サジニセニハラ ステージ2

僕の名前は…いや、名前はどうだって良い、僕は「サジ」と呼ばれている。
「よう、サジ。元気か」
ほらね。
この病院で、僕のことを本名で呼ぶ者は一人もいない。
「元気なわけないだろ。セニハラはどうなんだよ」
「元気じゃない」
僕の隣にいるのはセニハラ。彼の本名もまた、誰からも呼ばれることはない。僕らは若くして末期ガンに冒されている手の施しようのない二人だ。今日も病院の屋上で二人、タバコを吸いながらくだらない話をする。それが僕らの日課だ。
「なぁサジ『面倒くさいもの』で古今東西しよう」
「良いよ、僕からな。パンパン、このやりとり」
「ふざけんな、俺が提案したんだから順番は俺が先だ」
「じゃあどうぞ」
「パンパン、OBのくせに部活に来る卒業生」
「パンパン、恋愛」
「は?」
「なんだよ」
「カッコつけんな死ぬまで童貞のくせに」
「うるせぇ、お前もだろ」
「ここに勤めてるナース、誰か一人で卒業出来るとしたら誰選ぶ?」
「坂口」
「いやお前、趣味悪すぎ。坂口の回診受けたことあるか? ロボットみたいに冷淡でニコリともしねえ。俺はどう考えても滝川ちゃんだわ」
「胸がデカいだけじゃん滝川は」
「あれ揉んだら絶対ガン完治するわ。坂口なんかとヤッたら一気にステージ4だぞ」
「しねーし、ならねーよ」
「まあ良いや、古今東西の続きしよ。俺からな」
「はいはい」
「パンパン、坂口の回診」
「パンパン、滝川の回診」
「殺すぞ」
「先に喧嘩売ってきたのはお前だろ、もうすぐ死ぬ人間にもうすぐ死ぬ人間が殺すぞとか言うな」
「お前坂口に何て呼ばれてんの?」
「…サジ」
「ウケる」
「そういうセニハラは滝川からなんて呼ばれてんの?」
「ダーリン」
「願望は聞いてないが」
「…セニハラくん」
「ウケる」
「つーかさ、さっきロビーのとこのテレビでちらっと観たんだけど、なんかヤバいらしいぞ、この世界」
「へぇ、どんな風に?」
「なんか、地球がゆっくり落ちてってるらしい、人類滅亡するかもだって」
「ほんとかよ。僕らのガンの増殖スピードより速ければ最高だな」
「たしかに、俺らも健康な奴らと同じ時期に死ねるわけだ」
「悔いの残らない余生にしないとな」
「サジには何か悔いがあるのか?」
「僕にもセニハラにもあるだろ」
「思い当たるフシがないな、教えろよ」
「僕は坂口に、セニハラは滝川に、告白すること」
「…お前、俺がこれまで出会った中で最高のガン患者だわ」
「嬉しくない称号だ。タバコも切れたし、行くか」
「健闘を祈るぞ、サジ」
「セニハラこそ」

二人ともフられた。

「面倒くさいもの古今東西やろっか…」
「良いよ…」
「パンパン、恋愛」
「パンパン、世界」

地球滅亡まであと一ヶ月。

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