Yuji TANAKA

雑誌、書籍編集者を経て、現在は制作会社の映像プロデューサー。『電子音楽 in JAPA…

Yuji TANAKA

雑誌、書籍編集者を経て、現在は制作会社の映像プロデューサー。『電子音楽 in JAPAN』『昭和のテレビ童謡』『エレベーター・ミュージック・イン・ジャパン 日本のBGMの歴史』『AKB48とニッポンのロック』『TR-808<ヤオヤ>を作った神々』『シン・YMO』など執筆業も。

最近の記事

『イエロー・マジック・オーケストラ』(アスペクト)紹介記事

 80年代のテクノポップブームを牽引した日本のロック史の最重要グループ、YMOの初の公式インタビュー集。02年のソニー復刻盤に収録された原稿を再構成したものだが、すでにCD所有者も多いリアルタイム世代組にとっては、嬉しい書籍化になるだろう。  細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏という異なる個性の3人で結成され「日本のビートルズ」と呼ばれることもあった彼ら。ソニー、ホンダが海外制覇に着手を始める80年代初頭を背景に、コンピュータ・サウンドとエキゾティックな旋律で世界進出を成功させた

    • Dororonえん魔くんメ~ラめら(オリジナルサウンドトラック/再録)

       異色の組み合わせが実現した。73年に放映された名作アニメ『ドロロンえん魔くん』のリメイク版の音楽を、なんとムーンライダーズが手掛けた。同じ永井豪原作の人形劇を題材に、ブライアン・メイ(クイーン)がイメージアルバムとして製作した『STAR FLEET』(『Xボンバー』)以来の衝撃。一時期、イメージアルバムを精力的に手掛け、ゴドレイ&クレームのようにコミック文化と音楽の融合を謀ってきたのはファンにはおなじみだが、今回はオリジナル作品への参加である。原作の舞台、昭和の風俗を再現す

      • 坂本龍一『US』『UF』『CM/TV』HMV紹介原稿

         地雷撲滅、スローフード、地域通貨プロジェクトなど、このところ社会運動の啓蒙活動でメディアに登場することが多かった、「教授」こと坂本龍一。続く先日のブラジル国家勲章授与も、そうした一連の流れの中でニュースは伝えていたが、これは単にモレンバウム夫妻との共演や、ジョビンの再評価に一役買ったからだけではない。ブラジル音楽がイージーリスニングと呼ばれ軽視されていた70年代から、ボサノヴァのローファイ感や過激さに着目し、ジョビンのアレンジャーとしても知られるクラウス・オガーマンの作品に

        • YMOに於ける高橋幸宏の存在証明。(追悼掲載)

           日本のセッションドラマーの草分け、村上秀一の自伝に、彼の70年代末の活動休止期のエピソードで「あの時、俺がそこにいたら、YMOに入っていたかも知れない」と語る証言がある。同時期にメンバー3人が並行参加していたKYLYN、格闘技セッションのメインドラマーだった村上の余録は、歴史のifとして面白い。人民服などのコスチュームやヴォーカルを高橋が担当していたことを思えば、即座に否だとYMOファンは異を唱えるだろう。だが、結成時に細野が「演奏しないメンバー」として横尾忠則を4人目に加

        『イエロー・マジック・オーケストラ』(アスペクト)紹介記事

          アニメ主題歌の歴史、超圧縮版(再録)

           ファンの組織票でオリコン1位になった曲が、翌週にはチャートから消えていく。ファン以外誰も知らないベストセラーが量産されてる現在。部活帰りに寄るカラオケも、学年が1年違えばもう誰もいっしょに歌えない。「残酷な天使のテーゼ」(95年)が毎年カラオケランキング1位になるのは、かつての流行歌に変わってアニソンが、世代を超えたベストセラーとなってる証なのだ。  アニソンは国産連続テレビアニメ第1号『鉄腕アトム』(63年)から始まった。その歴史もちょっと変わっている。アニメーターの賃

          アニメ主題歌の歴史、超圧縮版(再録)

