リンタ: 今回のクラン対抗戦、割と良いとこまでいけそうだな

:シロロ: ありがとう、僕も皆に助けてもらってるよ

文章を打ち込みエンターキーを押すと、クランチャットに僕のメッセージが表示された。
いま日本で大流行しているMMORPG、そこで僕は「シロロ」というハンドルネームのヒーラーとして、結構有名なクランに所属している。と言っても、毎イベントトップランクに常駐している強豪クランってわけではない、うちのクランの実力は高く見積もっても中の上程度だ。僕らが有名な理由を知ってもらうには、まずこのゲームのシステムから話さなければならない。

このゲームは「パワー」「スピード」「マジック」等といったプレイヤーキャラクターの基礎となる能力値を1から10000まで振り当てることができる。それに装備アイテムやアビリティ、強化呪文を付加することで、更に能力を向上させることができるのだ。パワーが一定値以上ないと使えない武器や、マジックの能力値が不足していると唱えられない呪文もある、といった感じだ。プレイヤーは通常、能力値のパラメータをバランス良く、メインで使いたい能力は少し多め程度に振り分けるのがセオリーだ。そうすれば多くのアビリティも使えるし、剣と魔法の二足の草鞋を履くことも可能だ。
僕らのクランが有名な理由は、メンバー全員がその「セオリー」を完全に無視したキャラクター育成を行っているからだ。
ハントはパワー完全特化の戦闘狂、彼に装備できない武器はない。力こそ全てを体現したようなその姿に憧れて、育成方法を真似するユーザーもいるほどだ。
アイズはサーチ「索敵」全振りの千里眼の持ち主。全ての能力の中で誰しもがぶっちぎりで疎かにしている索敵の能力に特化している物好きなサポーター。非公式でこのゲームの検証を行なっている組織の中でも「索敵値は500もあれば充分」と言われているこの能力値だけ見れば、アイズは間違いなくトップに君臨している。
リンタはスピードこそ命と考えている。その速さで敵を撹乱し、ハントが一撃を叩き込む隙を作り出す。アイズが遙か遠くのレアアイテムを発見した時、リンタの姿はもう見えなくなっている。この連携には誰も追いつけない。
そして僕、シロロは回復や能力強化に突出した白魔道士。明確な戦闘要員が鈍足なハントしかいないこのクランにおいて、割と重要な役割を担っている。セオリーの存在を知らず、マジックの能力値だけをとにかく上げまくっていたところをアイズに誘われ、このクランに加入した。こんな能力値だけど大丈夫ですか? とメッセージを送る前に三人のパラメータを見て、納得した。

そんな一癖も二癖もある三人と一緒に冒険を始めてからもう一年になる。いま行われているクラン対抗のイベントクエストは、新たに実装されたマップで未知の敵を倒し、ポイントを稼ぐというもの。クランが全滅した瞬間これまで稼いだポイントはゼロになり、ランカー報酬のレアアイテムから一気に遠ざかることになる。当然敵はダンジョンの深部に行くごとに強くなるが、獲得できる経験値やポイントも高くなる仕様だ。自分たちの実力を試すために、数十万のクランが今回のイベントに挑んでいる。

:ハント: アイズ、今の俺たちのランキングは?
:アイズ: 1544位、さっきのボス倒す前は2057位
:シロロ: ランクの上がり方が顕著になってるね ボス一体で500アップか…
:リンタ: こっからが正念場ってわけだ、引っ掻き回してやる
:アイズ: 1000位以内に入ればランカー報酬はレアになるけど、私たちの実力的にはどうだろう 次の敵はもっと強いし、ここでドロップアウトするのも一つの手
:リンタ: えー!
:ハント: シロロはどうする?
:シロロ: 僕は先に進みたい、回復は任せて
:リンタ: そうこなくっちゃ!
:ハント: 俺もシロロに賛成、アイズは?
:アイズ: わかった 私も最後まで皆についてく

その後僕らのクランは今までで最高の連携を見せ、最終ランクは820位という結果だった。大健闘だ。他のクランの連中からも祝福され、良い気分だった。
三人が寝落ちした後も僕は興奮が冷めず、ユーザーがオープンにチャットを楽しめる集会場にいた。すると、こんなチャットが流れてきた。
「あの能力特化のクラン、凄かったな」
「でもバランス良く育成してたらもっと上狙えたかもしれないのに」
「俺はああいうのロマンあって好きだけどな」
「またトップは廃神がいるクランだぜ、つまんねーな」

翌日、僕がいつものようにログインすると、三人が待ってましたとばかりに話しかけてきた。
:アイズ: ねえシロロ、祝勝会しない?
:ハント: シロロがこのクランに加入してだいぶ経つしな
:リンタ: つまり『オフ会』だ
僕は二つ返事で了承した。とんとん拍子に話は進み、今週末にオフ会をする事になった。初めての経験だったが、共に冒険してきた仲間と現実で顔を合わせる事に抵抗はなかった。
週末、電車を乗り継いで待ち合わせ場所へ向かう。電車に揺られながら僕は、集会場で流れてきたチャットを思い返していた。三人の能力値がなぜあんなに偏っているのか、会ったら訊いてみよう。約束した場所に到着し彼らの姿を見た時、その質問は答えに変わった。
「よう、シロロ」
僕に向けて手を振る二十代後半くらいの男性。筋骨隆々の戦士ハントは、片腕がなかった。
「ようやく会えたなシロロ」
車椅子で駆け寄ってきた少年。電光石火のリンタは両脚の膝から下がない。
「これで四人全員集合だね」
白い杖を持った女性。広いフィールドをどこまでも見渡していたアイズは盲目らしかった。
ゲームの中のキャラクターはもう一人の自分自身であり、僕たちはその「もう一人の自分自身」に希望を乗せて冒険していたのだ。
「シロロ、その頭の傷、手術痕か……?」
 躊躇いながら問いかけてきたリンタに、僕は答える。
「脳の病気なんだ。快復する見込みはないけど、みんなから勇気をもらったよ」

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