見出し画像

『幸せを探す旅人』(童話)

(あらすじ)
旅人は幸せを探していた。しかし、そう簡単には見つからない。お金があれば、愛する人がいれば、子どもがいれば、不幸な人たちを目にした旅人は、最後に意外なことから、幸せは何かを知ることに…

旅人は、もうすでに四年もの間、様々な国を渡り歩いていました。

 幸せを探していたのです。ですが、どの国どの場所にも幸せを見つけることはできませんでした。 

 そもそも幸せが何であるかも、旅人は知らなかったのです。

 それでも、旅人の意志はかたく、絶対に幸せを見つけてやろう、と考えていたのです。

 旅人は、ある小さな町にたどり着きました。いつものようにその町に住んでいる人に、幸せがどこにあるかを訊ねるつもりでした。

 旅人がはじめに訊ねたのは、一人の貧しい男でした。

「ここには、幸せはありますか?」

 旅人が訊ねると、貧しい男は答えました。

「ここには、幸せなんかないね」

「では、どこに行けば幸せはありますか?」

「山の上のお金持ちの屋敷に行けばあるはずだ」

「なぜ、そう思うのです?」

「俺は、妻と子供三人を喰わして行かなくちゃならないんだ。それには金が必要だ。だが、俺には決まった仕事もない。だからいつも金がないんだ。きっと金さえあれば幸せだろよ」

 旅人は、貧しい男の話に納得すると、山のてっぺんにあるお金持ちの屋敷に向かいました。
 
 お金持ちの屋敷は、たいそう豪華でした。大きな塀に囲まれて、中をのぞくことはできません。旅人は、ゴンゴンと屋敷の門を叩きました。すると中から一人の男が顔を出しました。

「なにか用か?」

「私は、旅人です。あなたはたいそうお金持ちだと、町で伺いました」

「そうだ。わしはこの町で誰よりも金を持っている」

そしてお金持ちが、誰よりもケチだとも聞いていました。

「お金を持っていれば、幸せだと伺いました。ここには、幸せがありますか?」

 旅人がそう言うと、お金持ちの男の顔がくもりました。

「ここには、幸せなんかない」

「どうしてですか?お金があれば幸せをいくらでも買うことができるんじゃありませんか」

「わしも若い頃はそう思っておった。金で買えないものなどないとな。だから必死になって金を貯めたのだ。だがな、この世の中には金で買えないものもあるんだ」

「それが幸せですか」

「そうだ」

「では、どこに行けば幸せは手にはいるんですか?」

 お金持ちの男は、しばらく考えると口をまた開きました。

「わしは若い頃に、愛した女がいた。だが、その女は、お金を持っているわしではなく、大して金もない男と結婚したんだ」

「つまり、愛があるところに、幸せがあると言うんですね」

「そうかもしれぬ」

 旅人は、お金持ちの男と別れると、山を下りて愛を持っている女のところに向かいました。

 愛を持つ女は、小さな家に住んでいました。女は、すでに年老いていました。

「あなたが、愛する人と結婚した人なんですね。ここに幸せはありますか?」

 旅人がそう訊ねると、愛を持つ女の顔がくもりました。

「ここには、幸せなんかありませんよ」

「なぜですか?愛を持っていれば幸せだと聞いて来たんです。どうしてここには幸せはないんですか?」

「愛した夫は、とうに亡くなっているし、私たちの間には、子供がいなくてね。もし子供がいれば私の人生も変わっていたことだろうね」

「つまりあなたは、子供がいれば、幸せだと思うんですね」

「そうね。きっと今頃、子供たちに囲まれて幸せに暮らしていただろうね」


 愛を持つ女の家を去ると、旅人は、一番はじめに会った貧しい男のところへ行きました。

「あなたは三人のお子さんがいると言いましたね。ここに幸せがあるんじゃありませんか」

 すると、貧しい男は首をよこに振った。

「子供がいたら幸せだって、よしてくれよ。三人の子供はいつも腹をすかせて泣いてるし、妻は、いつも俺の稼ぎが悪いのを怒ってる。いいことなんて一つもない」

「そんなことはありませんよ。子供がいれば幸せだって、私は聞いてきたんです」

「じゃあ、そいつは間違ってる」

 旅人は、すっかり困ってしまいました。やはりこの町にも、幸せはありませんでした。

 町を出ようとすると、みすぼらしい老人が橋の上で、物乞いをしていました。

 旅人は、老人を見ました。

 老人は、みすぼらしく、家もなく、家族もなく、お金も仕事もあるようには思えません。どう見ても幸せを持っているようには見えませんでした。しかし、旅人はいつもの通り質問しました。

