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#60 まるで花人間 頭に生け花…"フラワーアート"で世界へ「GANON FLORIST」清野光さん #BOSSTALK(廣岡俊光) 

 頭に生け花を飾るパフォーマンス「HANANINGEN(花人間)プロジェクト」で世界的に注目される札幌のフローリスト、清野光さん

 フラワーアート集団を率い、海外でも活躍する清野さんに、北海道が目指すべきブランディング策やクリエイター育成方法を聞きました。



■パンクロックからフラワーアートへ…転機は東日本大震災

――収録の直前にフラワーアートを作っていただきました。どういうイメージでつくりましたか?

 緑や青、紫が似合うのかなと思っていて。勝手に想像し、春の花で作ろうかなと思い、スッと取ってやってみました。

――子どものころからお花が好きだったんですか?

 いえ、まったく縁もゆかりもありませんでした。

――そうなんですね。では、学生の時に熱中していたものは?

 音楽ですね。中学生からパンクロックをやっていました。毎日ライダースを着て、髪もチリチリのドレッドスタイル。そんな高校生でした。

 若い時は、どんな大人になれるんだろうという迷いの中で、アンチテーゼのような世界でパンクロックをやっていました。22歳の時に東日本大震災が起きて、「核はどうするんだ。原子力発電所は…」などとニュースが流れていました。責任逃れの人間を責めるような内容で。

 自然の話をしてくれる大人がいないから、学べる大人にならないとまずいと思ったんですよね。自然に触れたかったというのがスタートでした。

――花との距離が近づいたのもこの頃ですか?

 はい。札幌市のお花屋さんのワークショップに行ったり、北海道芸術デザイン専門学校のフラワーデザイン専攻に入学したりしました。

 年齢はズレていたんですが、優しい学生ばかりで。僕はずっとパンクの世界にいて、ケンカするのが普通だったところから、突然、花をやりたい子たちの中に飛び込んだので・・・なんかすごく反省しましたね(笑)。


■強すぎる“引き寄せ力”海外でのキーマンとの出会い

――卒業後はどうしましたか?

 ある時、先輩の経営者に会えるチャンスがあって「今何やってるの?」と言われて「学生のニートです」と答えたら、「実績がないなら、話にならない」とはっきり言ってもらえて。

 それで、実績を積んでいる人の経歴を見てみたら、ほとんどが海外経験があったので、絶対に海外に行かないといけないと思い、日本を出て海外に行きました。

 ただ、海外で就職しようとしても無理でした。そんな時に、ファッションプロデューサーのボクソール・ケイコさんに出会ったんです。そして「あんたホームレスになるから、私がホストマザーになってあげるよ」と言ってくれたんです。

 ボクソール・ケイコさんは、コシノジュンコさんとショーを作っていたような方。たまたま出会って仕事を手伝う代わりに「家賃はいらないからウチに住めば?お金ないんでしょ?」と言ってくれました。

――そういう「人を引き寄せる力」すごいですね。

 運ですね。行動して良かったなと。地球のことを勉強しに来ていたので、本来アパレル業界は全く興味がなかったんですよ。でもファッションショーの世界はあまりにもカッコよくて・・・自分が進化するしかなかったです。

 「明日、レディーガガのセカンドパーティーあるからDJやれる?」みたいな世界。自分、DJなんてやったことないのに(笑)。そういうパーティーが結構あったんです。

――そんな経験、みんなができるわけじゃない。勇気を出して海外に行ったからこその特権ですよね。

 自分はこういう道なんだと受け入れるしかない。「受け入れていこう」という感じでしたね。


■「花を愛せる人を作りたい」"花人間"で広めた世界観

――カナダから帰国後、札幌に店舗を構えたんですね。自分の店を持った感想は?

 スタートは大ショックでした。まず「誰も花を買わない」

 最初にカナダに行ったのが、大間違いなんですよ。カナダは女性にお花をあげる文化が根付いていました。バレンタインデーには花屋に100mぐらい行列ができるんです。

 でも、日本のバレンタインデーはチョコレート。女性が男性に尽くす文化で、男性からはない。店を出してから気づいたので、気づくのが遅かったんですよね。ショックでした。

――そこで産み出されたのが「HANANINGEN」ですね?

