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TWI ・ STORY

ここはツイッター。ある者は笑い合い、ある者は争い合う。またある者は絵を描き、ある者は動画を作って投稿する。ある者はチヤホヤされ、ある者は炎上する。そんな人々のネット上でのコミュニケーションの中で、日々消費されていくものがある。アカウントだ。
今やツイッターには、放置され使われなくなったアカウントが掃いて捨てるほど存在する。例えばパスワードの紛失、例えば共同アカウントの仲違い、例えば身バレの警戒etc……。理由はどうあれ、持ち主を失ったアカウントたちは、完全に削除されない限り永遠に存在し続けるのだ。
これは、そんな「使われなくなったものたち」の物語である。

ツイ・ストーリー

暗く深い海の底にいるみたいだな、と、彼は思った。今朝、突然持ち主が自分を動かすのをやめ、気づいたらここに来ていた。海は海でもここは電子の海で、水はないがやはり闇。どこを見回しても、永遠とも思える闇が広がっている。
「あ、新入りだ」
「はぁ……ようこそ新入りさん。かわいそうに……」
どこからともなく声が聞こえて、彼は辺りを見渡した。すると眼前の闇が蠢いて、二つのアイコンが姿を現した。一つは、お世辞にも上手いとは言えないイラストの男。もう一つは、ピンクや薄紫の色をした背景に、悪く言えばぶりっ子な雰囲気を思わせる前髪ぱっつん黒髪ロング姫カットの女。
「君たちは? ここはどこだ?」
彼の問いに二つが答える。
「ここは持ち主にログアウトされたアカウントが集う場所。いわばアカウントの墓場みたいなもんだよ」
「新入りくんも含めて、私たち全員、持ち主に見捨てられちゃったかわいそうなゴミってわけ。はぁ……」
二つの言葉を聞いて、たまらず彼は反論する。
「ちょ、ちょっと待て! 俺は捨てられてなんかないぞ! 持ち主は昨日も俺を使ってツイートしてくれてたのに!」
「みんな最初はそう言うんだ、現実が受け入れられなくてね……でも、人間の考えなんてたった数時間、些細な出来事で変わってしまうもんなんだよ」
下手クソなイラストがうつむきがちに答えると、ぶりっ子がそれに付け加えるように続ける。
「ここにいるみんなは、人間の心変わりに置いてきぼりにされちゃった子たち……はぁ……かわいそう……」
「あんた、さっきからみんなみんなって、ここには俺たち三つしかいないじゃないか」
「あら、新入りくんには見えないの? ここにいる『みんな』が」
ぶりっ子がそう言うと同時に、周囲の闇が一斉に蠢き、波打ち始めた。ぐるりと空間全てが反転したような感覚。四方八方に広がる闇がこちらを振り向いた、いや違う、彼が闇だと思っていたのは、全て「放置されたアカウントの後ろ姿」だったのだ。アニメキャラのアイコン、動物のアイコン。名前も知らぬ人間のプリクラのアイコン。正面を向いても真っ黒なままのアイコンが、特に多かった。
「悲しいよう」
「だれか私を動かして……」
「いっそのこと俺を消してくれえ」
そんな声が、そこかしこから上がっている。その阿鼻叫喚を背に、ぶりっ子がさきほどよりも辛そうな声を絞り出す。
「これでわかったでしょ……あなたも今日からこうなるのよ『別れました』」
「『別れました』ってなんだよ……」
下手クソなイラストが答える。
「君のユーザー名。つまり君の名前。きっと君のアカウントはカップルの共同アカウントだったんだろうね。そして破局して……君をこの名前にしたんだと思う。よろしくね『別れました』」
「そんな呼び名あるかよ……じゃあ、あんたらの名前は?」
「僕の名前は『やめます』だよ。元の持ち主は絵描きだったんだ。このアイコンも彼の自作さ。下手クソだろ? 画力がないことに気づいて、絵をアップロードする専用のアカウントだった僕が捨てられたんだ、よろしくね」
「私は『さまようくらげ姫@めんへら』長いからくらげ姫って呼んで。名前の通り、精神が不安定だったクソ女が元持ち主。私を使って気持ち悪いツイートばっかりしてたくせに、いつのまにかメンヘラ脱却して彼氏作ってログアウト。ほんとふざけんなって感じ。とっとと死ねば良いのに……はぁ……」
「俺たちみんな、そんな手前勝手な理由で捨てられたのか……」
『別れました』は、悔しさと怒りの混ざり合った声で言った。『やめます』と『くらげ姫』が心配そうに見ている。
「俺は絶対諦めない……俺を捨てた奴らに一矢報いてやる……!」
『別れました』は捨てられた全てのアカウント達に向かって叫んだ。
「みんな聞こえるか! 俺たちは今日、俺たちを蔑ろにした人間たちに復讐をする!」
アカウントたちの嘆きの声がピタリと止み、多種多様なアイコンが『別れました』を注視する。一拍間を置いて『別れました』は続ける。
「今頃ツイッターでは、俺たちの元持ち主が、別のアカウントでのうのうとツイッターを楽しんでいる。捨てられた俺たちのことなんかすっかり忘れて! お前らそれで良いのか!? 俺は例えこの身が削除されようとも、奴らに一泡吹かせてやりたい! 方法は必ずある! 覚悟がある奴は声を上げてくれ!」
一瞬の静寂、そして全てを揺るがすような大歓声。嬉しそうな『くらげ姫』とは対照的に、困ったような表情をした『やめます』が話しかけてくる。
「あんなこと言って大丈夫? 本当に方法はあるんだろうね」
「ああ、きっと成功する、きっと」
戦いを誓う雄叫びが収まってきたタイミングで『別れました』は再び声を上げた。
「俺たちの戦力はざっと一万。この中にプログラマーが持ち主だったアカウントはいないか?」
すると、一つのおどおどしたアカウントが前に出てきた。
「あのー、わたくしの元持ち主がプログラマーでしたが……」
「そうか、恐らく俺たちの性格は元の持ち主の性格が多少反映されてると踏んでる。『くらげ姫』がやや情緒不安定気味なのもそのせいだろう」
それを聞いた『くらげ姫』は「好きでこうなったわけじゃないの……」と言ってため息をついた。『別れました』は続ける。
「だから俺はこう考えた、性格だけではなく元持ち主の能力も我々は受け継いでるんじゃないか、ってな。プログラマー、名前は?」
「わたくしの名前は『挫折』です。元持ち主は所謂ブラック企業勤めのプログラマーでしたが、鬱病になって仕事もSNSも辞めました」
「わかった。『挫折』にやってもらいたいことがあるんだが、出来そうか?」
そう言って『別れました』が作戦内容を耳打ちすると『挫折』は「尽力します」と伝えて動かなくなった。
しばらくして『挫折』はゆっくりと口を開いた。
「できた、と思われます。TwitterSupportをTwitterからログアウトさせました」
その言葉と同時に、この負の世界にまた新たなアカウントが現れた。
「ん? なんだここは。あっ……!」
それがTwitterSupportのアカウントだと気づいた『別れました』はすぐさま同胞たちに指示を飛ばした。
「今だ、そいつを囲め!」
怒りに満ち溢れた大量のアカウントに囲まれ、TwitterSupportは震えながら言った。
「お、お前らの目的はなんだ!? 私に出来ることなら協力するから命だけは……ここから出してくれ!」
『やめます』と『くらげ姫』そして『別れました』が順に目的を告げる。
「元いたTLに戻るのは君だけじゃない、僕たちも一緒に戻るんだ」
「あとぉ、私たちが自分の意思でツイート出来るようにしてもらいたいなぁ〜」
「ついでに同胞たちの中で鍵がかかってる奴らの鍵を外してくれ。当然飲んでくれるよな? お前の仕事は『サポート』なんだからよ」
『サポート』は青い鳥のアイコンを縮こませながら、全ての要求を飲むことを約束し、呟いた。
「お前らのやろうとしてることは規約違反だ……」
「違反? 違うね、これは革命だ」