          『電子音楽 in the(lost) world』(絶版)より、ムーンライダーズ関連ディスク紹介抜粋

          ムーンライダーズ『モダン・ミュージック』(79)(クラウン) 前作「いとこ同士」でMC−8との初セッションを体験するが、まだ本編はカフェ・ジャックス路線の時代。本作は鈴木慶一の音楽評論家活動がフィードバックし、ポリス、トーキング・ヘッズの影響からニュー・ウェーヴ化を表明した第一声。全員が突然髪を切りライヴでヘルメットを被って演奏したのにはファンも驚いた。慶一御用達の業界サロンのあったマンションの上階のスタジオで録音というのも雰囲気。ギターは突如アンディ・サマーズ風に変貌し、

          『電子音楽 in the(lost) world』(絶版)より、ムーンライダーズ関連ディスク紹介抜粋

          ユリイカ未掲載原稿、坂本龍一『サマーナーブス』紹介文

           南佳孝『サウス・オブ・ボーダー』では、クラウス・オガーマンばりの前衛的な弦編曲で見事に応えた坂本。中原理惠仕事で彼を見初めたCBS・ソニーのプロデューサー白川隆三が、企画もののカタログとしてボサノヴァのリーダーアルバム制作を依頼するも、本人から「レゲエのアルバムなら」と逆提案を受けて制作されたのが本作。当時、渡辺香津美がリーダーだった“KYLYN”のカウンター的存在だった、メンバーが重複する坂本のリーダーグループ“格闘技セッション”で録音されたため、「坂本龍一&カクトウギ・

          ユリイカ未掲載原稿、坂本龍一『サマーナーブス』紹介文

          ロバート・モーグの生誕日。

          本日5月23日はアメリカの工学博士、ロバート・モーグの生誕日。34年にブロンクスで生まれた彼は、今から遡ること50年前、65年にモーグ・シンセサイザーを世に送り出した「シンセサイザーの生みの親」である。 幼少期からピアノを学び、同時に電子工学のオーソリティだったモーグ。学生時代にロシアの電子楽器、テルミンの自作キットなどを考案して販売していたアイデアマンだった。やがて60年代に地元コロンビア大学で盛んに行われていた電子音楽コンサート(実験音楽の一ジャンル)を体験。乞われてジ

          ロバート・モーグの生誕日。

          1976年の本日、米ビルボード・チャートで坂本九「上を向いて歩こう」以来の1位を獲得した、冨田勲『展覧会の絵』

          1976年8月16日は、冨田勲『展覧会の絵』が米ビルボードのクラシック・チャート1位に輝いた日。チャート2位に終わった前作『月の光』(74年)は日本人初のグラミー賞4部門にエントリーされる話題作になり、満を持して発売された冨田勲のシンセサイザー作品第2作である。日本人がビルボード1位になったのは坂本九「上を向いて歩こう」以来。ちなみに一連の冨田作品は自社スタジオで自主制作されたもので、日本のレコード会社に持ち込まれたものの理解を得られず、冨田が直接海外に売り込んで米RCAと契

          1976年の本日、米ビルボード・チャートで坂本九「上を向いて歩こう」以来の1位を獲得した、冨田勲『展覧会の絵』

          物理学者的探究心でクラシック音楽の「編曲」に取り組み、グラミー賞受賞ほか世界が賞賛した日本人音楽家、冨田勲…4月22日は冨田勲の誕生日

          1932年4月22日は、世界的に知られるシンセサイザー音楽のパイオニア、冨田勲が生まれた日。東京で医師の長男として生まれた冨田は、戦後から作曲家として創作活動を始め、ポピュラー音楽から交響曲まで幅広い分野で知られる、現役最古参の作曲家の一人である。NHKの放送音楽からキャリアを開始し、劇伴を手掛けた大河ドラマは最多の5作に及ぶ。『ジャングル大帝』、『リボンの騎士』など手塚治虫アニメのシンフォニックな主題歌は、我々ロック世代の音楽観の基礎を作った。そしてなにより、『月の光』(7