 はい。元々のグランドデザインは「花を愛せる人を作っていきたい」です。花を売るだけでは好きなってもらえない。だったら頭に花をつけたら手っ取り早いのではないかと考えました。

 その人の好きな花が永遠に写真に残るので、SNS時代には適していると。

 絶対に目に留まるデザインにしたかったので、普通の花飾りの3倍の大きさにし、頭にどう乗せるか、どうくっつけるかを考えました。重さも相当あります。水分を多く含むお花だと相当辛いです。

――「花を愛せる人を作っていきたい」という掲げた目標を実現できたという感触はありますか?

 当時はかなり尖っていたので、「花の名前忘れてたら、写真送らないですからね」「忘れてたら消しますね」と伝えていました。いま思い返すと、お客さんに相当ひどいことを言ってましたね(笑)。


■北海道をブランディング…クリエイター育成の場所づくりを

――コロナ禍での影響はありましたか?

 ズタボロでしたね。ウェディングがなくなったので影響は大きかったです。とにかくSDGsの波に乗っていくしかないなと。持続可能な社会を目指すために、方向性を変えました。

 ロスフラワー展覧会を開催したり、大手企業からロスフラワーを集めたディスプレイを作って横浜や東京で展示したりしました。

 まだ日本にはない『廃棄ゼロの花屋』も今後目指しています。肥料にして持続可能にし、ガーデンも持っていて、廃棄を出さないお花屋さんをこれから作ろうと思っています。

――現在の拠点はどちらですか?

 アーティスト活動は、東京とロサンゼルス。お店がバンコクにもあるので、月1でバンコクにも行ってます。

――ロサンゼルスにいる時はどういう仕事をしているんですか?

 自分を育てている期間です。日本で「HANANINGEN」(花人間)を広めた時のように、とにかく行動。映画監督のところに行ったりしてアピールしています。

 こういうことができるよと自分のアピールをしたら、「じゃあやろう。明日家に来てくれ」と言われたりします。

 派手な世界の人と派手なことをすると、いろいろな人が見てくれます。一方で、僕がブランディングしたいのは、自然北海道のマチなんです。

 東京ではなく、北海道や札幌の人をずっと大事にしたくて。実際のところ、それ以外の地域にはあまり興味がないんです。

――今後考えている展開は?

 若者たちの夢づくりも考えたい。クリエイターやデザイナー、アーティストをやりたい若者はめちゃくちゃいるんです。

 ただ、親に「何万人に1人がやる世界だから、あなたにはやれない」と言われます。そういう子がたくさんいるんですよね。

 僕は「誰でもできる」と思っています。そういう子たちが活躍するコミュニティーを、札幌市に作ろうと思っています。札幌市北区に広い場所を借りて、石蔵の中で30歳以下の人たちが好き放題やれる空間を作る予定です。

 札幌市の姉妹都市、アメリカのポートランドと組んで、日本からアーティスト・クリエイターを世界に飛ばしていくことも考えています。クリエイターと学生が集まって仕事をつくり、「こういう世界があるよ」と見せられる場所と直接つながる場所をつくろうと思っています。


■ 取材後記

 その強烈なビジュアルで、多くの皆さんの印象にも残っているであろう「HANANINGEN」。世界中にそのファンが多い清野さんが、実は生粋の花好きというわけではなかったというのは大きな驚きでした。

 加えて収録前の会話で印象的だったのは、花を選んで、カタチを作るにあたっては「感覚的な部分はほとんどなくて、むしろ数学的とも言うべき部分が大きい」ということでした。花や植物の造形はある意味『幾何学的な美』であって、美しく見えるパターンはある程度決まっている。だから自分はそれを組み合わせているだけなんです、と。

 そのことばに触れてより、清野さんの仕事の深淵を覗き見たような気がして、大きな尊敬の念を覚えました。


<これまでの放送>

#59【ゼロスペック株式会社】代表取締役 多田満朗さん

#58【株式会社フルコミッション】代表取締役 山崎明信さん

#57【有限会社アートライフ】代表取締役 澤知至さん

#56【株式会社 夏目】代表取締役 大坂智樹さん

#55 【株式会社Melever】代表取締役 佐藤麻紀さん