「ここには、幸せがありますか?」

 すると、急に老人は背中がかゆいと言い出しました。だが、どうやっても手が届かなくて、背中をかくことができませんでした。

「すまんが、わしの背中をかいてくれるか」

 旅人は、服の中に手を入れると、その老人の垢だらけの背中をかいてやりました。

「おう。いいぞ、そこじゃ、そこ。本当に幸せじゃ」

 その時、旅人は雷に打たれたようなショックを受けました。

「ありがとうございます。私はついに幸せを見つけることができました」

「そうか、それはよかった」

 そう言ったものの、老人はいったい何のことだかわからない様子でした。

 旅人は、すぐにお金持ちの男の屋敷に向かいました。

「私はついに幸せを見つけました。ぜひあなたにもその幸せをお見せしたいのですが」

「ほう、幸せを見つけたのか。それはぜひともわしにも見せてほしいものだな」

「幸せをお見せするには、一晩かかります。もしよろしければ、屋敷のどこかに泊めていただけますか」

 ケチなお金持ちの男は、自分の屋敷に旅人を泊めることをあまりよく思いませんでしたが、仕方なく馬小屋に泊めることを許しました。

「ありがとうございます。これで明日にでも幸せをお見せすることができます」
 
 お金持ちの男が朝起きると、旅人の姿はありませんでした。その上、金庫の中のお金もいくらかなくなっています。

しばらくお金をお借りします。そう置き手紙には書かれていました。

「あいつ騙しやがったな。幸せを見せるといって金を盗みやがって」

 お金持ちの男は怒りました。

 ふとお金持ちの男が気がつくと、屋敷の前に人が集まっています。

 集まっていたのは、貧しい町の人たちでした。その手にはお金持ちの男の金庫にあったお金がありました。

「ありがとうございます。これで子供たちも飢えずにすみます」

 貧しい男が言いました。

「それはわしの金だ」

「はい。あの旅人が持ってきてくれたんです。あなたからの仕事の前払いだと言って。さぁ、なんでも申しつけてください」

 そう言うと、貧しい町の人たちは、屋敷中のそうじを始めました。みんな本当に嬉しそうに働いています。それを見ているとお金持ちの男は、お金を返してほしいとは言えませんでした。誰もがみんなお金持ちの男に感謝していたのです。

 貧しい町の人たちは、毎日のようにお金持ちの男の屋敷にやってきました。

「何でもやりますから、私たちに仕事をください」

 そう言われて、お金持ちの男は、洋服の工場を作ることにしました。町の人たちがあまりにも貧しい格好をしていたからです。

 それだけではありません。腹をすかしているみんなのために、お金持ちの男はレストランも作ってやりました。

 貧しい町の人たちは、本当に幸せそうに働きました。
 
 町の人たちが、仕事で忙しくなると、旅人は子供たちを連れて、愛を持つ女のところへ行きました。

「みんな仕事で忙しくて子供の面倒をみる人がいないんです。ぜひ、あなたに子供の面倒をみてほしいんですが」

 すると愛を持つ女は喜んで引き受けてくれました。

「いきなり、こんなにたくさんの子供たちが来てくれるなんて、これ以上の喜びはないわ」

 愛を持つ女は、幸せな笑顔で言いました。

「でも、どうして、急に町の人に仕事ができたの」

 すると、旅人は、お金持ちの男がみんなのためにお金をくばり、仕事を作ってくれたのだと説明しました。

「もしよかったら、お金持ちの男の屋敷に顔を出していただけませんか。きっと話し相手がほしいはずですから」

 愛を持つ女は了解しました。夜になって子供たちが家に帰ると、お金持ちの男の屋敷に向かいました。

 お金持ちの男は、愛を持つ女がやってきたことに驚きました。

「どうして、わしのところに?」

「あなたが、みんなを幸せにしていると伺ったものですから、お礼を言いに来たんです。おかげで私も子供たちの面倒をみることができて幸せです」

「何を言うんだ。わしが町のみんなを幸せにしたんじゃない。町のみんなが、わしを幸せにしてくれたんだ」

 愛を持つ女は、ケチだったお金持ちの男からそんな言葉を聞けるとは思わなかったので、たいそう驚きました。

「もしよかったら、またこちらに伺ってもよろしいかしら」

 愛を持つ女がそう言うと、お金持ちの男は幸せな笑顔で言いました。

「もちろん。いつでもわしの話し相手になってくれ」

 旅人は、二人の姿を見ていて、本当に幸せな気持ちになりました。

 その姿に気がついたお金持ちの男は、旅人に言いました。

「旅人よ。もしよければ、この町に住んでくれないかね」

 しかし、旅人は、首を横に振りました。

「私はまた旅に出るつもりです」

「どうして、あなたが探していた幸せが、この町にはあるじゃない」

 愛を持つ女が言いました。

「だからこそ、私は別のところに行くつもりなんです」

 そう言うと、旅人は幸せな気持ちで町から出ていきました。

どこかにまだ自分を必要としてくれる人たちがいるに違いない。

その人たちの力になることこそ、旅人が探していた幸せだったのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?