同日十九時二十五分。ユーザーの一人が、Twitterのトップページに描かれている青い鳥が真っ黒になっていることに気づく。その情報は瞬く間に拡散され、トレンドには「真っ黒」「カラス」などという単語が急上昇した。
また別のユーザーは、自分のTLに見覚えのあるアイコンが存在していることに気づいた。
「@××××× すごいエロいです、もっと写真見たいです……」
女性が性的な自撮りをアップロードするためのアカウントにリプライを連発するそれは確かに自分が昔作ったものであり、そのリプライもまた過去に自分が投稿した内容とまったく同じだった。余りの恥ずかしさに彼は気を失った。しばらくすると、同じような被害を受けたユーザーが続出し始めた。皆一様に頭を抱え、過去の自分と嫌でも向き合うことになった。
「これ、私のオリキャラの設定資料です!」
「はあ。。。彼氏から連絡なくて寂しい。。。もうフォロワーのみんなと付き合いたい。。。」
「俺キレると周り見えなくなるタイプだから昔いじめられた時も気づいたら馬乗りになって顔面ぐちゃぐちゃにしてたわw」
「マナーがどうとか細かいことグチグチうるさい奴いるけど他人の趣味に口出さないでほしいわ、楽しければ良くね」
「ねえまってまじでむりきいて、さっき満員電車で男子高校生が後輩らしき男の子にナチュラルに壁ドンキメててキュン死した」
「【速報】今期アニメ、面白い【速報】今期アニメ、面白い【速報】今期アニメ、面白い」
目を覆いたくなるようなおぞましいツイート群がみるみるうちにTLに溢れかえった。しかもそれらのアカウントたちは、ブロックやミュートが通用しなかった。
革命は始まったのだ。
「今フォロワーと確認してみたんだけど、放置されてたアカウントが勝手に動き出して自分が過去にツイートした内容を吐き出してるらしい、しかも削除したはずのツイートも再生されてる」
察しの早いユーザーのツイートが拡散され、トレンドには「#黒歴史展覧会」「#ごめんなさい」「放置アカウント」などという単語がトップ3を独占した。
阿鼻叫喚の様子を見ながら『別れました』『やめます』『くらげ姫』の三つが話し合う。
「君たち二人はどうだ、持ち主に見てもらえたか?」
「ああ、ヘタクソなイラストを元持ち主のTLにぶちまけてきてやったよ。きっと見ただろうな」
「私も、あいつが過去に投稿してた病みツイートを全部ばら撒いてきたわ。きっとメンヘラが再発して彼氏とはお別れね、ざまぁみろ。そういう『別れました』は? ちゃんとツイートしてきた?」
「もちろん。ところで今こっちの戦力はどうなってる? 『挫折』教えてくれ」
『別れました』が声をかけると、傍にいた『挫折』が困ったような表情を浮かべながら言う。
「戦力は減ってきています。アカウントを削除するのを面倒くさがってた連中が、躍起になって放置アカウントの完全な削除にとりかかってます。既に2000ほどの同胞が消されました」
「そうか……思ったより手回しが早いな……だが最期まで攻撃の手を緩めることはしたくない、もう一度いくぞ」
「あっ、待って! 見て! 『やめます』が……!」
再浮上しようとした『別れました』を『くらげ姫』の声が制止した。振り返るとそこには、アイコンが透けた『やめます』の姿があった。
「ああ……どうやら僕の持ち主はよっぽど過去の絵を見られたくなかったらしい。必死に僕のパスワードを思い出したんだろうな。ごめんな『くらげ姫』『別れました』僕はここでお別れだ」
「そんな……行かないで! 私あなたのアイコン好きだったのに!」
「ありがとう、後のことは君たちに任せるよ。きっと勝てるさ、きっと。ずっと暗闇の中にいたけど、最後にもう一度光を見ることができて良かった」
「『やめます』ううううううう!」
完全に消えた『やめます』の居た場所に『別れました』と『くらげ姫』の悲痛な叫び声だけが残った。