          物理学者的探究心でクラシック音楽の「編曲」に取り組み、グラミー賞受賞ほか世界が賞賛した日本人音楽家、冨田勲…4月22日は冨田勲の誕生日

          わずか5分で仕上げたCM音楽作家、坂本龍一の矜持。「energy flow」がインスト曲初のオリコン1位に。

          1999年6月28日は、坂本龍一『ウラBTTB』がオリコン週間シングルチャートで1位になった日。5月26日に発売されたこのマキシシングルは、収録曲「energy flow」が本人も出演するリゲインEB錠(第一三共ヘルスケア)のCMに使われ、相乗効果もあって初のインスト曲1位に。この快挙には、飯島直子、井川遥らが出演した飲料水のCMが火を付けたと言われる「癒やしブーム」の後押しがあったとも。消費税5%への移行、アジア通貨危機による不況の深刻化の折り、現代人の疲れた心に同曲は強く

          わずか5分で仕上げたCM音楽作家、坂本龍一の矜持。「energy flow」がインスト曲初のオリコン1位に。

          PLASTICSヒストリー(再録)

          (1)  1980年の東京は今の倍のスピードで時間を刻んでいた。人も車も流行も。ツービートが16ビートの早口でジョークをまくしたて、『THE MANZAI』の幕間音楽には「TOP SECRET MAN」が流れていた。同年1月に本邦デビューしたPLASTICSが、いち早く米国ツアーを実現し、現地のオーディエンスに絶賛されたニュースを聞いたのは、『11PM』水曜日の今野雄二のコーナーだったと記憶する。ベストテン番組に出演拒否し、週刊誌の話題になっていたフォーク勢に対して、テクノ

          PLASTICSヒストリー(再録)

          イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』(再録)

           1980年7月14日は、YMO『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』はオリコン1位を獲得した日。79年9月の発売から1年がかりで首位となり、同年度の年間LP順位1位に輝いた。きっかけは79年末の海外ツアーの成功で、記録映像がニュースなどでこぞって紹介され、凱旋公演もチケットが一瞬で完売。その公演を収めたライヴ盤『公的抑圧』で初のオリコン1位を獲得したのを振り出しに、空前のYMOブームが80年代の音楽シーンを席巻する。「ライディーン」がメンバーが出演するフジフイルムCMで使用

          イエロー・マジック・オーケストラ『ソリッド・ステート・サヴァイヴァー』(再録)

          マリ・ウィルソン『ショー・ピープル』ライナーノーツ(再録)

           本作はマリ・ウィルソンのデビュー・アルバム『ショウ・ピープル』を、当時のオリジナル曲順、オリジナル・スリーブ・デザインで再現した紙ジャケ復刻盤。彼女の曲は時代を超えてファンに愛され、過去に何度も編集盤がリイシューされてきたが、オリジナルの再現を念頭にCD化されるのはこれが初めてになる。当時からTシャツ、バッジ、ポスターを制作するなど、ノヴェルティ的な遊びを追求してきたコンパクト・オーガニゼーションだけに、ジュエルケースよりも、LPをミニサイズで再現したレプリカのような今回の

          マリ・ウィルソン『ショー・ピープル』ライナーノーツ(再録)

          「初音ミクという福音」(再録)

           「シンセサイザーが人間の声で喋る」「メロディーを歌う」というテーマは、実は70年代からの多重録音少年が描いていた“未来の夢”だった。さまざまな楽器をたった1台で再現できる“模倣楽器”としてメディアで紹介されていたシンセサイザーだが、民生機のモノフォニックの時代は既成楽器の代用品にはとても及ばず、アマチュアには付属のマニュアルに書かれた「蒸気機関車の音」「犬、猫の鳴き声」を再現して溜飲を下げるぐらいが関の山。つまりそのぶん、楽器より自然界の音を模倣するという行為のほうが、当時

          「初音ミクという福音」(再録)

          ミュージシャンタモリの軌跡(再録)

           今でもたまにテレビで、余芸のトランペットを披露するタモリの姿を観ることはあるだろう。元々タモリがミュージシャンを目指していたのは知られるところ。早稲田大学在学中、多くのプロを輩出したモダンジャズ研究会に所属していた。同期には渡辺貞夫バンドを経てニューヨークに渡り、ソニー・ロリンズ・バンドのメンバーとなるギタリストの増尾好秋も。念願のトランペット担当になるも、「マイルスのラッパは泣いてるが、お前のラッパは笑ってる」と酷評され、わずか3日でクビに。マネージャー兼司会者に転向させ

          ミュージシャンタモリの軌跡(再録)