サジニセニハラ ステージ4

僕の名前はサジ。先が長くないガン患者。どうぞお見知り置きを。
今日も病院の屋上でタバコを吸っている。そろそろ僕と同じ病にかかってるやかましいあいつが来る。二本目に火をつけた時、後ろで重い扉が開く音がした。こいつの名前はセニハラ。心なしかいつもより機嫌が良さそうだ。
「よう、サジ。どうした投球ペース間違えて4回途中で打ち込まれて5失点したみたいな顔して」
「例えがピンと来ないし長いよ。そういうセニハラはなんか良いことあったのか」
「やっぱわかるか? めっちゃ良いことあった」
「教えてよ」
「ロビーのテレビでジジイ共と野球中継観てたんだけど、俺の応援してるチームが6点も取った」
「へぇ、野球好きなのか、初耳だ」
「将来の夢がプロ野球選手だった頃もあったしな」
「それも初耳だ。セニハラって高校は卒業してるんだよな?」
「してるわナメんな」
「高校の時はやっぱ野球部?」
「帰宅部だけど」
「野球してなかったのかよ」
「野球に対する『好き』よりもボウズ頭に対する『嫌い』が勝ってるんだわ、コールドで」
「めちゃくちゃ嫌いじゃんボウズ頭。プロ野球で贔屓の球団とかあるの?」
「ないよ」
「お前ほんとに野球好きなのか? ロビーで野球中継観てたってとこから嘘だろ」
「嘘じゃねぇよ。ロビーのテレビに集まってるジジイ共にな、どっちの球団を応援してるのか訊くんだよ。そんで奴らが応援してる方とは逆のチームを応援するわけだ。俺の応援してる方が勝ったらジジイ共をめちゃくちゃバカに出来る。だから俺の贔屓球団はその都度変わるんだ」
「長々と自分のねじ曲がった性根を紹介してて楽しいか?」
「うるせぇ、プロ野球選手に対するリスペクトの精神は真っ直ぐだ。135キロのな」
「そこはもっと速球で例えろよ。で、試合は最後まで観なくて良いのか」
「それが途中で臨時ニュースが入ったんだよな。地球がヤバいみたいなことをキャスターが大真面目なツラしてずっと喋ってるからくだらなくなってここに来た。それに6-0だぞ、勝ち確定だろ最後まで観るまでもねぇ」
「どうかなあ」
「あープロ野球選手になりてぇ〜」
「セニハラのその夢、叶えてやろうか」
「え? え? どうやんの?」
「プロ野球選手の醍醐味っていったらなんだと思う?」
「わからん」
「なぁお前本当に野球好きなのか? 何か一つくらい出てくるだろ即答で考えることを放棄するな」
「どうした10点差つけられてる試合で盗塁されたキャッチャーみたいな顔して」
「丁度お前に対する報復を考えてたからその例えは適切だわ。プロ野球選手の醍醐味だよ、答えろ」
「えー、全然わからん。難病にかかった少年のお見舞いに行って活躍する代わりに手術を受けることを約束するやつ? …どうした代打で送り出した選手がサヨナラホームラン打って帰ってきたみたいな顔して、もしかして的中か?」
「その通りだ。今から僕がガンにかかった男の子を演じる」
「演じるというかそのまんまだし、お前もう何回か腹切られてるだろ」
「やかましい。セニハラはプロ野球選手を演じろ。お前の夢なんだろ」
「…わかった」
「ハイ、スタート!」

「ねえセニハラ選手…僕、手術受けるのが怖いんだ…」
「よし、わかった。じゃあ次の試合で俺が送りバントを決めたら手術を受けるんだぞ」
「待て」
「なんだよ」
「交渉決裂だよ。どこで謙虚さ出してんだよ。ホームラン狙っていけよ。川相かよ」
「いぶし銀の選手が好きなんだよ俺」
「だとしても今は違うだろ。豪快なスラッガーを演じる精神であれ」
「わかった」
「ハイ、スタート!」

「ねえセニハラ選手…僕、手術受けるのが怖いんだ…」
「よしわかった、ホームランな。ホームラン打ったら手術受けろ。頑張れな」
「受け答えがちょっと適当だけどありがとうセニハラ選手…僕頑張るよ、ホームラン打ってね! …はい次の日! さあ0-0で迎えた9回裏ツーアウト! 実況はわたくしサジ! 一打サヨナラの場面で打者はセニハラ選手! ピッチャー第三球を振りかぶって投げた! 打った! 伸びるぞのびるぞ! ホームラーン! サヨナラの一打がここで出ました! …はいヒーローインタビュー! 放送席、本日のヒーローはもちろんこの人、セニハラ選手です! どうですか今の気分は!」
「打った瞬間いったと思いました!」
「いいね、ここで約束した少年に気の利いた一言」
「少年がこの世からサヨナラする前にサヨナラが打てて良かったです!」
「縁起でもなさがホームラン級だなおい」
「実際は俺らが近々サヨナラするんですけどね」
「文字通りデッドボール」
「永久に故障者リスト入り」
「人生から引退」
「はぁ〜…あ、タバコ切れた」
「僕まだ二本残ってる。一本吸う?」
「お、ファインプレーだな」

地球滅亡まであと三ヶ月。

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