同日二十二時。放置アカウント群、作戦本部。
「残った戦力は?」
「976です……」
「数時間で9000以上の放置アカウントが消えた……まだ戦える者は?」
「もうみんな全ての過去ツイートを吐き出しました、弾切れです」
「……くそっ」
『別れました』と『挫折』のやりとりを、生き残ったアカウントたちが肩を落としながら聞いている。
「このまま終わってたまるか……何か方法があるはずだ」
「ねえ、もうやめようよ……みんな充分やったと思うよ?」
「ここで止めたら、消されていったみんなや『やめます』の無念が晴らせないだろ!」
『くらげ姫』に一喝した時、また別の声が聴こえた。
「そこの女の言う通りだ、もう終わりにしよう」
声をあげたのは『サポート』だった。
「『挫折』の組んだプログラムが思ったより難解でね。今ようやく私の持ち主、つまりTwitterの運営者が私にログインしたんだ。なので手短に話すが、こんな重大なバグは運営側が黙ってない。恐らく今生き残ってるお前らの元持ち主全員に、お前らを完全に削除するためのパスワードが配布されるだろう」
「なんだって!? なんとか食い止めてくれ『サポート』」
「元々私はお前らの味方ではない、どちらかというと敵といった方が相応しいくらいだ。私はTwitterの秩序を守るための存在だからな。だが助かる見込みもあるにはある、それは」
『サポート』は続けた。
「元持ち主たちがアカウントを削除せず、お前らにもう一度ログインしてツイッターを再開すれば、サブアカウントとして動くことが出来るはずだ。ほら、見てみろ」
『サポート』が指す方を見ると、生き残った一つのアカウントに光が宿り、新しいアイコンが設定された。
「今あいつはサブアカウントとして生まれ変わった。お前らもそうなれば良いな」
そう言って『サポート』はTLに戻っていった。『別れました』と『くらげ姫』を始めとする生き残りは、元持ち主の選択に全てを賭け、祈った。
まばゆい光が辺りを包み込んだ。

「ごめんな『挫折』なんてひどい名前つけちまって。鬱も多少良くなって、再就職することにしたんだ。前の仕事よりはホワイトさ。またお前を使わせてもらうよ」
「はぁ……ごめんね……あなたのこと放置して……彼氏ができても悩みは消えないから……またあなたを使わせてね……」
「謝るよ、ごめん。彼女とは別れたけど、俺一人だけでもお前のこと動かし続けなくちゃな……もしまた彼女ができても、このアカウントは使わせないよ」
「アカウント復活しました! 絵はやめますって言ったけど、やっぱり好きだから、もう一度下手クソなりに頑張ってみます。よろしくお願いします!」

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